第56話 ダンジョンへ行こう その1
「カスタニさん、そのお話の詳細を、さあ、どうぞ」
「えっと、スノウさん? あ~えっと、あ、アキ……君がなんか俺に用があったんじゃ」
「アキ?」
「カスタニ、先にそっちをどうぞ。僕は今から老人と海でも読んでるから」
「……本、もってなくね?」
「一度読んだ本の内容は頭の中に入っててね、海岸のライオンにでも会ってくるさ」
「か、海岸にライオンがいるのか?」
「ああ、アフリカにね」
「へえ、アフリカの海岸にはライオンいるんだ」
「……興味があるなら今度また教えてやるさ、ほら、王女の相手に戻ってくれ」
アキ君がベッドに潜りこむ、ふむ、体調がよくないのだろうか。
「カスタニさん? それで?」
スノウさんが椅子を勧めてくれる。
そして物凄い手際の良さで温かい飲み物まで。
なんていい人なんだ……。
……きっと機嫌が良いんだな! ニコニコ顔だし!
「あ、ああ、えっと、その、何から話せばいいもんでしょうか」
「全部です、始まりから終わりまで遺漏(いろう)なく全て、です」
気のせいか?
なんかぴりっと肌が痛んだような。
それに、スノウさんの魔力。
普段はうっすら循環している金色の魔力が、歪んでいる?
虹色だ。
彼女の身体から虹色の魔力が渦巻いている。
光の1つ1つが彼女の細い肩や二房ある金髪ポニテの上でぽいん、ぽいんと飛び跳ねているような。
ふむ。こんな魔力の循環の仕方は視た事がないな。
おもしれ~こんなに個人差があるんか。
「カスタニさん?」
「……ほう」
うお、今、一瞬スノウさんに気圧されかけた?
虹色の魔力が巨大な顔みたいな容に。
「別に私は怒っている訳ではありません。ちょっと目を離した隙に、とか、先日の一件以降、カスタニさんへの態度を軟化させている者が現れている事に対して何も思う事はありません。なのでどうぞ、冷静にお話をしましょう」
「?? ええ、はい。えっと、アンスバーナ先生に縁談、なんか結婚に興味はないかって言われまして」
「はい」
「なんでもかなり良い話らしくて。アンスバーナ先生のお孫さんらしく……」
「はい」
「えっと、お相手も魔法使い、ただ所属は帝国の騎士団みたいです。魔法……騎士団の所属で、なんかすごそうな職業でした」
「はい」
「帝国七強……? の1人で、剣星って言われてる方だったかな?」
「はい、それで? こほん、お待ちください。お答えになる前に1つ。我々はあくまでまだ学生の立場、そして転生勇者の中でも我々は数少ない記憶持ちの同志です。もちろん、私はみなの安全と幸せを望んでいます。この世界で生きていくうえでいずれは婚姻や家族を得るという事は素晴らしい事かと。ですが、カスタニさん、今この時期は我々にとって非常に重要なタイミングです。まだ私達はこの世界の事を何も知らない。なぜ転生勇者はこの世界にやってきたのか。教会が伝える七つの預言に立ち向かうというのはどういう事か? 考察と対策は必須ですので本当に今その、結婚とか、それが必要なのか、いえ、私は決して人の事を言えた立場でないのはわかっています。私だって婚姻、結婚の話はすでに、しかしカスタニさんは貴族ではない、貴方はあなたの意志で添い遂げる方を選ぶべきかと、私だけでいいのです、婚姻や結婚を手段として扱うのは――」
なんだ? スノウさんがうっすら薄目でこっちを見つめてくるぞ?
唇はにっこりなのに、目が笑っていない?
すげえ早口、魔法使いの詠唱向けだな。
まあいいや!
「今の所は興味ないって伝えましたけど」
「信じていました、カスタニさん。それでこそ転生勇者の同志です」
にこにこにこ。
お、なんかスノウさんの魔力が変わった。
「じゃあ、カスタニさんは特に婚姻や縁談はされないという事ですね」
「ああ、まあはい。先生にはきちんとお断りしましたし」
日本式丁寧お断りをしたのだ。
なんか先生も声が弾んでいたので多分ヨシだろう。
「うんうん、それでこそ。です。ではカスタニさん、私からも1つお話をよろしいでしょうか?」
「話、ですか?」
確か呼び出された理由は、先生とアキ君が俺に用事があるという奴だった。
スノウさんが用事ってのはなんだろうか。
「これから授業でダンジョン探索の科目が始まるのはご存じですか?」
「ダンジョン?」
なんだそれ、初耳。
《……プレイヤー、魔法学園の入学時に確か学長から説明があったかと》
そうなの?
