第49話 ファッション・ショーの始まり
【アヴァンギャルド・コレクション】
それは今回 《WAKANA》の新作ブランドも初登場するファッションショーである。
つまり冴子デザインの新作がお披露目されるのだ。
特に今まで日本で開催されるこの手の新作発表会も兼ねたショーに顔を出さなかった《WAKANA》が参加するとあって、その話題性は如何ばかりかであった。
その日曜日に開催されるファッション・ショーを見に行く事にした華恋達と太郎…
抽選でしか手に入らないこのショーのチケットを、冴子がコネを使って手配してくれたお陰ですんなり観覧する事が出来ていた。
「え〜とS−5からS-10…って真っ正面の席じゃん!」
茅野は席を探すのに苦戦していたが、まさか真っ正面の席だと思いもしなかったのかこの状況に目を回していた。
「しかも前から二列目なんて…VIP席じゃないの?」
「ウンウン✕4」
麻音の言う通りである。
昭和の言い方で言えば要はかぶり付きで見れる席だ。
もしかしてお偉いさん用の席かもしれない。
「冴子さん裏から手を回したって言ってたけど…回し過ぎじゃないかな…これ」
「ウンウン✕4」
太郎よ…
まぁ…当たりだ。
「ママだしね♪」
「ウンウン✕4」
流石母娘である…
良く理解している。
おそらく義息子にあたる太郎もそう思っているだろう…
「しっかり勉強しなさいって意味だわよね…確実に」
「ウンウン✕4」
そんな中、凛夜のその言葉が冴子の心理を的確に答えていた。
しかも後開演まで十分を切っている。
全員そそくさと席に着くと、冴子のランウェイの順番を確認するのであった。
一方その頃…
舞台裏では…
「仕方ないわね…こうなったら裏技使うしかないわ」
何かアクシデントがあったのか?
怒りで眉が何時も以上に釣り上がっている冴子は、スタッフを呼ぶとあるメモを渡すと…
「それじゃ頼むわね、絶対よ!!」
「ハイ!!」
その尋常じゃ無い位切羽詰まった眼差しをスタッフに向けると、スタッフの方も真剣な表情で返事をし、その場から消えて行った。
それを見送った冴子は、おもむろに携帯を取り出すと何処かに電話をかけるのだった。
そして時間は流れ…
「To everyone who came to the venue, we apologize for keeping you waiting(では会場にお越しの皆様、おまたせいたしました)The 【Avant-Garde Collection】 is now on display只今より【アヴァンギャルド・コレクション】開催いたします」
そんなアナウンスが流れる。
いよいよファッションショーの開催である♪
「EntryNo.1…」
流暢で流れる様なアナウンサーの進行の中、次々とランウェイを颯爽と歩く美しいモデル達。
なかには裸なのか服を着ているのか解らない様なモデルもいた。
『す、凄い…』
太郎のその心の中の呟きは、決してモデルのそんな格好見たからでた訳では無い。
この業界を知らないと言うか、縁が無いと思い知ろうしなかった太郎にとって《プロフェッショナルとはどういうものか》をまざまざと見せつけられたのだ。
一流デザイナーとして…
クリエイターとしてのプライドを見せつける作品達…
それを無数のライトが照らす中、汗一つ欠かず着こなしアピールする一流モデル達…
そしてそのショーを成功させる為の舞台演出と裏方の工夫…
何もかも太郎にとってカルチャーショックだった。
息を呑むのも忘れる…
まさにそうなのだ。
「タッくん…大丈夫?」
「ん?あ〜大丈夫!ちょっと圧倒されただけだから」
「でしょ〜♪いつかね、このショーのラストを飾る作品を絶対作るん♡それが私の最初の目標だし」
目を輝かせながらその想いを宣言する華恋…
それは太郎にとって、とても眩しいものだった。
だからこそそんなクリエイティブな世界に飛び込みチャレンジしようとするその力強い意思を尊重し応援しようと改めて想う太郎…
「じゃ〜ライバルは冴子さんなんだ」
「え〜そんな訳無いじゃん(笑)」
「なら誰?」
「それはナ・イ・シ・ョだし♡」
太郎の問いに可愛くそう答える華恋。
それを横目に暖かい眼差しで見守る凛夜達…
各々想う事を心の中で巡らしながら微笑んでいたのだった。
そんな時である。
「あの〜山田太郎さんですよね…」
「え?ハ、ハイ…そうですけど…」
