第2話 風神ワーユの愛 2

「くぁ……」


 本を読み終えた僕は、小さな口を大きく開いてあくびをした。

 

 眠い……目がしょぼしょぼする……赤ちゃんの体だとちょっと読んだだけでも疲れちゃうんだな。

 また読みたくなったら風の魔法でとればいいし、今はちょっと休もう。


 本を枕元に置いたまま、僕の目はゆっくりと閉じていった……。




「リイルちゃーん、ママリイルちゃんのお顔が見たくてお店もう閉めちゃった~。かわいい寝顔を見せてちょうだい~!」


 はっ!


 うっきうきの女の人の声で浅い眠りから僕は覚めた。

 ハミングしながら近づいてくる足音が廊下の方から聞こえてくる。

 この声は母親、サリア=ゼルークの声だ。


 直後、ドアが開き超スピードでサリアがベビーベッドをのぞき込んだ。

 寝顔が見たいって言っていたので、リクエストに応えて目を閉じる。これが家族サービスってやつ。


「はぁ~~~ん、いつ見てもかわいい~。よしよし」


 髪を撫でながらご満悦の様子だ。

 母に喜んでもらえて僕も嬉しいよ。狸寝入りしたかいがあるというものだ。


「髪もさらさら……羨ましいくらいねえ……あら? これは?」


 ピタリと、僕を撫でる手が止まった。

 どうした?と薄目を開けて様子を観察すると、サリア母さんの視線が僕ではなく、その横に向いている。

 僕の横にはあるのは……あ、本だ。


「リイルちゃーん! かわいい顔を見せておくれ~! パパリイルちゃんに会いたすぎて仕入れ終わらせてきちゃったよ~!」


 どこかで聞いたような台詞が廊下から、しかし今度は男の人の声で聞こえてきた。

 直後部屋に入ってきたのは口ひげが立派な男の人。体格がよく髭も眉も濃く知らない人が見たら強面なのだが、今は誰が見ても甘々な表情で僕の狸寝顔を見ている。


 この男の人がシュターク=ゼルーク。父親だ。


 さて、ここに三人家族が集結したわけだが……。

 僕のほっぺをぷにぷにしていたシュターク父さんが、不思議そうに眉をひそめているサリア母さんに気づいた。


「どうしたんだ? サリア、そんな顔して」

「シュターク、これ見てよ」


 開きっぱなしの本を指さすサリア。


「本だな。……え? なんでベビーベッドに本が? サリアここにおいたの?」

「置いたならこんな顔しないわよ。じゃあシュタークでもないのね。ということは……風かなにかで飛んできたくらいしかないわね」


 サリアは開いた窓に目を向け、考え込むような様子を見せている……これはもしかしてまずいことしてしまったか!?


(この世界では0歳児が魔法を使うのは異常なのかなやっぱり。変な奴と思われたら困るな……悪魔の子とか呪われた赤子とか言われたりするパターンよく見るし、なんとかごまかしておかないとまずい!)


 焦る僕の顔の前で、サリアとシュタークが目を合わせる。


「ねえ、シュターク。この子って」

「ああ、サリア、きっとそうだ。リイルは――」


(まずい!? 悪魔の子ってことで納得しそうな雰囲気だぞ!?)


「きっと風神様に愛されてるのね!」

「ありがとうございますワーユ様!」


「ば?」

(え?)


「ほら見てシュターク、ちょうど神々と魔法の関係が書いてる本よこれ」

「きっと風神ワーユ様が自分の魔法を覚えて欲しいってことで、この本を風に乗せたんだな」

「私たちだけじゃなく神様にまで愛されるなんて、幸せ者ねリイルは」

「それもしょうがないさ。だってこんなにかわいいんだ。神様だってかわいがりたくなるのも無理はない」

「ええ、そうね。さすがあなたの子!」

「ああ、そうだ。さすがきみの子供だ!」


 うんうんと顔を見合わせて納得している両親。

 なんか見てたらそのままイチャイチャしはじめてるし。


 ……なにこれ。


 僕の親って馬鹿なのかな。じゃなかった、親馬鹿なのかな。

 まさか親を馬鹿だなんてそんなこと言うわけないじゃないか。僕みたいないい子はとてもとてもそんなこと言ったりしません。


 まあ何はともあれなんか丸く収まってよかった。

 それに間違いなくこの二人はいい人達だ。何があろうと僕のことを悪魔の子だなんて思うわけないってわかった。


 こんなに思われてるなら、僕もいい子にしないとな。

 きっとこの二人も僕が優秀なら喜んでくれるだろうし、この調子なら僕が本読んでも平気そうだし、暇つぶしに色々本読んでこの世界のことを学んでいこう。




 それから数週間、僕は風をだいぶコントロールできるようになっていた。

 やはりあの時のことは偶然ではなく、僕は風を操る魔法を使えるようになったのだ。


 ここでこういう風を吹かせたい、とはっきりと頭の中で念じると、その通りに風が吹く。

 カーテンを揺らして遊んだり、部屋に入ってきたカナブンを風で追い出したりと、本を読むため以外にも、風の魔法を何度も使っていた。


 なにしろひたすらベッドで寝転ぶだけなのだから、他にやることもないし、ずっとやってたら、魔法もかなり思った通りに使えるようになってきた。

 もちろん、本も読んで退屈を紛らわせることもしていたし、暇で暇でしかたなかった赤ちゃん生活が、憧れの魔法を使いまくれる充実した赤ちゃん生活に変化したね。


 それもこれもワーユ様っていう風の神様が僕に風の魔法を与えてくれたおかげだ。


「ばぶ」

(ありがとうワーユ様)


 その瞬間、家の外でつむじ風が舞い上がり窓枠をガタガタと揺らす。


 突然の音にビクッとしたけど、もしかして僕の感謝が伝わったのかな?

 なんて、神様が一個人をそんなに気にするわけもないか。


「ばぶ」

(さーて、今日もいつも通り魔法を使って本を読んでやっていこうかな)


 しかしその日は一日中、興奮したような風がやむことはなかった。




 そしてしばらくの月日が流れ――。


「わー! リイルちゃんあんよが上手でちゅねー!」


 僕はついに歩けるようになった!

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