ふむ、ああいう場で整列して人の話聞くの苦手なんだよな。
「カスタニさんらしいですね。そのダンジョン探索の授業では生徒達はパーティーを組む事になっています。これは魔法学園の伝統で、学園を卒業したのち、魔法使いとして生きていく為の予行演習との事でした」
「ほうほう」
修学旅行の班決めを思い出すなあ。
いい感じに余って、どのグループにも属していないはぐれ者達と班を組んだのを思い出す。
皆、なんか魔法学園にも入学していた気がする。
だが、そこは選りすぐりのぼっち達。
休憩時間は皆、それぞれぼっちライフを歩んでいた。
王たるプライドを感じた。
あー、俺もそのダンジョン探索の班、どこかに入らないといけないのか?
どうしよう、また班からあぶれるかもしれん。
なんとかしないと。
こういうダンジョン実習とかでもスノウさん達の評価を上げないと……
ぼっちーズに声を掛けてみるか?
俺がその辺少し悩んでいた所だった。
「話はシンプルです。そのダンジョン探索の実習班、私達と一緒の班になってくださいませんか?」
「え?」
「……やはり、急すぎます、よね。それにカスタニさんからしても図々しい事と感じるのは当然です……」
スノウさんが、なんかシュンとしている。
え、今、もしかして誘われた……?
なんで、どうして?
いや、落ち着け、カスタニタキヒト。
まだそこまでの好感度は稼いでいないはずだ。
これは、何か裏があるぞ。
ふむ……知性派の俺だから気付けたものだが……何か考えがあるはずだ。
カースとしての俺を知ってるならまだしも、カスタニタキヒトとしての俺には価値なんてないしな。
「……カスタニ、僕からも頼めないか?」
「アキ?」
いつのまにかアキ君が立ち上がりスノウさんの隣へ。
「キミに冷たく当たり続けた僕のことは信用しなくて構わない。だが、スノウの事は少し信じてやってくれないか?」
「アキ、今は私とカスタニさんが」
「良いから。カスタニ、今から僕はとても嫌な事を言う。だが、キミにはそれを知っておく義務がある」
「義務?」
義務……。
なんか、良いな……。
今までのモブ期間が長かったからそんな事言われたの新鮮だ。
スノウさんとかすごいよな、王族とか貴族とかいう義務を果たしてーー。
「スノウは帝国第三王子と婚約させられている、まだうちうちの密約レベルの話だけどね」
「アキッ!! どうして、それを!」
「スノウはこの縁談と引き換えに帝国から転生勇者達に便宜を引き出した。税金の優遇や住居、市民権、そして、キミの魔法学園への入学も、ね」
「えっ」
「アキ、なんで、それを……なんで!! カスタニさんに、言わないでよ!!」
「ガハッ!!」
「アキのバカ!! 知らない!!」
素晴らしい鳩尾への正拳突き。
魔力が過不足なくこめられたシャープな一撃だ。
残心を忘れないそれを放った直後、スノウさんが部屋を飛び出す。
ああ……なんか、状況が、すごい動く。
「ぐ、ふ……怪我人だって、忘れてるな、アイツ……イノシシ女め……かす、たに……」
「あ、はい」
「僕のことはどれだけ罵っても構わない……都合の良い奴だって蔑んでもいい。だが、スノウ……あの子には、どうか、優しく、してやってくれないか?」
「お、おう、えっと、アキさん、大丈夫か?」
「問題、ない。だが、スノウを追いかける事は出来そうに、ない……ダンジョン探索で、結果を出せば……学生の身でありながら、一級魔法使いの権利を得る、チャンスが、ある……」
「おお、そうなんだ、よいしょ」
「あ、りがとう、助かる、クソ、本気で殴りやがって、普通ビンタとかだろ……」
膝をついているアキ君をベッドに乗せて、と。
「俺は、あの子の婚姻を無しにしたい……アイツは、あの子はせっかく、自由に生きられる世界に来たのに……また……」
「……わかった、とりあえずスノウさんを追いかけるよ」
「恩に切る、ありがとう……」
アキ君ががくっとベッドの上に崩れる。
スノウさんのパンチがよほど効いたらしい。
さて……なんだか面倒なことに巻き込まれているような気がする、が……
「魔法学園の入学、スノウさんのおかげだったのか」
言われてみれば、あれだけ教会とかとやらかした後にすんなり行き過ぎてたな。
ふむ……スノウさんの好感度どうのこうのの前にやはり、真の格の高い悪役として受けた恩をそのままにするのは格を下げてしまう。
そうだ、俺のなりたい悪役とはやはり、孤高で誇り高く知性とカリスマを兼ね備えたなんかすごい悪だ。
借りはきちんと返さないとな。
とりあえずスノウさんを探すか。
呪力眼で魔力の形跡を追って、と。
眼に、呪力を込めた、その時。
かちっ。
時計の針が動いたような音。
瞬間、世界から色が消えた。
家具も部屋も何もかも灰色へ。
え?
