第3話 地神アトラスの愛 1

 僕は1歳になって歩けるようになり、言葉も喋れるようになった。

 もちろん以前から言葉はわかっているのだが、わかったら喋れるというわけではないらしい。発声にも訓練が必要らしく、大人のようにはまだ喋れない。


 ともあれ、歩いたり話したりできるようになるとやっぱり快適だ。

 ベビーベッドで一日中寝るだけの生活よりはずっと楽しい。


 今日も僕は家の中を歩き回っていた。


「おー! リイルちゃんあんよが上手でちゅね~!」


 と嬉しそうに太い声を出したのは父、シュターク。

 ごつい体に立派な髭の強面男が、相好を崩しに崩して小さい子供を眺めているのは微笑ましい。僕もちょっとサービスして、早歩きなんかを見せてみる。


「おお! なんという素早い動き! この足さばきは武芸家かシーフにでもなれるぞ!」


 息子がシーフになるのはまずいのでは?

 めちゃめちゃ泥棒ですけど。


「さあて、それじゃあかわいい息子のために今日も頑張って働いてくるか! パパ行ってくるぞー!」


 シュターク父さんは勢いよく僕の頭を撫でて髪をくしゃくしゃにすると、外に出て行った。うちは錬金術屋で、色々な薬品や魔法の札を売る商売をしているのだが、シュターク父さんは剣士で腕が立つので、魔物を倒したり危険な森や洞窟で素材を採ってきたりして、魔術師の母さんがそれから色々作り、そうしてできた品物を店で売っている。


 傷薬や頭痛薬、よく燃える油や腐食を防ぐワックスのようなものなど、色々作って売っているようだ。


 サリア母さんは今は錬金術のアトリエでそういったものを作っているところだ。

 というわけで、ここからは僕は一人で好きに遊ぶぞ。


 と、寝室を出て廊下を歩いていると……。


「いたいた、リイルちゃん、おはよう」


 少女が俺のそばに小走りで来て、身をかがめて俺に笑いかけた。


「おは、よー」

「わー、挨拶上手ー! すごーい!」


 僕を褒め称えるようにパチパチと手を叩く少女は、栗色のカールしたかわいい髪の、10歳くらいの女の子だ。

 ほのぼのした雰囲気でちょっと困り眉な感じが、どこか安心感がある。


「じゃあメイお姉ちゃんと一緒に遊ぼうね~」


 僕もこの『ミリオネイト』という世界でしばらく生きてきて少しわかってきたけど、ここは『グリーンティア』という穏やかな空気の流れる静かな村で、メイお姉ちゃんことメイ=タウラは同じ村に住んでいるタウラ家の娘さんである。


