第5話 癒やしの神アスクレピオスの愛 1

 二年半ほどが穏やかに経過した。

 つまり、今の僕は四歳になったばかり。


 もう魔法がなくても歩き回って走り回れるし、読み書きもなんの不自由もなくできる。両親は僕の魔法の力も知っているし、今では毎日本を読んだりグリーンティアの村を走り回ったりして過ごしている。


 特にやっているのは、土と風の力をより使いこなすこと。

 赤ちゃんのころからやってただけあり、かなり自由に操れるようになってきた。そして一番大きいこととして、小さい頃は少し魔法使ったらもう疲れてへろへろになっていたけど、今ではガンガン使っても大丈夫なくらい体力(魔力というべきかな?)がついてきた。


 そんな穏やかな日々の中、グリーンティアの村に事件が起きた――。




「ねえねえリイル君、大ニュースだよ!」


 興奮気味に僕に声をかけてきたのは、赤ちゃんの頃にベビーシッターをしてくれていたメイ。今はもうベビーシッターは必要なくなったけれど、何かと気にかけてくれて、家の農作業を手伝った後の時間などに小さい僕とも仲良くしてくれてる。


「どうしたのメイちゃん、そんなに興奮して」

「ディヴィニティオから神官様が来てるんだって!」

「ディヴィニティオ……」


 色々本を読んだけど、その中に書いてあったような気がする。


 大神殿がある、この世界の信仰の総本山だったかな。

 ただの宗教都市というわけでなく、人や物も多く集まるので、経済的にも重要な場所で、神殿や各種宗教建築物や遺物などを見るための観光地としても人気もあり、この国有数の大都市でもある。


 だったかな、たしか。

 そんなところの神官が片田舎に来たとなったら、たしかに平穏で変化の少ないうちの村にとっては珍しいニュースだ。


「すごい! 見に行きたいな」

「うん、だよねだよね。私も行きたいと思ってたんだ。じゃあ、見に行こ!」


 グリーンティアの村も自由に歩き回れるようになった僕は、新たな刺激が欲しいとちょうど思っていた頃だった。そこに遠くの大都市から来た人が来たというならこれはもう願ったり叶ったり。珍しい話を聞いたり見たりするチャンスだ!


 村の集会所にいるということで、僕たちはそこに走って行った。




 集会所につくと、そこにはすでに結構な人だかりができていた。

 何もない村なので、偉い神官様の説教もある種の娯楽で、村の人がたくさん集まって話を聞いている。


 正しく生活することとか、いろんな神様の話とかをしているけど、結構面白い。風の神様の逸話も出てきたりして。


 しかしそれよりも目を引いたのは。


(メイの小声)「すごく格好いい人だね、リイル君」

(僕の小声)「うん。それこそ神話に出てきそう」


 相当なイケメンだったのだ。

 神官はプラチナブロンドの長髪が美しく輝いてて、眉目秀麗という言葉を体現したような、左右対称で整った目鼻立ち、美白でまるで氷の彫刻のよう。

 すらっとしたスタイルも相まって、神官どころかイケメン神という出で立ちだ。


 集まった村人も半分はこの美しさを見たいからではないかって気がするな。


「本当にきれいな顔の人ねえ」


 ほら、女の人もこう言って……ってサリア母さんじゃないか!

 村民の集まりの中には僕の両親もいて、サリア母さんが神官の人に熱い視線を送っている。


 当然その隣にはシュターク父さんもいるのだけれど。


「そうかぁ? たしかにきれいだけど、男はもっとこう、ごっつい方が頼りがいがあるというか、そういうもんだと思うがなあ」


 シュターク父さんは腕を組んで神妙な顔を作ってそう返事する。

 と、サリア母さんがニコニコしてシュターク父さんの肩に頭を乗せる。


「妬いてるの? もー、一番格好いいのはもちろんあなたよ、シュターク。この力強いもみあげ、おひげ、眉、そんなごっつい割にぷるんぷるんの唇とか、全部格好いいわよ。もー、かわいいんだから」

「そ、そうかぁ? ま、まったくあんまりからかうなよ、サリア。……サリアこそ、一番かわいいよ。もう全部かわいいね俺のサリアは」

「シュターク❤」

「サリア❤」


 いったい何をやっているんだこの夫婦は。

 神官がありがたい話をしているところでイチャイチャするとか神の怒りに触れるでしょこれ。


 まあ、ラブラブなのはうちの親のいいところだけどね。

 家庭円満だし、我が家の空気も常にいいし。


 するとメイがぐっと手を握って僕に言った。


「リイル君もかわいさならあの人にも負けてないからね!」

「そ、そうですか……」


 謎の勢いに思わず丁寧語になってしまったのだが。


 そんなこんなで神官より両親やメイの方に気を取られていると、ありがたいお説教は終わった。

 だがそれからも、ディヴィニティオの町の様子の話や、旅の途中に見聞きしたものの話などを、村民が色々と質問して神官を逃がさなかった。


 僕もそれを輪の端っこの方から聞き耳を立てていたのだが、やがてそういった話も終わり(村長が神官様も旅で疲れてるんだから休ませてあげなければと言ってようやくおさまった)、集まった人は三々五々に帰って行った。


 僕もそろそろ帰ろうかと思い、最後になにげなく神官の方を見ると、たまたま神官もこちらを見て目が合った。


 その瞬間、神官の目が鋭くなった。


「君は――いや、まさかそんなわけが――。ああ、ごめんね、気にしないで」


 が、それは一瞬で、すぐに柔和な表情に戻り僕の頭をぽんぽんとする。


「私はしばらくはこの村にいるつもりだから、またお話ししようね、僕」

 

 神官はそう言うと、集会所に併設された旅人のための宿泊所へと向かった。


 今あの人は何を言いかけたのだろうか。気になる……。


「まあ、しばらくいるっていうなら、わかる機会もあるかな。あの神官の……あ、名前聞いておけばよかった」


 また話を聞かなくちゃいけない、とそんな予感を感じながら、僕も家へと帰っていく。

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