第5話 人形の怪5

 庭の枯葉の入ったゴミ置き場の前。

 焼け焦げた匂いが鼻につく。


 ここで、生き残った少年が、大やけどをして見つかった。

 命こそ取り留めたが、痛みで辛い想いをしながら病院で寝ているはずだ。あのクズ男に文句があるのは分かるとしても、それを何も知らない息子にまで向けるのは、大間違いだろう。

 放っておいて良いわけがない。

 

 それに、たぶん……もう、人形を制御できなくなっているのではないだろうか。

 人を二人も呪い殺した人形を、ただの一般人が制御? そんなの出来る訳がない。


 どうしたものかな……。

 点々と続く邪気の道は、そのまま建物の裏へと続いている。

 次第に強くなる邪気。

 まずいな……。


 柳田を連れて邪気を辿れば、デカい何かにぶつかる。

 邪気を辿るのに集中しすぎた。

 

「ん? 何? 邪魔!!」


 グイッと押せば、それが人の背中だと分かる。

 この小山のように大きな図体は、あれだ。

 刑事の笠松。こういう死人の出た現場には、決まって出没する私の大嫌いランキング一位の男。驚くほど何も霊感的な物を持っていないから、「気」に集中すると見えなくなる。超邪魔な存在。

 てか、こいつも気や妖を見ることが出来ないが、低級の妖ならば、妖からもこいつが見えないんじゃないか?

 何の気もまとわない、特異体質。

 遠野課長は、その特異体質を見て、ウチに欲しい人材だなんて言っていたけれども、私は、超、マジ、めっちゃくちゃ大嫌い。


 ムカつく。

 露骨に嫌な顔をする私の姿を見て、笠松が嫌そうな目線を向ける。


「銃刀法違反だからな」

「ちゃんと職務上必要なものだと許可をもらっていますぅ」


 毎回毎回、私の薙刀を見るたびにこの会話。

 そろそろ覚えろよ。

 てか、それ以外言うことはないのか。


「その後ろの奴は?」

「こいつ? これは、ウチの新人の柳田」

「よろしく!!」


 ニカッと柳田が素直な笑顔を見せる。

 

「可哀想にな。こんなに若いのに、先の無い変人だらけの謎の職場に入れられて」

「はあ? お前らよりましですぅ。笠松、何でこんな所にいるのよ」

「決まっているだろう? 捜査だよ捜査! お前らの形だけのお遊びでない、本当の本物の!!」


 ムカつく。一度あの世に送ってやろうか。そこで、見る物みて心を入れ替えて反省して帰って来ればいいんだ!!


「あれ? 捜査は、刑事さん達のは、一度終了してるんじゃないの?」


 柳田が、首をかしげる。

 そうだった。まだ、強盗か怨恨かは決まってないが、確か、一通りの屋敷の捜査は終わっているはずだ。


「詳しくは言えないが、家政婦に話をもう一度聞こうと思ってな」


 笠松の言葉を聞いて、屋敷の地図を見れば、なるほど、この先には離れがあって、そこに家政婦が住んでいる。

 これだけ大きな屋敷だ。家政婦の一人くらいいるのは、不思議ではない。


 生存者は大やけどの少年一人。被害者は、中年の男女。

 鵺原の報告書に間違いがあるわけがない。

 じゃあ、家政婦は?

 警察が来ていた時には生きていた家政婦。どうして鵺原は、生存者として報告書に書かなかった? 今、家政婦はどうしている?


「鵺原め……マジかよ」


 離れに近づくたびに濃くなる邪気。

 もうこれ、妖の出す瘴気と大差ないよね?ってくらいにドス黒いただれた気になっている。


「南方先輩!」

「分かっている! どけ! 邪魔ど素人!」

「はぁ? 事件を前にして、どちらがど素人だ! 区役所!」


 今は揉めている場合じゃないのに!

 私と笠原が睨み合っている間を通り抜けて、柳田が離れに向かって走り出す。


 バン!!


 勢いよく柳田が扉を開く。


「遅かった……」


 愕然とする柳田。

 離れたここからでも分かる。

 血で真っ赤に染まった室内。そこに、人間だった残骸が、バラバラに落ちている。


 人形の気配は、すでにそこにない。

 家政婦の気は、人形に喰われたか。感じられない。


 人を呪えば、墓二つ。


 自分が放った呪いに、素人の家政婦は、喰われてしまったのだろう。


「ちぃ」


 人形を探していた管狐が帰ってきて、一声鳴く。


「うん……分かった」


 私は、管狐を一撫でして宝石に戻した。

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