なぜのプリズム

「はあ。」

 作業が一段落し、一服していると、斜め前に腰掛けた少女のため息が聞こえた。


「どうしたの?」

「ここのところ、少し忙しくてねえ。」


 べたーっと体を机に押し付けながらの愚痴。

 ただでさえ背が低いのに、合わせてこういう態度をとると、いつにもまして子供っぽく見える。

 いや、悩みの内容は全くもって子供らしからぬ無いようなわけだが。


「ちょっと、今、トラブルの調査を任されていてさ。」

「なんでそんなことに?」


 藤岡 かしぎを一言で表すならば、天才、という言葉が相応しいと思う。

 見かけの通り、年にして15。


 本来中学校に通うはずのところを、我らの大学の教授が直々にスカウトしたとかいう話の特待生だ。

 特待生のかしぎは、入試や大学の試験を含め、いわゆる一般的な学生としてのタスクから完全に開放されている。


「ちょっと兄さんからのたのみでさ。

 自分がここを離れている間、仕事を変わってくれって頼まれちゃってねえ。」


 かしぎの兄は同じく大学の教員スタッフだ。


 というか、詳しく聞いたことはないが、藤岡ファミリーは全員が何かしらの形で大学、というよりこの学園都市まちの運営に関わっているらしい。


「一応、問題が起こるメカニズムはわかったんだけどね。」

「解決してるじゃん。」


「そうねえ」彼女はそう言いながら顔を上げる。

「こんな例で考えてみましょうか。」


「なぜ私たちは、赤信号で止まるのかしら?」

「・・・え、そんなの当たり前では?」


「そうかも」

 少女はニヤニヤ笑っている。


「そうだね、当たりたくはないからかな車に。」

「ブッブー、答えは赤い光という情報が脳で処理されて、脳からの命令が筋肉をコントロールして、それが足を止めるからでしたァ。」


「ええ・・・。」

「そういうことよ。」


「ん?」

「貴方の回答は確かに正しいわ。でも私の回答も正しい。」


「良く考えれば他の回答だって思い浮かぶわ」

「・・・法律で決まっているから、とかどう?」


「良いわね。他にはお母さんに叱られたから、なんていうのもあるかもしれない。」

 つまり、疑問には多義性がある、と彼女は語る。


「私たちの営みを理解するには、少なくとも『機構』『学習』『利害』『歴史』の四要素を抑える必要があると言えるわ。」


 彼女の主張をまとめると以下のようになる。

 ・機構:それを実現するメカニズムやルールは何なのか

 ・学習:どのようにその振る舞いを習得するのか

 ・利害:どんな利害関係のもとでそれが実現、維持されるのか

 ・歴史:どんな歴史的経緯で、それが行われるようになったのか


「つまり、事件解決にはまだ遠いと。」

「事件?」


「名探偵かしぎちゃんは、犯人に目星をつけたけど、まだ、手口と動機が分からない段階であると。」

「まあ、そんなものかしら。」

 彼女は苦笑した。


「ところで、作業しないで話してて良かったの?」というと、かしぎは「ギャー」と答えた。


忙しいときに限って道草食いがちなのかしら。」

「そのはどの疑問?」


「うるさーい!」

 ころころと変わる彼女の表情を見ながら、今日はどの表情で彼女を描くべきなのかと思った。

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