第6話 人形の怪6
深夜の病院。
そこを巡回しているはずの看護師の姿も、夜勤の医師の姿もない。
入院患者の身体につなげられた機器は無機質に規則的な音を奏でている。
その暗闇で、場違いに子守唄を歌う甲高い声。時々、何が可笑しいのか弾かれたように笑う声は、始終楽しそうだった。
「みんなイイコ。ネンネ上手」
クスクスと笑う人形。
誰の物とももはや分からない血溜まりに座っている。
たくさんたくさん殺したから、もうすぐ願いは叶うに違いない。
これは、ママが願ったこと。
私の子が生きてはダメな世の中で、他の人が生きているのがムカつく。
抱っこしながら、ママはそう言っていた。
殺した割に、力はみなぎってはこないが、最後にとっておきにした僕の兄弟。
あれを取り込めば、僕が今度は生きることになる。
「ねぇ、ママ。見ていてね!」
人形の手の中には、目玉が一つ。
意気揚々とスキップしながら病室に向かう人形。これまで、生きてきたのだから、そろそろ自分と変わっても何の不思議もない。
楽しみだ。ケーキって言ったっけ? あれが食べてみたい。
病室には、大やけどで動けない少年が一人で寝ている。
匂いも間違いない。自分とは腹違いの弟だ。
「カーワッテ!」
躊躇することなく、人形は、手に持ったナイフをベッドに突き立てた。
「ふがぁ。この
ベッドに、刺したはずの少年はおらず、大きな狸が、人形の前に現れる。
「看護師、医師、患者、さっきから、何人化けさせられたと思っているんだぁ! 手当たり次第殺し回りやがって!」
陽気な狸は、手に持った徳利で酒を飲みながら大声で笑う。
「疲れた! 帰る! じゃあな!」
明るい挨拶と共に、狸は、6月の誕生石、小さなムーンストーンに変わって飛んでいく。
飛んでいった先には、一人の女。
「化け狸ったら、また勝手に宝石に戻って!」
宝石をスーツのポケットにしまいながら、まだポカンとして事態の飲み込めていない人形に南方に薙刀を向ける。
「観念しろよ。人形」
人形を切ろうと南方が薙刀を振り回す。
人形は、器用に南方の薙刀を避けて走り回る。南方の薙刀捌きは見事ではあるが、ここは病室。
様々な障害物を避けながら小さな人形を追いかけるのは難しい。
「お姉さん、まだまだ修行不足だねぇ!」
ケラケラと笑う人形。
ピョンと人形とは思えない高さまで飛び上がり、南方の頭部を狙う。
「くっ!」
南方も素早く反応するが、慌てたせいで薙刀の先がシーツに引っかかる。
一呼吸遅い!
南方が人形の攻撃を受ける覚悟をし、人形が勝利を確信した時。
人形の脇腹に柳田の蹴りがヒットする。
柳田の蹴りをモロに受けて、人形が吹っ飛び、壁にぶち当たる。
「何それ……あれほどの怪異に蹴り? 蹴りであんな吹っ飛ぶなんて」
南方は我が目を疑う。
南方の常識では、能力を持った者でも得物もなく怪異と戦うなんて出来ないはずだ。
浄化の力といい、怪異を吹き飛ばす蹴りといい、これは並の人間ではあり得ない。
遠野課長は、どこで柳田を拾って来たのか……。
「柳田……あんた……、普通の人間じゃないね」
「今は良いだろ! 南方先輩! まずは人形!」
柳田が纏っているのは、蒼い浄化の焔。
柳田の拳を受けて、人形は粉々に砕かれた。
粉々になった人形。心臓の辺りに埋め込まれていたのは、乾物のようになった一センチほどの大きさの物体。
それを拾って、南方は透明なプラスチックに入れる。
病室の窓を開ければ、目の前の木に烏が数匹。妖課の優秀な情報員である鵺原の眷属。
「ほれ、主に持っていけ!」
烏は、プラスチックの容器を咥えると、鵺原の元へと飛び去った。
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