《警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告!!!! プレイヤー!!》
『よっと。ああ、こんな所にいたんですね。G級ギフテッド』
体が、動かない。
目の前で光の渦が現れ、そこから女が現れる。
美しい、女だ。
カースブラザーフッドの騎士達、スノウさん、彼女達が時折見せる、輝きよりもさらに、輝く。
全ての美の源流とでも言うべき容姿。
天の衣のような、神様ぽい装束。
『ああ、動けませんよ? 現在、神権で世界の時間を止めていますから』
ほんとだ、まるで動けない。
灰色の世界の中で、その女だけに色と光がついている。
『ホルガの聖堂では驚きました。公平と正義はいたく、怒っていましたよ。ふふ、ですが、このような下奴に神権を妨害されるなんて、プププ』
女が笑う。
無性に無条件で少し、ムカつく。
ふむ。
あ、呪力は体内で循環してるな……。
《彼女は、まさか……》
『おっと、あまり時間がないのでした。コホン、カスタニタキヒト。今日は貴方に神託を託しに参りました。下等な定命の者には余りある光栄でしょう? 伏して聞きなさい』
お、保管している呪いも良い感じのあるぞ。
この前狩った竜と山賊から吸収した呪いだ。
これ、術式の材料になりそうだな。
コネコネ、コネっと。
体の中で呪いを混ぜて。
『スノウ・フォン・ウントツー・リヒテ。彼女に素晴らしい道を用意しています。貴方にはその手助けをしてほしいのです。彼女が素晴らしき生贄……いえ、王たる道を行く為に』
《プレイヤー!! 聞かないで!! 危険な洗脳魔法の発動を感知!!!! だめ、私の力では、防御結界すら……》
おっほー。
術式混ぜるのたのしー。
あの竜……なかなか強かったなあ。
咆哮ひとつで状態異常系のデバフ全部解除するんだよな。
クロとホワイトが涙目になってたのを思い出すぜ。
『私の人形になる栄光を。感謝して下さいね、G級ギフテッド、いえ、ゴミ』
光だ。
『この私、七大神が1人。勇気と義務の神に』
女、女神の瞳が金色に光って。
『権能ーー"義務献上"』
《プレイヤー!!》
がくん。
身体の力が抜ける。
《そんな、こんな、所で……プレイヤー……》
『ふふ、ゴミでもまさか使い道が出来るなんて。これで、目障りな正体のわからない害虫駆除と、玩具の仕上げを同時に進められます。まずはスノウと共にパンドラの下層、魔王の心臓のもとへーー』
「術式作成。完了」
よし、出来た。
新しい術式。
でかつよ白い竜と、なんかでかい山賊の呪いを混ぜた良い感じの奴。
『えっ』
《えっ》
「術式展開ーー」
その、効果。
がぱり。
俺の背後、頭上の空間が割れる。
現れるのは竜の顎、それがめちゃくちゃ開いて。
「ゴア……」
竜の口の中から現れたでかい巨人の顔。
いや、こいつあれなんだよ。
でかい山賊、めっちゃ口から毒吐いて来たんだよな。
『え? なんで、動け』
「"白竜巨人凱旋毒之声"」
「ゴアアアアアアアアアアアア……オボロロロロロロロロロロロロロ!!」
『きゃ、ぎゃああああああああああああああああ!!??』
めちゃくちゃでかい声で叫ぶ白竜の頭。
そして、なんか紫色の毒を吐く巨人。
はははは、汚ねえ。
『あ、ああああああ、お前、お前エエエエエエエ』
なんか毒まみれになった女神がもがいている。
部屋に溢れた毒は術式の効果なので、呪力操作ですぐに消して、と。
はい、目の前にはこれで毒まみれになったのは女神だけ。
あ、動ける。
ダメージを与えたからか?
『おのれ、下等生物が!! 優しくしてれば、つけあがりやがって!! 消し、は?』
「邪魔」
ぼんっ。
地面を蹴る。
拳に呪力を込めて、顔面へシュート!! じゃない、パンチ!!
『ぶっ』
ぼしゅっ。
光のチリになって女神が消えた。
同時に、世界も一瞬で色を戻す。
やったぜ
「ぐううう……」
アキくんもなんか寝てるし。
行くか、スノウさんのとこ!
それにしても、今のなんだったんだ?
なんか、言ってたような……。
……まあ、弱かったし、ヨシ!!
《……………………………ヨシ!!》
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