マッピング・セパレータブル
「ハーイ、かしぎちゃん。」
私が階段を上り、いつもの
いつもの席の斜め前を占拠した金髪が目に入る。
「こんな時間から優雅ねえ。」
「センキュー。」
私の皮肉は素通りだ。そいつは優雅にワイングラスを傾けた。
胡散臭い金髪、
ただ、どうやら私と同大学、同学年の同輩という立場を持つらしい。『らしい』というのは学部もキャンパスも全く異なっておりその実感が皆無であるからだ。
「それで、今日は何の用?」
「へ?」
「そうでしょ、何よ『ハーイ』って。そんな胡散臭いオーラ出されたら、何か用があるなんて丸わかりよ。」
そういうと、パアーっと笑顔が広がった。うざい。
「とりあえず一杯、どう?」
「・・・ぶどうジュースに乾杯。」
口の中に甘酸っぱさが広がる。ジュースだからセーフ。
「例えば、ここにワインが二杯あるとするよ。」
「これ、ジュースだからね。」
「一本はフランス製、もう一本は日本製、味は同じとしよう。」
「フランス製のジュース・・・。」
胡散臭さの化身はここまでしゃべるとこちらを見て尋ねた。
「さて、この二杯のワインは同じだと言えるだろうか?」
「・・・同じではない。」
「あれ?」
「流石にこの
「まあ、流石にそうなるか。では、その心は?」
「商品の購入は投資と同じ。仮に品質が同じでも、購入という行為による将来への影響まで含めれば異なっている、ということでどうかしら?」
「へ、変化球だ・・・。人間が評価する場合、中身が同じでもラベルに引っ張られて感じ方が変わるでいいじゃん。」
「まあ、人間が関わっているから、というのは重要かな。」
「逆に、もし人間が関わっていないならば、『同じ』ものは『同じ』という意見ね。」
口に当てたグラスを机に置きつつ続ける。
「時や場所、人によらないのが科学なのだから。」
「・・・脱線するけど、人と理論は切り離せると思う?」
「例えば、所謂『偉人』のエピソードは、興味のきっかけとしては優秀だわ。」
少し考えてから自らの意見を表明する。
「でも、それらがもたらした結果からは、可能な限り属人性を排除すべきというのが私の意見ね。」
「まあ、評価すべき業績と人物が入れ替わって、発言が神聖視されちゃうケースもあるもんね。」
「そうそう、科学における属人化は邪悪よ邪悪。」
「そこまで言うつもりはないんだけど・・・。」
身近な例を散々思い出して渋い顔をする私を見ながらアオは苦笑している。
そうねえ、と言いながら違う例を考える。
「
「その例だと、理論は完成した地図のことを指すのかな?」
「まあ、そんなイメージかなぁ。ある程度地形の全体像が見えたところに重要な論文や教科書みたいなものが描かれて理論が完成する感じね。」
「北に山があって、東に海があってみたいな。」
「そう。その場合、やっぱり、手探りな初期の試行錯誤ではなくて全体像を知りたいじゃない。つまり、歴史や人物から切り離されて初めて意味があるといえるわ。」
「『昔、じいさんが南にいったらひどい目に遭ってのぉ』がわかりやすい説は?」
「そこは趣味によるわねえ、私は地図を見たほうが分かりやすいと思うかな。」
「ちなみに、最初のワインの質問、あなただったらどう答える?」
「ボクは『違う』と答えるかな。」
「なんで?」
「だって違うじゃん。」
「中身は同じなのでは?」
「存在しないよ、この世に『同じ』ものなんて。」
そういうと、アオは空のグラスにジュースを注いだ。
「あくまで味が同じなだけで、違う場所、違う時間に紐づいたワインはどう考えても別物ということ!」
そんな胡散臭い主張を聞きながら、グラスを口に運ぶ。さっきと味が違うのは、私とジュース、どちらが変わったせいなのか、ぼんやりとそんなことを考えた。
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