第16話 鍛冶の神ヘパイストスの愛 1

 僕はしばらく湖畔で戦利品のアダマンタイトを眺めていた。

 朱色にほのかに光、暖かな熱を放つ鉱石は神秘的で、特別な力があると自然に感じさせられる。


 飾って眺めても十分楽しめそうだけど、やっぱり伝説の金属といったら加工してこそでしょ!


 というわけで僕は、ガンツの鍛冶屋へと向かった。

 鍛冶屋の場所は昨日聞いているので、早速そこへと向かう。


「こんにちは~」


 エンターレの町の中央部には、染料職人、金物職人、木工職人など職人達の仕事場が集まる職人街があり、その中の一角にガンツの鍛冶屋はあった。


 仕事場は開放されており、中に入ると高らかに鳴るハンマーの音が僕を出迎えた。


「おお……すごい……」


 火が轟々と燃えさかるかまどが激しい熱を発し。

 ふいごからかまどに空気が送られるたび、炎が激しく燃え上がり、額がチリチリ灼けるような熱が伝わってくる。


 その中で年期の入った槌を振り上げ、振り下ろす、髪を頭の上で丸くまとめたガンツ。その髪から湯気が立つんじゃないかってほどの熱気の中で、鋼をうつ大きな音が響いていて、熱気と力がむんむんに鍛冶場には満ちていた。


 カーン! カーン! カーン! ……!


「ん? なんだ、誰かと思った湖のガキか。何かようか、リイル」

「こんにちは。凄い熱気ですね。クラクラするくらい」

「そりゃそうだ、鍛冶場だからな。はっはっは。ひょろひょろのガキには厳しいかもしれんが、俺くらいになれば一日中でもいられるぞ?」


 豪快に笑うガンツからは、湖のほとりで見たときのやさぐれた親父とは違い、威厳すら感じられる。まさにここは彼の城なんだな。


「それはすごいですね。じゃあ、これも加工できますか?」


 すっ……とアダマンタイトを差し出した。

 その瞬間、信じられない者を見たというように、ガンツの時間が止まる。


「……………………なっ! なっ、まさっ、えっ! はあああああああ!?」


 駆け寄り、僕の手の上からアダマンタイトをひったくり、掲げて見つめる。


「このほのかに輝く朱色。内側に炎が眠っているかのような熱。間違いない、アダマンタイトだ」


 アダマンタイトを見る驚愕の目は、そのまま僕の方に向けられる。


「なんでお前がこれを!?」

「ガンツさんが言ってた湖の洞窟で見つけたんだ。それで、ただ持っててもしかたないし、加工してもらえないかなーって。それに、場所を教えてくれたのはガンツさんだから、半分こしようと思って」

「見つけたって……水の中だろ入り口は?」

「そうだけど、僕魔法が使えるんだ。水の魔法で水中で行動できるようにして、それで洞窟の中を調べたら奥にそれがあった」

「水の魔法で? そりゃたしかにガキのうちから魔法使える奴がいるってのは俺も知ってるが、長時間水の中で洞窟探索するなてそんな魔法まで使えるってのか?」

「そう言われても実際使えたからここにアダマンタイトがあるわけだし。ねえ、これで何か作ってよ。僕の分は半分でいいから」

「とても信じられねえが……だが確かにここにアダマンタイトがあるんだから信じるしかねえな。ときたら! そりゃ鍛冶屋として打たないわけにはいかねえなあ!」


 疑問は感じていたが、それ以上に幻の鉱石への興奮が勝っていて、早速何かを鍛造したいとやる気満々だ。

 となると、何がいいかなあ。


「やっぱり、伝説の鉱石で打つのは、伝説の剣でしょ!」

「ふっ……男のロマンをわかってるじゃねえか。それじゃ、打ってやろうじゃないか、アダマンタイトの剣を!」


 かまどの火を強くし、鉱石を熱し、冷やす水を用意し、ハンマーを構えて、剣を作る準備を開始するガンツ。僕は邪魔にならないように遠巻きにその様子を眺める。


 そしてついに伝説の剣作りが始まった。

 カーン! カーン! と音が響く。

 その音を聞きながら僕はワクワクとどんな剣ができあがるかを楽しみに待つ。


 すぐにハンマーの音がやんだ。

 おお滅茶苦茶早くできたんだな。


「……あれ? いや全然できてない?」


 遠巻きに見る僕の方に、ガンツは首を振りながらやってきてハンマーを見せてきた。


「さすが……って話だな。並の好物じゃねえ、ハンマーが持たねえわ、ありゃ」


 見せてきたハンマーは、欠けたりヒビが入ったりと一瞬でボロボロになっている。アダマンタイトは熱して加工できるような柔らかい状態にしてもなお、不思議な力で打つ物へ芯に響くような衝撃を返すらしい。


「ただ固いだけじゃなく、魔法みたいな力もあるんだ……」

「こりゃ普通の道具で加工するのは到底無理だな」

「どうすればいいんでしょう?」

「さあなあ。鍛冶の神ヘパイストスが使う槌でもなきゃ、これの加工はできないんじゃねえか? 元々は神の世界の金属だって言うし。俺だって腕に多少の自信はあるが、鍛冶屋ってのは道具が無きゃ何もできねえからな」


 鍛冶の神ヘパイストス。

 そういえばオケアノスの名前が出たときに、一緒にアダマンタイトを隠した神様の名前として、ガンツさんが言ってたな。


 でも、鍛冶の神様がいるなら、ひょっとして……。


「ガンツさん、そのハンマーそのまましっかり握っててください」

「あ? どういうことだ?」

「魔法が使えるって言ったじゃないですか。正確には魔法とはちょっと違うらしいんだけど……まあ、魔法っぽい力が使えるんです。それで、ハンマーを強化してみようと思います」

「魔法でハンマーを? んなことできるのか?」

「アダマンタイトはただ固いだけじゃない神の力のある金属だって言ったじゃないですか。だったら、神の力が宿ったハンマーなら加工できると思いませんか?」

「そりゃまあ理屈ではそうだろうが、神のハンマーなんて手にはいらんだろ」


 僕はハンマーに手をかざした。

 意識を集中し、このハンマーになんでも鍛冶ができる力よ宿れと強く念じる。


「きた!」


 光が天より差し、僕の手から熱が発せられハンマーが青白い神聖な輝きを帯び始めた。

 ガンツが目玉がこぼれ落ちそうなほどに目を見開き、驚いている中、ハンマーは未知の材質のヘパイストスのハンマーへと生まれ変わった。


「な……な……」

「これで、アダマンタイトでも加工できると思います! ふんー」

「お前いったいなんなんだ!?!?!?」

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