第19話 文の神ミチザネの愛

「え、父さん今、なんて?」

「アカディウスの学院だ。知らないか?」

「話くらいは聞いたことあるけど……」


 アカディウスの学院。

 というのはこの国でもトップクラスの教育をしている学院だ。

 武術、魔術、学問。あらゆる分野の学科があり、それぞれ国の未来を背負って立つ人材の育成をすることが目的の学校で、10歳以上15歳以下の国民なら誰でも試験に合格できれば入学できる。


 僕はちょうど来月で10歳になるから、ギリギリ入れる年齢だけど、国中からエリートが集まる学院って大丈夫なのかな。


「母さんと前々から話してたんだ。リイルはこのグリーンティアの村に収まる器じゃないって。赤ん坊の時から普通とは違う才能を見せてた。今でもそれは衰えてないどころか、さらに磨きがかかってる。今の手合わせで完全に確信した。リイル、お前はもっと広い世界に出て、大きい人間になるべきだってな」

「そんな風に思ってたの?」

「毎日のほほんと生きてるように見えても、親は子供が思うより色々考えてるんだよ」


 にかっとシュターク父さんは笑った。

 僕自身がなんとなく村で暮らせればいいかくらいに暢気にしてたのに、色々考えてくれてたなんてありがたい。

 しかも、すごく高く見てくれてるし。

 誰に認められるより嬉しい……ものなんだな。


 いろんな人が集まっていろんなことを学べる学院。

 正直かなり面白そうだ。

 この世界に生まれて10年近く経つけど、まだまだ知らないこともわからないこともたくさんある。


「……うん! 父さん、僕アカディウスに行くよ!」

「よくぞ言った! さすが我が息子! じゃあ、頑張って特待生合格してくれよ。あの学院とてつもなく学費高くて庶民じゃまず無理うちも当然無理だから。な❤」

「え」


 シュターク父さんは不穏なことを言いながら、バンっと僕の肩を叩いたのだった。




「大丈夫よリイルくんなら!」

「絶対合格してこいよー!」

「おにいちゃんばいばーい!」


 そんな家族に見送られ「行ってきます」とグリーンティアを発ってから丸一日。

 途中小さな村で一泊しながら馬車にずっと揺られて、ついに学術都市アカディウスに到着した。


「おお……すごい……」


 まさに「都市」だった。

 これまで僕が知っているグリーンティアの村やエンターレの町とはレベチな都会っぷり。全面石畳のメインストリートがある時点でもう「おおっ」て話なのに、建物もレンガ造りや白亜の豪邸、尖塔と鐘楼を備えた大教会など、もう見るからに都会だ。


 そしてもちろんその中で一番目立っているのは。


「あれがアカディウス学院か」


 都市の名前にもなっているアカディウス学院が、石畳のメインストリートの最奥にどーんと控えていた。


 大小様々な校舎が敷地内にあり、敷地内には広大な演習林やグラウンドもある。芝生が敷き詰められ噴水まである校庭では学校のイメージカラーであるブルーの制服を着た生徒達が談笑しながら歩いていて、もう見るからに別世界だ。


「ヤバい緊張してきた」


 魔法も剣も母さんと父さんのお墨付きだから、絶対他の子達にひけは取らないはず。

 とわかっていても、やっぱり試験と聞いたら緊張するのはもう人間の本能だよね。


 校門に入るところで、立っている職員の人が試験の申込用紙を回収する。

 と同時に、僕に行くべき校舎と教室を告げる。

 そこが試験会場ということらしい。


 馬車が六台同時に通れるほど広々とした校門とそこから伸びる道を歩いて校舎に進んでいくと、他の受験生らしき人の姿がちらほらある。

 制服を着ていないので、それとわかるが、なんか強そうだったり賢そうだったり見えるなー、受験生だから条件は同じはずなのに。


「君も受験だな?」


 ドキドキしながら歩いていると、背中から声をかけられた。

 振り返ると、金髪で長髪で金色の刺繍つきの豪奢な服を着た男が話しかけてきていた。


「うん。君も?」

「ああ、そうだ。僕はキャロライン・フリアーブル。フリアーブル家の長男さ」

「僕はリイル=シュターク。グリーンティアから来たんだ」

「グリーンティア? 聞いたことがないな。多分山奥なんだろうね。そんな山奥から学びに来るとは感心な市民だな。あっはっは」


 お前は何目線だよ。

 と思うが受験の時にトラブル起こすのもあれなので、穏便に済ませよう。

 俺は大人だからな。

 

「僕は実際のところ、すでに学ぶことのないほどの魔法の実力なんだけど、見聞を広めるためにはこういったところで学ぶのも悪くないと思ってね。あっはっは」


 さらさらの金髪をかき上げるキャロライン。

 ここの学生がこういう人ばっかりだったらどうしようと不安になってきた。


「君はどうだい?」

「僕は魔法も剣もどっちもやるよ」

「どっちも? あっはっは、それはだめだな。そういう中途半端は失敗するもんだよ。まあ、僕が知らない田舎から出てきたなら、受験できて、その上フリアーブル家の長男である僕と話ができたんだしね」

「むっ……。それはやってみなきゃわからないと思うけど。父さんも母さんも太鼓判押してくれたし」

「失礼ながら田舎に住んでいるのでは君の両親の鑑定眼も都会の洗練された目ほどじゃないだろう。ほら、こういうレベルが必要なんだよ」


 キャロラインが地面に向かって手のひらを向けると、細い土の柱が盛り上がり、槍のようになった。

 どうだ? と言わんばかりに僕の方を見てくる。


 受験の前に余計なことはしたくないけど、僕の力を認めてくれたシュターク父さんとサリア母さんの目を馬鹿にしたなら、黙ってはいられない。


「僕も土を操る力はある――アトラス!」


 ごごごごと大地が揺らぎ始めた。

 キャロラインがおびえたように落ち着かないステップを踏む中で、僕は地面を隆起させ、身の丈3メートルほどの土人形を作り出した。


「な……な……!」

「これが僕の土の力だよ。君にも負けてないと思うけど」


 そして土の人形を動かし、キャロラインが出した土の柱をポキリと片手で折った。


「あ……ああ……嘘だ……僕より……こんな受験生がいるなんて……!!!?!?」


 もう何も言えないみたいだな。

 これで僕の両親の目が確かだってこともわかっただろう。

 それさえ証明できればそれ以上どうこうしたいとは思わない。


 僕は土人形を再び土に戻すと、これ以上余計な時間を取られないよう、土の力で地面を蹴って速く走る例のサポートを行い、試験会場へとダッシュで向かった。


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