第14話 水の神オケアノスの愛 3
水に飛び込んでも、冷たさはなかった。
水の抵抗で動きづらいということもなく、何よりも。
「息ができる」
どういう仕組みかはわからないけれど、地上にいるときと同じように息ができた。
これが水の神オケアノスの権能なのか。
さて、それじゃあ湖の中の捜索を始めようかな。
今日は昨日の鍛冶屋さんの鍛冶を見学させてもらうと両親には言って出てきた。湖深くに潜るっていうとさすがにダメだしされそうだしね。昨日サリア母さんが鍛冶屋ガンツと僕が話しているのを見ていたので、ちょうどいい理由をつけられた。
湖に飛び込むときも周囲に人の目がないことは確認したので大丈夫。事実としては平気でも、勘違いされたら騒ぎになっちゃうしな。
というわけで、後顧の憂いは完全に断ったので、思う存分湖探検ができるってわけ。
「さあ、どこに水中洞窟はあるかな」
水の中の移動は、なんとも面白い感覚だった。
風や土を神の力で操る時のように、意思と集中力で水が自分を押し出して動かすようなイメージをすることで、そちらに動いていくことができる。
それが前後左右上下360度にできるので、動いているだけでも楽しい。
しかも湖の中にはいろんな魚やエビや貝がいて、それらを眺めながらすいーっと移動するのは最高だ。
水族館で餌やりしてる職員の人ってこんな気分なのかな~。楽しい~。
「……って、いかんいかん。あんまり長引いたら心配かけちゃうから、余計なことしてないで洞窟を見つけてアダマンタイトを手に入れないと」
気合いを入れて洞窟を探し始める――と、岩場にぽっかりと開いた穴を見つけた。
「おっ、あれかな?」
そちらへすいーっと向かっていき、穴の中に入っていく。
「え、めっちゃ広い」
中に入ってみると、思った以上に入り口から奥へと広がっていた。
どこまであるか奥は見えない。
ということは……単なるちょっとした洞穴じゃなく、言い伝えにあるとおりの洞窟の可能性が高い!
「よし、行くぞ!」
テンションも高くなってきた僕は、洞窟の中を進み始めた。
洞窟は思ったよりだいぶ深く、かなり奥まで広がっていた。
水中の洞窟っていうのも神秘的でいいな、でもそろそろお宝が欲しいな。
と思っていると、不思議なモノが目についた。
洞窟内の石が、人工的に削られたような形になっているのだ。
なんだろうこれは……カニ爪?
カニのハサミのところを形取ったような形の石が洞窟内にいくつもある。
一つなら偶然かもしれないが、複数あるというのはさすがに偶然とは思えない。
誰かが彫刻をした?
こんな水の中に?
これはまた気になることが増えてきた。
いったいこの洞窟はなんなんだ……?
彫刻をじっと見つめる僕。
その背後を海老人がスタスタと歩いて行く。
(むー? にんげん? よくきた)
「……え」
海老人は背中を反らせすぎてもはや直立してるような僕と同じくらいのサイズの海老で、十本くらいの足を器用に動かして洞窟の地面を歩いている。
「海老人間!? ええ!?」
(エビビト。にんげん、水の中、珍しい。来い)
海老人は振り返ると、海老っぽい二本指の手をちょいちょいと動かし、ついてくるようにジェスチャーしてきた。
海老人って。
まさか海老の人間がいるって。
伝説の鉱石を目指してきたのになんかそれより珍しい生き物を発見してしまった。
「とりあえずついて行こう」
僕は海老人の後をおって洞窟のさらなう奥へと進んでいった。
洞窟の中は、それ自体が巨大な住居のようになっていた。
カッパドキアみたいな感じだ。行ったことないから本当にそうかは知らんけど。
海老人に連れられてその洞窟住居の中を奥へと歩いて行くと、穴から出てきた他の海老人が物珍しそうに僕を見る。
(にんげん)
(地上のやつ)
(水)
など、頭の中に直接メッセージが聞こえる。
どうやら海老人はテレパシーで会話するみたいだ。
(お前……にんげん……)
前を歩いている海老人がテレパシーで話しかけてきた。
「うん、人間だけど、どうかした?」
(にんげん……水の中……不可能……なぜ)
どうやら海老人は人間が水中洞窟にいることを疑問に思っているらしい。
「ええと……魔法の力的なもので水の中でも息ができるんだ」
海老人はくるりと僕の方に振り向いた。
海老の顔の表情はわからないが、僕の方に近づき、正体を品定めするようにくりくりした目玉を動かしている。
(オケアノス!)
