第6話 癒やしの神アスクレピオスの愛 2
あの神官の人は、言ったとおりしばらくグリーンティアの村に滞在していた。
ディヴィニティオから持ってきた教典を配布したり、それに関する解説などの話をしたり、あるいは神官の人は実に神職らしく治癒の魔法の専門家だったので、腰を痛めた大工さんを癒やしたり、病気の人の頭痛を収めたりといったこともしていた。
魔道士としてそれに興味があるのか、サリア母さんはその話を聞いて、
「さすが本場の使い手は違うわね」
と感心していた。
「お母さんも回復のポーション作れるよ?」
「ママのポーションよりもよく効くみたい。ママは回復はそんなに得意じゃなかったからねえ。燃やす魔法とか、爆発する魔法とか、そういう方が得意なのよね、昔から。でも、傷薬も欲しいっていう人が多いから、苦手なりに頑張って作ってるの」
言われてみれば、着火剤や、発破の爆薬とか、そういう方がサリア母さんが作るものは高品質な気がする。
魔法の札(使うことで中に封入された魔法が簡易的に発動できるアイテム)も、使うだけでどこでも火起こしできる札は安く大量に作ってるし。
サリア母さんは火タイプらしい。リザードン母さんである。
「苦手なのに村のみんなのために頑張っててお母さんえらいね!」
「リイルちゃん……なんて優しいこと言ってくれるの~。ママ泣いちゃう。ん~~ちゅっ」
サリア母さんは感動に目をウルウルさせながら僕のほっぺにちゅーをした。
やっぱりサリア母さんはいい人だ。
僕にも優しいし、他の人にも優しい。
……なんというか、今更だけど感謝だな。
僕はちょっと――いや相当変わった子供だと思うけど、何も変に思わず、いっぱいの愛情注いでくれて。
それに僕も応えたい。
そのためには……健やかに育つことだね!
ということで、今日も僕は元気よく外に遊びに出かけた。
行くのは村の周りの森だ。
最近行き始めた場所で、僕の遊び場兼修行場になっている。
グリーンティア、という名前の通りこの村の周りは森だらけだ。平たい森もあれば、山の中の森もある。とにかく森。
周囲の浅い平地の森は安全な森だ。タヌキとか小鳥とか、普通の動物ばかりでモンスターはまず見かけない。
しかし森を奥へ奥へと行くと木々に覆われた山があり、その山の森へ行くと危険と言われている。
モンスター……アウルベアやアースエレメンタルというような、怪物の縄張りだから近づかないようにと口を酸っぱくして言われているし、僕じゃなくても村の人はまず近づかない。
もちろんファンタジーな世界にせっかく転生したからには、モンスターにも興味はあるが――とはいえ、危険を冒して両親を悲しませてまで見ようとは思わないので、まだ山までは行ったことはない。
もっと大きく強くなってからでもいいさ、山は逃げないんだから。
「さて、それじゃあ平たい森で今日も特訓しよう」
僕は森に入ると、まずはそこで魔法の訓練をする。
まずは風の力。
落ち葉に向けて力を込めると、風が落ち葉をふわりと浮かせた。
そのまま風に吹かせて右へ左へと落ち葉を動かし、くるくるとミニ竜巻を作って落ち葉を回転させたり、風を操る特訓をしていく。
目に見えない風が可視化される落ち葉は便利だと思う。森のいいところだね。
ひとしきり落ち葉を吹かせたら、次は木の幹に強風をぶつける。ミシミシと木の幹が曲がってゆれ、木の実がぽとりと落ちてくる。
「うむ、技だけでなくパワーも順調についてるな」
音を聞きつけたタヌキがポテポテと歩いてきて木の実をかじる横で、僕は特訓成果を実感した。
しばらく繰り返して、次に土の力を訓練する。
といっても、それはすでにやっているようなものだけどね。
ここに来るまでに地の力で高速走行してきたし。
追加でもう一つ、地面に向かって力を使う。
地面を隆起させて柱のようにする。それを透明な手で粘土を捏ねるように変形させていく。泥人形のようにする。柱全体に針を生やす。なめらかで完璧な球体に近づける。
「うんうん、前よりきれいな丸にできるようになってきた。いい感じだな」
僕が特訓成果に満足した頃、いくつも木の実を食べて満腹になったタヌキも満足そうに寝そべった。
「グオオヲヲヲヲヲ!!!!」
その時だった。
この森で聞いたことのない恐ろしげな吠え声が聞こえたのは。
タヌキが慌てて起き上がり、木立の中に逃げていく。
「なんだ……この声は!?」
聞いたことがない、こんな咆哮。
普通の動物じゃない。
僕は周囲に警戒を始める――すると今度は。
「……立ち去れ! 魔の物よ!」
必死に叫ぶ――人間の声が聞こえてきた。
これは……まさか未知の獣に人が襲われている!?
