第7話 癒やしの神アスクレピオスの愛 3
天からの光は僕の両手にあたると、手の中で輝きとなった。
「この光は……!」
僕はこれに覚えがある。これまでに二度あった、奇跡の瞬間。
直感的に、今回の光が何かは理解できた。
「これは……一体何が?」
神官は戸惑った様子を見せる。
僕は確信をもって、神官の脇腹に光る手を近づけた。
暖かな光があふれ出し、傷口を覆っていく。
みるみるうちに傷が塞がり、神官の顔色がよくなっていく。
百秒ほどで、深くえぐれた脇腹の傷はすっかり癒え、残った他の小さな傷もさっと治癒された。
「どう、ですか? もう大丈夫?」
僕が尋ねると、神官は目を見開きながら、すっと立ち上がる。
自分の体を信じられないものを見たかのようにたしかめ、
「完治している……だって? 今のは紛れもなく、癒やしの力。それも私の魔法など比べものにならないほど強力な! まるで癒やしの神アスクレピオスの力そのもの――」
『グオオオオヲヲヲヲヲ!!!!』
その時、咆哮と同時に茂みがバキバキと折れる音が響いた。
3mほども身の丈のあるアウルベアが、小枝を折りながら僕らの元に走ってきたのだ。
熊の体にフクロウのような顔を持ち、牙の並んだ嘴を獰猛に開き、羽毛に覆われた丸太のごとき腕を振るって邪魔な枝を折りながら、僕らの元へと向かってくる。
「リイル君! 逃げるんだ!」
「逃げません! ――アトラス!」
その脚力ですぐさま眼前に近づくと、アウルベアは僕らを引き裂こうと強靱な爪と腕を振り下ろした!
――が、僕が地の力で地面を隆起させて大地の壁を作る方がわずかに速かった。アウルベアの腕は、土壁を3割ほど抉って停止する。
僕はそのまま土壁を変形させる。
さっき特訓したときのように、太い杭を土壁から突き出す!
「ギアアアアアアアア!!!!」
ブバッと鮮血が宙を舞った。
飛び出た硬い土の杭は、アウルベアの首を貫いていた。
そしてギイイイ……と細い断末魔をあげると、アウルベアは倒れて動かなくなった。
「ふう。危なかったあ……」
いきなりモンスターに襲われて本当驚いた。
でも、なんとか退治できて助かった。森の中で訓練してたおかげだな。しっかり成果が出てヨシ!
「大丈夫ですか、神官さん」
なんとかモンスターを倒したので神官へと目を向ける。
神官は何も言えずに、ただただ呆然としていた。
「村で君を見たときに感じた不思議な感覚、あの正体が今ならわかる。大神殿で一度だけあった、神からの言葉を神官達が賜った時に感じた時のものだったんだ」
アウルベアを退治してしばらく後――。
僕と神官は森を出る方へとともに歩いていた。
「君はどうやら、普通の魔法とは異なる力を持っているようだ。魔法という神の力の一端を貸していただくことの枠を超えた……まるで、神の力そのものを譲渡されたかのような力。とてつもない子だね、リイル君、きみはまったく」
「あはは……そんなに凄い力なんですか? これって」
「ああ。凄いなんてものじゃない。なんで君がそんな力を持っているのか、不思議でしかたがない。心当たりはないんだろう?」
「うーん、ないですね。突然使えるようになったっていう感じだし……」
「神に選ばれた者といったところだろうか。詳しいことはわからないな、ディヴィニティオに帰ったら、何か似たような記録がないか調べてみるよ。……だが、とにかく今はありがとう。君のおかげで救われた」
神官は小さな子供である僕に対しても、礼儀正しく深々と僕に頭をさげた。
そんな恐れ多いことをと止めようとしたその時。
神官は顔をあげ、礼とは別の、重要なことを口にした。
「だが一つ言わせて欲しい。どうしてあんな無茶をしたんだ。たしかに凄い力を持っているようだけど、でもその様子ではおそらくモンスターと戦ったことはなかったのだろう?」
「はい、初めて見ました。あんな危険そうでびっくりです」
「じゃあ、うまく倒せる保証なんてなかったということだ。それなのにどうしてあんな危険なことを。大人のために子供が危険を冒すなんてやるべきじゃない」
神官は僕に真剣な表情で言う。
やっぱりこの人っていい人だ。
でも、だからこそ。
僕は神官が大事に握りしめている肖像の入ったロケットを指さし、返答する。
「神官さんも僕と同じくらいの子がいるんですよね」
神官もロケットを開き、娘の肖像を見て答える。
「ああ。そうだ、だからこそ君には無事でいて――」
「だから、もし神官さんが死んじゃったらその子は凄く悲しい思いをするはずです。僕だって、父さんや母さんが死んだら、死ぬほど悲しいから」
「!」
「僕はこういう普通じゃない力があるけど……両親は全然気にせず愛してくれてます。だから、絶対に両親にひどい目に遭って欲しくない。そういう気持ちは、絶対その子も同じはず。だから、自分だけ逃げるなんて、無理でした。神官さんには絶対無事に生きてて欲しかったんです。その子のためにも」
「リイル君、きみは――」
ガバッと、神官は意外なほど強い力で僕を抱きしめた。
「ありがとう。……あのモンスターに襲われて傷ついている間、娘のことを思っていた。もう二度と会えないのではないかと。私がいなくなって娘は大丈夫なのかと。……君は凄い力を見せてくれたが、それよりも凄いのは君自身の勇気だ。逃げずに私の命を……娘を悲しませないために救ってくれた君の心は、神の力よりも私には尊く見えた。……ありがとう、心から感謝する」
「そ、そんな! とんでもないです! おおげさですって!」
そこまで言われることじゃないと僕は両手をあわあわ振った。
特訓の成果を出しただけなんだかあら。
「ふふっ……ずいぶん謙虚なんだね、まだ小さい子供なのに。うちの娘にもその礼儀正しさ見習わせたいよ」
ははっと笑ってロケットをしまう神官。
その姿を見て、僕にもこの人を助けられたという実感が、ようやくわいてきた。
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