第2話

「良いか、とにかくお前は大人しくしておるのだぞ」

「はい、父上」

「よしよし、それでいい。お前は口を開くと陸なことがないからな。お相手を必要以上に驚かすわけにはいかん」

 父上、それは無駄な努力というものでは。

 喉元に上がってきた言葉を、彼女は静かに飲み下す。今月に入って十七回目となる縁談に、女はやれやれと目を伏せた。袖も丈も長い深緑のワンピースを着せられて、彼女は気乗りしない様子で腰にベルトと剣を下げる。特にここ数日、どこぞの屋敷に連れて行かれたり、或いは屋敷に彼女の為の来訪者があったりしてばかりなのだ。

「これ、剣は置いていきなさい。スクリア」

「お言葉ですが、父上の身を守るために必要です。これについてはご容赦願いたく」

「お前が私を守ってどうするのだ。そもそも、今日はそのような危険のある場所には行かん、置いていきなさい」

 ……わが父ながら、屋敷で物取りと鉢合わせて腰を抜かした男の言い分とは思えんな。

 わざとらしくため息をつき、スクリアは剣とベルトを棚の上に戻した。その代わりにと短いナイフを引き出しから取り出せば、彼女は咎めるように名を呼ばれた。

「ナイフも要らな「必要です」ええい、だからお前は貰い手がつかんというのだ!」

 父親の怒鳴り声を気にする様子もなく、スクリアは懐にそっとナイフをしまい込む。外から見えなければ持っていないのと同じだろうと、彼女は判断していたのだった。

 何でもいい、どうせ今回も駄目なのだろうから。

 静かに伏せられた彼女の右目は、暗い緑をしている。対して、左目の方は濃い赤色に輝く義眼がはめ込まれていた。黒髪と深緑の眼差しと並ぶ真紅の義眼は、ひと際目立って光を反射する。その眼光の眩い印象が、彼女の鼻を横断する傷痕への視線を幾分逸らしていた。


 エブロスト家の屋敷から、年季の入った黒檀の馬車が掛けていく。その馬車を引く馬もまた、日中の光を吸い込まんばかりの黒馬だ。石畳の大通りを行く黒檀の馬車に、人々が道を開けつつ注視する。窓からちらりと見えた赤い眼差しに、道行く者たちはそれが誰であるかをすぐに理解した。

「おい、見たか今の」

「あぁ、赤眼せきがんのだ。あんな大粒の柘榴石ガーネット、他にあるかよ」

「また連れて行かれてるよ、あそこの父親も諦めが悪いねぇ」

「まぁ我らが英雄のことだ、どうせまたすぐに戻ってくるさ。この調子なら百人斬りも目じゃないだろ」

 遠ざかっていく馬車を見送りつつ、彼らは言葉を交わしそれぞれの生活に戻っていく。新緑の街路樹の間を、ざわざわと風が吹き抜けていった。

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