第55話 スノウの理由《スノウ視点・コミュ》

「アキ、起きてる?」


「ああ、スノウ、起きてる」



 魔法使いの塔。

 奇妙なことにこの世界には魔術師と言う言葉がありません。


 アンスバーナ先生の塔は彼の住居であり、研究室でもあるようです。


 ここ、今アキが寝ている客間以外では何やら見た事のない植物や発光する液体などが詰まったツボ。明らかにラボみたいな部屋がありました。


 ライフ・フィールドのファンとしては、もっと調査してみたいです。

 あの植物……ゲームに出てくる南方の秘境、ロマの大森林でのみ採れるマザーツリーの苗木に似ているような……。


 カスタニさんもきっと興味を持ってくれるはず……。


「……スノウ? どうしたんだい?」


「あ! えっと、その、ごめんなさい、ちょ、ちょっと考え事を」


 ベッドに仰向けのアキがふいに呟いた。

 もう、傷は全て治っている。

 もともと頑丈なアキらしいや。


「……カスタニタキヒトの事かい?」


「え、いや、べつに、そんな」


 少しびっくりした。

 アキの女の子みたいな綺麗な顔が私を見つめる。

 緑色の瞳は、優しい。


 あの国で、あの家で、私を守ってくれていたあの頃のアキのようだった。


「はあ、スノウ、言っておくけど、キミはわかりやすい。バレバレだからね。それ」


「……アキ、なんか、雰囲気変わった?」


 いや、これは変わったというよりも……。


「なあなあなあなあ、こっちは今、カスタニタキヒトに負けたショックでへこんでるんだぜ。弱っているのは当たり前だろ?」


「……ううん、違うよ、アキ。最近の貴方は……いつも、どこか張りつめていた。周囲を拒絶して、鋭くなって……ごめんね、私が頼りないせいで。貴方を剣にしてしまう所でした」


「……はあ、キミ、そうやって不意打ちで王族みたいな顔するのやめてくれよ。……悪いね、スノウ」


「えっ」


「キミを好きなように生かしてあげれなくて。せっかく、血のしがらみのない世界に来たのに、結局ここでもキミは義務を背負おうとしている。いや、もう既に背負ってしまっているのか」


 アキが、目を伏せる。

 部活動の試合に負けた子供みたいだった。

 いや、違う。そもそも、私達はまだ子供だ。


「アキ、いいんだよ。それで」


「スノウ……?」


「昔ね、恩人から言われた事があるの。貴女の役割に敬意を……って」


「恩人?」


「うん、これを言ったらアキがまた怒るかもだけど……。ライフ・フィールド。ゲームで出会ったの。お父様に取り上げられるまでの短い時間の付き合いでしたけど……」


「ああ、あのゲームか……良い奴だったのかい?」


「うん、とても素敵な……


「えっ、女の子?」


「はい、とても素敵なキャラクターで……呪われた一族の末裔で、オッドアイで、ふりふりの黒いメイド服に、眼帯つけてて……」


「そ、そう、独特なセンスだね……」


「はい、ほんとに素敵でした。私達はシスターフッドというギルドを組んで……ああ、話がそれちゃった。とにかく、アキは少し、頑張りすぎ! 私だって頑張ってるんですから! ……もうアキに守られるばかりじゃないんだよ」


「……キミ、少し、大きくなった?」


「えっ、嘘! ホント? 身長!? それとも、も、もしかして、む、む――」


 私はおもわず、カップに手を当てる。

 や、やった、毎日ミルク飲んだり、運動したりしてるのが効いたのかな!


「いや、なんか、態度、くくっ」


「……えい!」


「いたっ!! ちょっ! スノウ! 僕はけが人なんだけど!? 痛いって」


 思わずアキのおなかに拳を叩きつけてしまった。

 こいつ、ちょっとモテるからって調子の乗っているな……。


「痛たたたた……はあ、全く……で、スノウ、教えてくれない?」

「むー、なに、アキ」


 なんだこいつ、急に。


「カスタニのどこ、気に入ったの?」

「……は、はァ!? 何、なんの話!? なんで、急にカスタニさんの名前出てくるの!? ていうか、アキ! どうして今回、急にカスタニさんに絡むような真似をしたの! ていうか、別に私、カスタニさんはあれだよ! その、彼が、村で一人ぼっちの時に何も、できなかったから、それで」


「ああ~もう、はいはいはいはい、そんなムキになるなって、長い長い。全く、キミの男の趣味は正直、兄としても騎士としても、納得し難いよ」


「そ、そんなんじゃないから! やめてよ! そういうのカスタニさんにも失礼だよ! すぐそうやってなんか恋愛の話に持っていくの、なんかおじさんっぽいよ!」


「ぐふ、お、おじさん、か。そうか……。まあ、でもいいんじゃない、別に」


「へっ」


 アキがごろんと枕に頭を預け、天井を仰ぐ。


「あいつ、まあ、僕が考えていたスノウ・フォン・ウントツー・リヒテの男、その最低条件は満たしてるっぽいから」


「な、なに、その聞きたくなかった言葉……き、きもいよ、アキ……」


「うるさいな、僕はお兄ちゃんだぞ。妹の選ぶ男は兄の許可が必要に決まっているだろう」


「き、きもい……! ……アキ、い、一応聞くけど、その条件って……」


 私の問いに、アキがふっと笑う。


「僕より強い事、まあ、それはあくまで最低条件だけどね。それでも今の所、あいつがキミに想いを寄せている男の中では一番マシだ」


「へっ……!?」


 な、な、え、あ、今、え?