 そのメイがなぜここにいるかというと、ベビーシッターのアルバイトのようなことをしているからだ。

 アメリカだと子供のバイトとして近所の乳幼児の面倒を見るというのがあるらしいけど、この世界にもそういう文化があるんだろう。


 本格的に毎日するような仕事というわけではなく、親が忙しい時に小さい子の面倒を見てお小遣いをもらうみたいな感じらしい。

 とまあそんなわけで、近所のメイちゃんは僕の手を引いて廊下を歩いているのである。


 メイは僕の手を引いて家の外へと連れて行った。

 外に出ると、グリーンティアの村が見える。

 ゆったりとした間隔で家や店があり、空き地や果実をつけている木や、庭で地面をつついてる鳥の姿が見えたり、ザ・のどかな村。


 メイに手を引かれて、村の中を歩いて行く。

 特別なものはないけれど、家の中で寝転んでいるだけよりはずっと刺激的だ。


「よーしここで遊ぼっか!」


 何もない原っぱでメイは俺の手を離す。


「ここまでこれるかな~?」


 そしてちょっとだけ離れて手を広げて僕を呼ぶ。

 ふっ、それくらい余裕だぜ。

 とてとてと歩いて行くとがばっとメイが抱き留める。


「わーすごーい! 本当に歩くの上手だね~、お母さんから聞いたら、私がリイル君くらいの頃はつかまり立ちするのが精一杯だったって言ってたのに」

「うん、す、ごい」

「しかもおしゃべりも上手! 天才!」

「てんさい!」


 僕が繰り返すとメイも楽しそうに笑って、それからしばらく一緒に遊んでもらった。


 しばらく遊んで帰るとき、今度は手を繋がず僕は帰っていた。

 やっぱり自由に歩く方が気分がいいし、メイも一緒に遊んでいる時の僕の様子を見て、これなら全然一人で歩けると思ったみたいだ。


「ほらほら、あんまり急ぐと危ないよ~」


 と言われつつも、ようやく歩けるようになったことが嬉しくて駆け出しそうになってしまう。が、それがミスだった。

 いくら前世の記憶があろうと、この体ではまだまだ歩きなれていない。

 足がもつれて、勢いよくつんのめってしまったのだ。


「リイル君! 危ないっ!」


 メイが走り出すが間に合わない、僕は地面に勢いよく――。


 その時、天からの光が一瞬僕に差し込んだ。


 ぽふん。


「え」

「え?」


 激突しなかった。


 固い地面が変形して盛り上がり、変質し柔らかくさらさらふわふわになり、僕の体を優しく受け止めたからだ。


 それはまるでビーズクッションのようななめらかな肌触りで、さっきまで踏みしめていた大地とは思えない。

 よく磨いた泥団子の表面のような土で、中にさらさらの細かい柔らかな砂を包み込んだような、そんなものが僕を助けたものの正体だった。


「だ……だいじょうぶ? リイル君? 痛くない?」

「う、うん」


 むしろこの土の塊はふにふにしていて気持ちいい。

 体重を預けると極上のベッドみたいで一瞬で眠りに誘われそうなくらい。


「これってどういうこと? 土がこんな風になるなんて……もしかして魔法なの? でも」


 メイはきょろきょろして魔法を使った人を探すが、周囲にはそんな人は見当たらない。見当たるのは……。


「リイル君、もしかして?」

「んー、うーん」


 正直僕もわからない。大地を操る魔法なんて使えないし。

 でも、たしか風が自分にとって都合よく吹いた時、光が天から差し込んだ。そして今も、土が変化する直前に光がきた。


 ということは、あのときと同じように僕が土を操れるようになったっていうことなのかも。


「す、すごすぎる! リイル君って天才魔法少年なの!? ぴゃ~~~~!!! 1歳で魔法が使えるなんて、超超超超超すごすぎるよ! わあっ!?」


 驚き方のクセ強いな!


 と思っている僕が作り出した土のクッションをいろんな角度から確かめるように動いていたメイは、驚きすぎて躓いてしまった。


 僕はそれを見て、とっさに土でクッションを作るように念じる!


 ぽふん。


 すると、さっきと同じように土のクッションができて、メイを受け止めた。

 メイは目をまんまるにして、僕の方を見る。


「私にもクッションしてくれたの? す、すごすぎるよリイル君! しかも優しい! しかも! ……きもちいい~」


 柔らかクッションにとろけた表情になるメイ。ヨギ○ーで寝る馬のようである。

 一回目は自動的な感じだったけど、二回目は確実に自分の意思で土をクッションにできた。これは風で本を読んだ時と同じだ。


 ということは、やっぱり僕は土を操る魔法の力を手に入れたに違いない。

 風の神様だけじゃなくて、土の神様の力も借りられるなんて幸運すぎるよ。歩けるようになって退屈が紛れたけど、これはもっともーっと、退屈しない日々が始まりそうだぞ。




 とワクワクしていると、メイが僕の体をがばっと捕まえてきた。

 そしてクッションに一緒にごろんと転がる。


「リイル君ありがとね~。転びそうなの助けてくれて、こんな気持ちいいクッションもくれて。でも魔法って疲れるって聞いたことあるし、一緒にお昼寝しよ」


 メイが僕の肩をぽんぽんと叩きながら寝かしつけてくる。ベビーシッターとしても一流で、クッションの柔らかさもあり、気持ちのいい陽気のなか僕はすぐにうとうとと船をこぎ始めたのだった。

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