赤と理解とカフェタイム

 誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。


「調子はどう?」


 我々の溜まり場、カフェ丹学亭あかでみあの店主。

 丹詩にし朱音あかねが微笑んでいる。


 コーヒーいっぱいで粘り続ける質の悪いわれわれを邪険にせず可愛がってくれる女神・・・いや、仙人のような人だ。


 どうして仙人かって?

 彼女がどうやって生計を立てているのか謎だからである。


 霞でも食ってるんじゃなかろうか、というのは相方の談。


「ぼちぼちですね。」

 我が相方が気の抜けた声を発する。おい、ぼちぼちって何だ。


「かしぎちゃんに勉強見てもらえるのは贅沢だと思うんだけどね〜。」

「うん、贅沢。」


「教えるのも上手でしょ〜。」

「うん、分かった気分にさせるの、うまい。」


「なんだか含んだ言いかたねぇ。」

「含んでるよ。だって、教わったときは分かった気がするけど、実際に自分で使ってみようとすると全くわかってないんだもの。」


「あるあるね〜。」

「う〜ん、納得いかない。理解って『わかる』か『わからない』かの二択じゃない?その中間の状態がある、という発言にもやもやするわ。」


「例えば、このスプーンを撫でると・・・。」

 アオがおもむろい手元のスプーンをつかむと、それはみるみる曲がっていく。


「鮮やか〜。」


「知ってる。気合で曲げてるんでしょ、気合で(朱音さん、止めなくて良いの?)。」

「ふむ、つまり君はこの手品のタネを理解しているわけだ、レッツトライ!」


「無理。」

「つまり、手品のタネを知ることと、それを演じられることは別問題というわけ。」


「理解の多義性はかしぎちゃんの謳い文句ね〜。なら、かしぎちゃんにとって理解って何?」

 今度は朱音さんから質問が飛んでくる。


「ん〜あえていうなら料理かなぁ。」

「その心は?」


「例えば、さっきの勉強、時間の都合で9割、内容を省いたわ。」

「そんなに!?」


「赤ちゃんにフランス料理のフルコース食べさせるわけにはいかないからねぇ。」

「ママー!」

「やめい!・・・まぁ、私だって似たようなものだけどね。無数の要因が複雑に絡み合った世界はに悪すぎる。」


「かしぎちゃん、お料理が得意だなんて初めて知ったわ〜。」

「皮肉?」


「うふふ、冗談よ。」

 そう言うと、朱音さんはクッキーの乗った皿を差し出した。ひょっとして・・・サービス?


「勉強の邪魔しちゃってごめんなさい。」

「そんなことしてしてるから霞食って生きてるって思われるんですよ。」


 失礼な発言をするアオを睨みながら、最後に気になった質問をすることにする。


「朱音さんにとって理解ってなんですか?」

「・・・テストで百点を取れることかな!」


 朱音さんのにこにこ笑顔光線が明日試験のアオを破壊していった。

 今日もコーヒーが旨い。

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