「え?」
(オケアノスのチューズン! にんげんが水の中にいる理由、それ以外ない!)
そうテレパシーが聞こえると、周囲の穴から海老人が一斉にざわっと出てきた。
(オケアーノス……)
(チューーーーズン!)
(オケアノスのチューズン!)
興奮した声がテレパシーで頭の中に響く。
頭がガンガンと痛むほどだ。
海老人達はわらわらと足を動かして、僕に注目している。
(なぜ来た? 地上のにんげんが)
(オケアノスのチューズンが?)
「ああ……ええと……珍しい鉱物のアダマンタイトがあるって噂を聞いて、それを手に入れようと。そしたら海老人がいてびっくりしてるんです」
(アダマンタイト……ふーむ。そうか……)
何かひそひそとしたざわめきが頭の中に響く。
僕を案内する海老人や横穴から出てきた海老人達同士でテレパシーで相談しているようだが、波長が違うのか言語が違うのか、内容は僕には聞こえない。
(こっちだ……にんげん……)
「こっち? もしかしてこっちにアダマンタイトが?」
(そうだ……地上から来た珍しい客だ……やる)
「いいの!? そんな貴重なものを」
(地上からの客は初めてだ……少しならわけてやってもいい……)
おお! これは神展開!
アダマンタイトが実在する上に、謎の海老人もいて、しかもくれるだなんて。
たしかに地上から人が来ることなんてまずないし、レアキャラは大事にしたくなるものだもんな、わかるわかる。
ガチャの最高レアのキャラは強キャラじゃなくても一応嬉しいことは嬉しいしな。
というわけで、僕は海老人について海老人の洞窟住居の奥へと向かった。
その途中はずっと海老人の視線を感じっぱなしだ。
地上の人間は珍しいって言ってたし、皆見物したいんだな。自分が水族館の魚になった気分だよ。
やがて一番奥まった部屋の突き当たりにつくと――。
(これが……アダマンタイト……)
ハサミのあるクラゲのようなレリーフが刻まれた台座の上に、両手のひらにすぽんと乗るくらいのサイズの、朱色の鉱石が置かれていた。
石自体がぼんやりと光を放っているようで、その色はじっと見てると催眠にかかって手を無意識に伸ばしてしまいそな光だ。
「これ、もらっていいんですか? 本当に?」
手のひらにのせて、振り返って海老人に尋ねた。
――僕は、「ひっ」と声をあげて壁際に逃げた。
(オケアノスのチューズン!)
(オケアノスのチューズン!)
(オケアノスのチューズン!)
(オケアノスのチューズン!)
アダマンタイトが安置されている部屋への通路いっぱいに、隙間無く大量の海老人が体をくねらせ無理矢理詰め込みその目を僕の方に向けていたのだ。
(アープ様の敵!)
(アープ様の敵!)
(アープ様の敵!)
(アープ様の敵!)
「な! なんなんだ!? なんでこんなことに!?」
僕を案内した海老人が答える。
答えながら、チキチキとその爪を尖らせていく。
(オケアノス……憎き偽神……我らが崇める真なる水の神アープ様を追い落とした憎きもの……)
アープ?
追い落とした?
憎きオケアノス?
何を言ってるんだ、この海老人達は。さっぱりわからない。
(貴様はそのオケアノスの権能を持つ選ばれし者……つまり我らの……敵! アダマンタイトにつられて……一番隅に自ら追い詰められた愚か者……偽神と同じ愚か者! 恨みを晴らす! 殺す! 殺す 殺す!)
興奮した殺意のテレパシーの大合唱に頭が痛くなる。
なにがどうなってるか今の状況の背景はさっぱりわからないけど、わかったこともある。
こいつらは僕を騙して逃げられない場所に追い詰めて、そして殺そうとしてるってことだ!
通路にみっしり詰まるほどの大量の海老人が僕の元へ殺到してくる。
「思い通りにやられるか! 逃げられないなら、返り討ちにしてやる!」
僕は水を握りしめるようにして力を込めた。
「オケアノス!」
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