第4話

「4」

 走行中の馬車の扉から、スクリアは勢いよく飛び出す。彼女はそのまま、雑踏の中に突っ込んでいった。そして、馬車の前でうずくまった者をさっと抱えて飛びのく。遅れて、手綱を握っていた召使が馬を急停止させた。

「ご無事ですか」

「あ、あぁ……」

 そっと地面に下ろされた人物は、少し向こうで急停車した馬車を見る。次いで、その紫色の眼差しはスクリアの顔を捉えた。ざわつく周囲の人々の声に包まれたまま、二人は一瞬視線を合わせる。長い金髪に手櫛をかけつつ、彼はそっと懐に抱き込んでいた少年を自由にした。

「ひやっとしたな、気をつけろよ坊主」

「急に飛び出すのは危険だぞ、少年」

 馬車の前に飛び出した少年を金髪の彼が庇い、それを駆け下りた彼女がまとめて救い出した。わっと泣き出した少年を、雑踏の中から出てきた母親が抱きしめる。子供を叱りつつ、母親は深々と礼をした。

「本当にありがとうございました、アメトリウス様に、そちらの方も……!」

「いえ当然のことをしたまでです、ご婦人。坊やが無事で良かった」

 金髪に紫の瞳を持つアメトリウスは、整った面立ちから柔らかな笑みをこぼし、彼らを見送る。

 母親と少年が雑踏の中に紛れて行くのを眺め、彼は金髪の髪をそっと耳にかける。そして、自身をさっと抱えた女性に、声をかけようとした。その時だった。

「スクリア、何をしておるのだ!」

「人命救助です、父上。全ては問題なく片づきました」

「お前はそうやってすぐ飛び出していく! 大人しくしていろと言うのが分か「人命より尊い物などありませぬ」」

 父親の言葉をぴしゃりと叩き落としつつ、スクリアはやれやれと息を吐く。ややあって、スクリアとアメトリウスの眼差しがようやくまともに交わった。

「父が喧しくてすまない。私はスクリア・エブロストだ。貴殿の名を伺っても?」

「あ、え……エブロスト……? 君が、か?」

 そう、それはアメトリウスが聞いた、見合いの相手の姓。やってられないと逃げ出してきた、見合いの娘の名。

 左目の位置に柘榴石をはめた、深緑の眼差しを持つ短い髪の女性。鼻筋を通る傷は深く、歴戦の騎士のような高貴な気配がある。背丈はアメトリウスよりも頭一つ程小柄だが、先ほどの動きを見るに膂力はかなりありそうだった。

「私の名前に何か?」

「いや、その……まずったな……」

 まさか、逃げ出した先で見合いの相手と遭遇するとは思っていなかった。

 どう切り抜けるべきかと彼が頭をフル回転させていたそのとき、後ろからまた別な騒がしい音が聞こえてきた。石畳を強く穿つ、硬いグリーヴの音だ。

「いたぞ、アメトリウス様だ!」

 軽装の鎧を纏った者たちが、さっと彼を包囲する。スクリアの問いに答えることもないまま、彼は物々しい連中に引っ張られて行ったのであった。

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