第12話 水の神オケアノスの愛 1


 一週間晴れ続きでこのままだとまた日照りになりそうな天気。

 僕はそれを再びゼウスの権能を用いて止めた。


「この前は、雨が続いてたから【晴れるように】って力を使ったのが悪かったんだな。そうじゃなくて、ニュートラルな、自然の状態に戻るように、っていう風にゼウスの権能を使わなきぇいかなかったんだ。


 集中して、自然な空に戻るように念じると、晴れ間にほんの少し雲が出てきた。

 しかし急に雨が降ったりはしない。

 ということは、自然ってことだろう、これで元通りだ。


 実際、次の日にはにわか雨が降った。

 だがにわか雨はにわか雨で終わりその後は雨の降らない曇り空になったので、これは極端じゃないいつもの自然の空になったとみていいだろう。


「ふー、やれやれ。ようやく普通の天気に戻った。神の力使うのも楽じゃないね」


 肩の荷がおりたよ、と庭から家の中へと僕は入った。

 と、ちょうどその時、家から出ようとするシュターク父さんとかち合った。


「おお! ちょうどいいところに!」

「? 何か用事? シュターク父さん」

「ああ。実は明日から……」


 シュターク父さんはにやりと笑った。


「エンタールに旅行に行くぞ!」


 急ー!




 エンタール。

 僕の地元のグリーンティアから西にある町。

 町というだけあって村のグリーンティアよりは栄えている。建物も多いし、道路も整備されている(部分も一部ある)。何より目をひくのは、商店の表に色とりどりの布が飾られていたり、看板に鮮やかな色の布を使っていたりと、派手な商店街だ。


「ここは染料が名産なのよ。お母さんも昔頑張ってお金貯めて、この町で服買ったの」

「へー。それじゃあサリア母さんは来たことあるんだ」

「父さんも来たことあるぞ! 父さんも貯金をして母さんの誕生日プレゼントに……」

「えーずるーい! クラリアもきれいなおようふくほしいー!」


 そんな感じに、僕らは一家四人でワイワイと喋りながら、絢爛な通りを歩いて行った。

 そして宿を取ったころにはすでに夕方だったので、食事をとって移動の疲れを取るためにもそこで宿泊。

 色々やるのは明日からということになった。


 そして翌日。


 サリア母さんが持ってきたパンフレットを見ながら僕は今日の計画を立てていた。


「やっぱり有名な染料農園かなあ。染めた後の布もキレイだけど、元の植物も花が咲く季節はキレイらしいし。でもこっちのエンタール湖もいいなあ。町の名前になってるくらいだし、雄大な湖に違いない。う~ん」


 グリーンティアを離れることなんて初めてだから悩むなあ。

 どこに行くか……いや、何日も滞在するって言ってたから全部行けばいいのか?


「お、いたいたリイル」


 と考え込んでいる僕に声をかけたのはシュターク父さんだ。


「どうしたの、シュターク父さん」

「探してたんだよ」

「なんで?」

「父さんはこれから一仕事しにいくんだけど、リイルも一緒に来ないか?」


 え? 仕事?

 せっかく別の町に来たから、家の魔道具屋の仕事もついでに何かしちゃおうって感じなのかなあ?

 でもそれで僕が呼ばれるとはいったい?


「ほら行くぞ~。なーに難しいことじゃない。まずはゴーだ!」


 僕としても何をやるつもりなのか気になったので、シュターク父さんの後をついて宿を出て行った。




「な……なんだこれは……」


 それは町の北に広がる染料植物の畑の中。

 ちょうど観光したいと思っていたところだからちょうどいい……とはならなかった。


 畑の植物はしおしおと萎れていて、とても見事な葉ぶりとは言えない。

 まるで先日のグリーンティアの畑と同じようだ。


 そして同じといえば、畑の真ん中に木組みの台と太鼓があり、その周囲を人々が囲んでいる。

 これも先日のグリーンティアと同じような……はっ!


 そうか、天気が一つの村だけが日照りなんてなるわけがない。

 グリーンティアが雨不足で悩んでいたなら、他の場所だって同じはずだ。

 そして僕は世界中に雨を降らせて欲しいと願ったわけではないので、あの雨はグリーンティアにしか降っていない可能性が高い。


 ということは……。


「ええ、よろしくお願いします。うちと同じく日照りに苦しんでいたそちらの村が、雨乞いに成功してゼウス神が雨を降らせてくださったと聞きましたので……同じようにやっていただけたらと!」

「はっはっは! まかせてください、困った時はお互い様! 全力で太鼓を叩きますよ!」


 エンタールの村人とシュターク父さんがそう話しているのが聞こえて来た。


 まさかそういうことで旅行に呼ばれたとは……。

 見てみるとメイの一家もいて、例の祈りのやり方をエンタールの村人に教えている。やり方を教える係と、シュターク父さんは太鼓係としてきて、ここの人と一緒に儀式をやるということか。


 まさか噂が広まっているとは驚いたけど、儀式が成功したわけじゃないんだよなあ。

 あれをやってもしかたないんだが……だからといって止めるわけにもいかないし、僕がさりげなくゼウスの権能を使って雨を降らせるしかなさそうだ。


 予想外の流れに驚いたけど、まあそのおかげで旅行に来れたのならまあ雨乞いの仕事するくらいはいいか。

 終わったら観光すればいいんだし。あ、もちろん適当なところで雨をやませないとだけどね。


 というわけで、僕らはまたあの儀式を行った。

 輪になって天と地に祈りを捧げる最中、僕はこっそりとゼウスの権能を使用する。

 程なくして雨が降り始め、エンタールの人々は歓喜の声をあげ、僕らはお礼を言われながら宿に帰っていくのだった。


 その日から三日間雨は降り続いた。

 その間僕は家族と一緒に、雨でも室内で楽しめるエンターレグルメやエンターレショッピングを満喫した。


 そろそろいいかなということで、そこで雨を解除。自然の天気に戻して畑の様子を見に行くと、水分を得た染料植物はイキイキとした色に復活していた。

 これであのきれいな染め物を今年も作れることだろう。


「さーて、晴れたことだし今日から帰るまでは外を観光できるぞー」


 いよいよ観光本番、こうなったら前から行きたかったところへと僕達は家族で向かう。向かった先は――。


「おおー、大きい湖」

「ふふ、凄いでしょう。昔から大きくてきれいなのよ」

「すごーい!」


 エンターレ湖だ。

 湖の畔から眺める湖は向こう岸が霞んでいるほど広く、湖の周りには針葉樹が密に生えて神秘的な空気をかもしだしている。

 柔らかい砂の湖畔はまるで海岸のようで、湖のスケールの大きさを感じさせられる。


 これはすごい光景だなあ。

 来て良かったエンターレ。




 湖の周りを歩いたり、水際でクラリアと水をバシャバシャしあったり、そんな風に遊んでいたのだけれど、ふと妙な人が湖畔にいるのを僕は目にした。

 体育座りでため息をつきながら湖を見ている。


 怪しい……まさか身投げとか!?

 心配になりすすすっと近付く。

 その人の結んでいた口が開きかける。


 何かを言うのか? 何を言う?


「はぁ~~っ……なんで雨なんか降らせたんだよそ者共は。おかげで湖の宝が取れなくなったじゃないか……」


 聞き耳を立てていた僕に、そんな独り言が聞こえて来た。

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