彼は神様達から愛愛愛愛愛愛愛愛愛されすぎている

二時間十秒

第1話 風神ワーユの愛 1

「アウ、ばぶ」

「よしよし、リイルちゃん、今日もかわいいお手々ね~。ママはちょっとお店に出るから、いい子で寝ててね」


 金髪ショートカットの女性が、赤ちゃんのほっぺをぷにとつっついて部屋を出て行った。

 錬金術士として薬や便利な巻物を売って生計を立てているので、その仕事をしにいったのだ。


 そうなると赤ちゃんは一人で部屋に取り残される。

 両親の寝室に置かれた真新しいベビーベッド。それがリイル=ゼルーク。この家に半年ほど前に生まれたばかりの赤ん坊の寝床である。


「アウアウ」

(それにしても暇だ。どうせ転生するなら、もっと自由な年齢に転生したかったなあ)


 僕は心の中でそういった。

 

 ……そう、僕はリイルという赤ちゃんとして転生してしまったのだ。


 転生前はとりたてて言うことのないメーカー系会社員で、会社と家を往復するような味気ない生活をしていた……と思う。


 転生前の記憶は生まれた直後はなかった。

 もちろん普通に赤ちゃんの時と同じで記憶もないし自我みたいなものもあったのかなかったのかよくわからない。


 それが二週間ほど前に、急に目が覚めるような感じがあって、意識がはっきりして、転生前のことを思い出したのだ。


 もちろんその時は驚いたけれど、まあ、転生してしまったものはしかたがない。

 新しい環境になったらそこに適応して生きていくしかないのだ。

 諦めと切り替えの早さは僕のいいところだからな。


 それに、赤ちゃんとして周りの人の話を聞いたところ、ここは剣や魔法があるファンタジーな世界らしく、魔法があるなんて聞いたらワクワクもしてくるわけで。

 そんなわけでサクッと切り替えてこのリイル=ゼルークとしての人生を満喫しようと生後五ヶ月にして人生の目標を立てたのだ。


 しかし、問題があった。


(暇だなあ……)


 転生前の記憶はあるけれど、しかし体は非力でプニプニした赤ちゃんそのもので歩くこともできないので、暇で仕方がない。

 一日中ゴロゴロしてミルクを飲むだけの生活だ。う~ん、堕落!


 だらだら堕落する生活も嫌いじゃないけれど、やっぱり暇だ。何か暇を潰せるものは……と思っていたその時、寝室のベッドの脇のナイトテーブルに読みかけの本が置いてあることに気づいた。

 そうだ、スマホがないなら本があるじゃないか。


 窓から入るそよ風で、開いたままの本のページがぱらぱらとめくれている様子は、まるで僕に本を読むよう誘っているようにも見える。

 これはなんとしても読むしかない。


 とはいえ、赤ちゃん用ベッドの柵を乗り越え、あそこまでたどり着くのは赤ちゃんにとってはエベレスト登頂並の困難な道だ。


 どうすることもできず、紐で閉じられた薄い本が風でぱらぱらとめくれて挑発してくるのを赤ちゃん特有の黒目がちな目でウルウルとにらむことしかできない。

 

「ばぶ」

(あの風にのってふわっと飛んでこないかなあ。そしたら退屈を紛らわせられるのに)


 その時、天から光が差した。


「ばび!?」

(なんか一瞬まぶしくなったような? 部屋の中なのに? 気のせいかなあ)


 不思議なこともあるもんだなあと思っていると、風が頬を撫でた。

 それにしても気持ちのいい陽気だなあ……と思っているとさらに風が頬を撫でる。

 おいおいちょっと撫ですぎじゃないですかと思っているうちに風がどんどん強くなり、バタバタとカーテンがはためく音がうるさく響く。


 と思ったその時、風に乗って例の本がふわりと宙を舞った。


「ばぶばぶ」

(え)


 そして紐で綴じられた本はページをはためかせながら、風に乗り、僕の寝ているベビーベッドの中へと軟着陸を成功させた。


 最後に風がもう一度吹いて表紙をめくり、1ページ目が開かれると再び部屋には静寂がおとずれた。


 そうはならんやろ。


 って言いたいところだけど、なってるよな本当に。

 本を読みたいと思っていたら、風で本が飛んで僕の元に。

 そんな偶然が起きるなんて、奇跡みたいな確率だ。


 僕って運が良いな。

 ともかく、このチャンスを逃す手はない。しっかり本を読んで有意義な時間を過ごさせてもらうぞ!


 僕はごろんと寝返りを打って本の1ページ目をじっと見つめる。

 書いてある文字は理解することができた。これは異世界転生した時に言葉がわかる力が自然と身についたんだろうな。両親の会話内容も理解できるし。


 そうして読んだ内容はというと、どうやら魔法の本らしい。

 まさに僕が欲していたやつだ!


 どんな魔法があるかとか、魔法の効果を高めるために必要な薬草についてなど、魔法の色々なことが書いてある、という説明が1ページ目にはあった。

 それらの具体的な内容は、それぞれ異なるページ二書いてあるらしい。

 

 3ページに発見済みの魔法のリストが書いてあるらしいから、ページめくらないとなあ……と頭の中で考えると、その奥で、頭の奥の奥で、何かがカチッとはまるような感覚がした。


 同時に、ふわりと風が吹き、ページがめくれちょうど3ページ目が開く。


 ……これはまさか。


「ばぐ」

(7ページ目が見たいな~)


 ふわ~りと風が吹いて、ぺら、ぺら、とページを風がめくり、7ページ目が開いた。


 ……これは確定だ!

 僕が特殊な力で……いや、そんな言い方するのもなんだな、今の僕は剣と魔法のファンタジーな異世界に転生したんだから、魔法の力で開いたんだ!


 うおおおおアガってきたあああ!

 やっぱりファンタジーの住人になれたら魔法使いたいもんなあ。しかもこんな小さな赤ちゃんの頃から魔法が使えるなんて、いいですね~。


 気分が良くなってきたところで、本も読んでいこうかな。ちょうど題材は魔法の本だ。

 ほーなるほど、『魔法とは神の権限を一時的に行使する方法である』と。


『このミリオネートの世界には数多の神々がいる。火の神、雲の神、情報の神、勉学の神、風の神、など全ての事物に全ての神がいると言っても過言ではない。神々は自らが司るものを当然操れるが、その操る権限を我々も少しばかり使わせて戴く、それが魔法だ』


 へー、そういうもんなのか。

 いろんな神様がいるのねこの世界には。

 ということは、さっき僕が使った風を操る技は、風の神の力を使ったっていうことになるんだな。


 この調子で神の力とやらをガンガン使って異世界を快適に過ごしてやろうじゃないか!

 僕は赤ちゃんの小さな手を、ぐっと宙へと突き上げた。




 ……でも、なぜ僕はこんな小さな赤ちゃんの頃から、神の力が使えるんだろう?

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