僕は無我夢中で声がした方に走り出す。
獣と人が戦っているような怒号の方へと全力疾走する。
「……どこだ……どこに……見つけた!」
そこには、大きな木の幹にもたれている服を血で染めた男の人の姿が――。
「神官さん!? どうしたんですか?」
それは、肩と首が血で染まり、そして脇腹を凄惨にえぐられた、村に来ている神官だった。
「はぁ……はぁ……アウルベアに……やられました……。博物学のためにこの辺りの生物を調査していたのですが――」
手で傷を押さえながら、か細い声で彼は言う。
「アウルベア……!」
山の方にいるという凶暴なモンスターだ。
見たことはないけれど、熊とフクロウが合体したような姿で、素早く力強く貪欲な食欲を持っている危険なモンスターだって本で読んだ。
それがこの平地の森に来るなんて妙な話だ――って、今はそれどころじゃない。この人の怪我が先だ!
「……おや……君はあの時の子。どうしてここに?」
どうやら怪我で意識も朦朧としてたみたいだ、僕が誰かにも今気づいたほど。
これは相当重傷だ、一刻も早く治療しないとまずい。
「森で遊んでいたら、叫び声が聞こえて気になって。でも今は僕のことより神官さんのことです! ひどい怪我……でもなんでこんなことに。神官さんは治癒の魔法を使えるはずじゃ!?」
「すでに……使ったんだ。首にもっと重い――命を落としていてもおかしくない怪我を負って、それを治療するためと、そしてアウルベアを追い払うために魔力を使い切ってしまった。だから今はもう、治癒の魔法は使えないんだよ」
「そんな……まだ重い怪我が残っているのに……」
脇腹の傷は深い、この傷だって放っておけばすぐに命にかかわるのは明白だ。
どうする?
今から村に戻って人を呼んできて間に合うと思えない。それにこんな重傷をどうにかできるかもわからない。
「私のことは大丈夫……だからとにかく君は逃げるんだ……! アウルベアは貪欲な魔物、一度は攻撃して追い払ったけれど、獲物は決して諦めません。私の臭いをたどって再び来る、そしたら君まで――」
たしかに神官の言うとおり、僕はほんの子供で、危険なモンスターと戦うなんてとてもあり得ない話なのかもしれない。でも、だからって見捨てるというのも――。
その時、握力も弱まってきた神官さんの手からロケットがこぼれ落ちた。
地面に落ちた衝撃で開くと、そこには神官さんに似た小さな女の子の元気な笑顔があった。
それを見た瞬間、僕ははっと気づいた。
「この子……もしかして神官さんの子供ですか?」
「そうさ、君と同じくらいの歳の。だからこそ君を危険に巻き込むわけにはいかないんだ、私の娘がモンスターに襲われたらと考えたら耐えられない。そんなことはダメだ。だから君も無事じゃないと……さあ、村に帰ってください! 大丈夫、少し休めば自分で帰れますよ……」
そう言って色の抜けた唇を精一杯笑ってみせるように持ち上げ、神官さんは僕の体を押しのけ、村へ戻るよう促す。
……それは。
それは、ダメだ!
その瞬間、木々の合間をぬって、天からまばゆい光が差した。
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