第4話 人形の怪4

 新人の柳田を連れて現場を歩く。

 点々と残る邪念の残り香を辿れば、まずはリビングにたどり着く。


 人型に残る「気」が目につく。

 今まで辿っていた「気」とは違うが、強く残っているこれは……犠牲者の物か。


 男女が死んでいる。その二人の気だろう。

 耳を傾ければ、「怖い」「助けて」「苦しい」なんて言葉の後に「人形」と確かに言っている。


 被害者は、一般人だ。怪異なんて物の知識も、見極める能力もない。訳も分からずに殺されてしまったのだろう。


「可哀想に……」

「新人、ダメ。憐憫は何も生まない。それどころか……ちっ!」


 柳田の心が寄り添った瞬間に、それに縋り付くように被害者の「気」がこちらに向かってくる。段々と色が黒く変色してドロリとした質感を帯びてくるのは、柳田に取り憑こうとしているからか。


 私は、薙刀を構えて応戦の体制を取る。

 犠牲者といえども、生者に仇なす悪霊になってしまうならば、切り払わなければならない。それが、私達区役所妖課の役割だ。


 公園に佇む死んだ少年の気配。踏切で戸惑う社畜の残骸。そんなモノを区民の生活に支障をきたさないように祓う。

 それが、私達の仕事。

 

「大丈夫。先輩」


 柳田が、生意気にも私を制す。

 余裕のありそうな柳田の表情。

 なんだというのか。

 悪霊と成り下がるくらいなら、切って払ってやったほうが良い。


 訝しむ私の前に出て、柳田が悪霊になりかけていた被害者に手を伸ばせば、被害者の「気」が生前の姿に戻っていく。


 え、何よコレ。


「浄化?」


 こんな力、それしか知らない。

 由緒あるお社なんかや水晶にそんな力があるのは見たことあるが、人間が使えるなんて。初めてみた。


「あの子、あの子は?」

「せっかくの誕生日なのにあの子、可哀想に」


 正気に戻った犠牲者の男女が口にするのは、たった一人の生き残りである少年のことばかり。


「大丈夫。生きて病院にいるよ」


 柳田の一言に、犠牲者達は、強張っていた表情を緩める。


「人形……誰の物?」


 私の言葉に、犠牲者達は、大きく首を横に振る。

 やはり……知らないか。


「お父さんダメだよ。ここはちゃんと心当たりは言わないと」


 なんて?

 ビックリして私は柳田を振り返る。

 にこやかな柳田。怯えて縮こまる男性の気。


「ここで言わないで、息子さんに何かあったら、それこそ二人とも二度と成仏出来なくなったちゃう」


 死してなおも言いたくない秘密。

 それを父親は抱えているのだろう。

 柳田の言葉に、戸惑いながら父親が口を開いた。


「昔、若い頃の過ちです。高校生の時に、当時の彼女に……子どもを堕ろさせたことがあったんです」


 クズオめ……。

 私は、つい顔をしかめてしまうが、柳田は表情を変えない。

 穏やか表情のまま、父親の話を聞いている。


「高校生の頃付き合っていた彼女に子どもが出来て……双方の親も交えた話し合いで堕ろすことが決まって。私は、それに一言も反論出来なくて。嫌だと泣く彼女に、一言もかけてあげられなかったんです」


 恨めしそうに睨んでいた彼女のこと。それ以降、うまくいくはずもなく別れてしまったこと。さめざめと泣きながら語る男の気。

 そういうことがあったと、生前に知っていたのだろう女の気が、優しく男の背を撫でている。


 自分達を恨み、自分の子どもの誕生日にこれほど恐ろしいことをする人間は、あの時の彼女かその関係者しか思い当たらないと。

 

「子どもで、弱かったんです」


 言い訳をする男。


 気に食わない。


「彼女の方からしたら、そんな一言では済まないでしょうね」

「わっ! 先輩! 正直に話して懺悔しているのに、そんな追い詰めて!」

「うっさいわね。事実でしょ? 事実突きつけられて悪霊化するくらいなら、私がさっさと薙刀の露にして祓ってやるわ!」


 穏やかな柳田が私の言葉にビックリして目を丸くする。


「抱えなさい。向き合いなさい。自分が何をどれくらい傷つけたか! 許されたい? 訳がある? ちゃんちゃら可笑しいわ! どんな理由があろうが、傷つけられた者は納得なんてしない! そんなの関係ないの!」


 小さく縮こまった男性の気は、力無く「その通りです」と呟く。


「……だから、安心なさい。あんたの受けた被害の分も、私は逃しはしない。きっちり払わせてやるわ」


 私の言葉に、弱々しく頭を下げると、男女の気は、そのまま消えてしまった。


 

「大丈夫かなぁ……あの人達……」

「知らない。自分次第でしょ?」


 そんなの私には、今どうでも良い。

 それよりも早く人形を見つけなきゃ。あれは悪意の塊だ。二人も殺害しているのだから、その分邪気は強くなっているはず。

 殺した人間の数だけ強くなってしまう。


「相変わらず、ポツポツと邪気が続いている……今度は庭ね」


 確か鵺原の報告書には、子どもが火傷を負ったのが庭だったと。

 その現場に続いているのか?

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