「スミマセンがちょ〜っと来て頂いてもよろしいですか?」
不意にスタッフ用のネームプレートをぶら下げた若い女性が太郎に声を掛けてきた。
あの冴子がメモを渡していた女性である。
「…私がですか?」
「ハイ、実はウチの社長がお呼びでして…」
「???」
この時はその社長とやらが誰なのか解らない太郎…
「兎に角急いでお願いします」
「タッくん…どうしたの?」
そのやり取りを不審に思う華恋達。
「いや、何処かの社長さんが呼んでるらしい」
「タッくんを?」
「ウン…」
「太郎さん、
凛夜が警戒しながら横槍の言葉で割って入った。
「…兎に角会って改めて時間を作るからって伝えて来るよ」
「タッくん…」
不安がる華恋を安心させる様に笑顔でそう言いながら一旦席を立つ太郎は、そのままスタッフに引っ張られてこの場を後にするのだった。
それから数十分後…
「タッくん遅いし…」
「確かに…もう店長の作品発表が始まるのぜ〜」
茅野の言葉に益々不安の色を募らせる華恋…
すると…
「Last No.30 saeko・wakana」
無情にもそう読み上げられたアナウンス。
そしてランウェイに現れたのは…
「えーーー!!✕4」
かなりお洒落なスーツを着こなした《鬼無里涼》とシックで大人の色気を感じさせる猫丸産業の社長 《猫丸翔利》そしてなんと何時もの小太りな体系が鳴りを潜めた別人の様な華恋の
その姿に思わず立ち上がる華恋達(汗)
何時にも増してイケオジな鬼無里涼とダンディーさに磨きがかかった猫丸翔利はさておいて…
太郎よ!
何処にあの贅肉をやった?
何気に髪がふさふさ?
あのちょいワル風な黒のサングラスの男は誰?
気のせいか少し背が伸びてない?
四人は奇しくも同じ感想を頭の中に描いていた。
三人は素人とは思えない程堂々とランウェイを歩き終わると、後に待っていた女性モデルと次々とタッチしながら奥へと消えて行ったのだった。
人間…開き直ると凄いものである(笑)
華恋達は慌ててその場を離れると…
そして冴子に携帯で連絡を取りながら関係者控えに向かうのだった。
そして夕方…
「いや〜この歳でこんな経験が出来るとは感激だな♪」
「本当に私もまさかでした(笑)」
貴重な体験が出来たと喜ぶ猫丸と鬼無里の傍らで、過呼吸になったのか、携帯酸素のお世話になりながら今だぐったりと横たわる太郎がいた(汗)
「タッく〜ん…少しはマシ?」
「き、緊張した〜〜〜!」
ここは会場にある冴子用のスタッフルーム。
そこでそんな太郎を膝枕しながら心配そうに介抱する華恋。
すると…
「今日は助かったわ、皆ありがとうございます♪」
会場から戻ってきた冴子が平謝りをしながら頭を下げた。
そんな冴子曰く…
何でもモデル事務所を通して依頼していた男性モデルが、途中高速道路で渋滞に巻き込まれ身動き取れなくなったらしい。
それで困り果てた冴子は急遽鬼無里に連絡を取りモデルになってくれる様相談したのだった。
折しもその時、猫丸社長宅で仕事の打ち合わせと称してチェスに興じていた鬼無里は、猫丸にもモデルの誘いを持ちかけ今に至るのであった。
ちなみに太郎はというと…
後は一人モデルが必要だからと呼ばれたらしい。
つまり冴子の部下であるスタッフに呼ばれたのだ。
だからスタッフが冴子の事を《社長》と呼んでいても何らおかしくは無い…
ちなみに髪は当然カツラ…
お腹はスタッフ二人がかりでサラシで絞め…
足らない身長はシークレット靴でカサ増し…
仕上げに濃いめのサングラスでこわばった表情筋を誤魔化したそうだ(汗)
だからこその別人28号…
※別に空は飛ばないが…
まさに奇跡の変身である(笑)
「さ、冴子さ〜ん、もう勘弁して下さいよ〜〜(涙)」
息も絶え絶えな太郎は彼女にそう言うと二本目の携帯酸素を手にした。
かくしてその日モデルデビューをした太郎は、月曜日その光景がTVで録画放送されていた事を知らず、第二営業部全員から思いっきり冷やかされるのであった。
やっぱり変装してもバレてたんだ(笑)
それと後日談になるが…
鬼無里本部長と猫丸社長にはイベント会社を通して紳士服のモデルの依頼や一部の富裕層のマダムらからファンレターや食事のお誘いなんかがあったとかなかったとか…
その真偽はナイショらしい(笑)
…続く…
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