「……おい、スノウ? どうしたんだ、固まって」


「イ、今の、アキ、どういう事?」


「は? そのままだけど。あいつが一番まし。七咲や岡島、他の男、それに、あのよりも、ね」


「……な、なんで、皆の名前が? いや、その、皇子様は、わ、わかるけど……皆や、その、カスタニさん、も」


「あ~ん? そりゃ当たり前だろ。カスタニタキヒトはどう見ても君に気に入られようとしている。男が女の気を引こうとする理由に、その女に惚れている理由があると思う? もしも、あったとしたら、その男は


「か、カスタニさんは、アホじゃないよ!」


「そ、なら、そういう事なんだと思うぜ。で、スノウ、あいつのどこが気に入ったの? ああ、そういえばあいつ、修学旅行の時も君と親しげにしていたな。はは、考えてみれば、あの時もあいつは周りの奴らに誇示するようにキミを手に入れようとしていた。案外、気骨のある奴なのかもな」


「か、カスタニさんが、そんな、訳……」


 意味わからない、アキが変な事を言うからだ。

 すこし、心臓がどきどきしてる。


 ――似合ってますよ、スノウさん、その役割。


 ……学校でなんとなし、彼が私に言ってくれた言葉をなぜか思い出す。

 それは、ライフ・フィールドで恩人が言ってくれた言葉と、似ていた。


「……ま、いいんじゃない。少しは、認めてもやってもいいかな」


「あ、アキ何様!? で、でもさ、アキが、その、負けちゃったのって、アキの自滅じゃ……」


「ハア!!?? 何言ってんるんだ、スノウ! 本気か?」


「えっ、なに、違うの?」


「はあ~スノウ、きちんとキミ、授業受けなよ、それとギフトの訓練、あとレベル上げ、俺が完治したら割と本気で鍛えるから」


「な、なに~急に……」


「全く、ユダール教官が知ったらまだ俺がしごかれる……。アンスバーナが言ってるだけさ。気を遣ってるのか、それとも何か別の目的があるのかは知らないけれど。あの教師、食えない奴だ。カスタニの実力をごまかそうとしてるな」


「ど、どういう事、それ……」


「カスタニは強い。少なくとも僕より遥かに。……いいよ、賛成だ、スノウ」


「えっ」


「彼を班に入れる事……そろそろ始まるだろう? ダンジョン学の授業がさ。ハルに聞いたよ、どうやって俺を説得するか、君が悩んでるってさ。食えない女だ、あいつも。まるで全部最初からこうなる事をわかっていたみたいだ」


 アキの言葉に驚きすぎた。

 確かに、私はカスタニさんを授業の班に入れようとしていた。

 でも、アキが絶対に納得しないってのはわかってた。


 ハルちゃんにはすぐばれてたけど……。

 手伝ってくれた、のかな。


 いや、それよりも。



「ど、どういう事? アキ、か、カスタニさんが、アキより強いって。アレは……アキがギフトを暴走させたからじゃ」


「おいおいおいおい、この僕がそんなミスをするとでも? フルパワーの黒騎士憲章ならまだしも、使ったのは籠手とグリーヴだけだぜ? あれは純粋に実力負け。G級ギフテッドについては少し、認識を改めた方が良い。魔力は全く感じられないが……あいつには、何かありそうだ」


 あのアキがこうまで素直に他人の強さを認めているのが信じられない。

 いや、でも、カスタニさんが? アキより強い?


 ……もし、そうだとしたら……。



「なんで、私には秘密にしてるんだろう」


 無意識に、こぼれるような言葉。

 なぜか、ちょっぴり、ちくっと胸が……。


《それは、あの3人の強者の弟子だからですよ、スノウ》


「あ……」


 声が、聞こえた。

 あの日から、私に囁くあの声。


《我が勇者、スノウ……貴女に良い事を教えましょう。もしも、貴女が真実を求めるのならば、あの3人を追いなさい。ホワイト、スカーレット、クロは危険です》


 えっ?


《それはきっと貴女の願いと義務にたどり着く為のカギとなる。スノウまずは……迷宮へ参りなさい。魔法学園の保有する、迷宮――パンドラへ》


《クエスト発生”真実を求めて” 目標――迷宮パンドラへの到達》



 あ――。

 声が消える。

 神様、貴女は一体私に何を……。


「スノウ? どうしたんだい?」


「ああ、いえ……なんでも……ありません、こほん、じゃ、じゃあアキはその、えっと、カスタニさんを、一緒に班に入れるのには……」


「まあ、ほかの男よりはマシ、だ。まあ、その辺は本人に聞いた方がいいだろう? おい、君、いつまで律儀に部屋の前で待機してるつもりだ? 入りなよ」


「えっ?」



 アキが扉に向かって声をかける。

 なんで――そう思った瞬間に答えはわかった。


「あ、その、すみません、失礼しま~す……」


「あ、か、カスタニさん……!?」


「あ、どうも、えっと、入って、よかった感じですか?」


 自信なさげな黒髪の男の子。

 いつも少し、おどおどしてるのに、たまにびっくりするほど、芯のある顔をする不思議な人。


 カスタニタキヒトさんが、部屋に。


、君、もっと堂々としなよ。猫背になってるぜ」


「あ、す、すみません、アキ・フォン・シュバルツ……さん」


「アキで良い。……親しい者はそう呼ぶ」


「え、あ。はい」


 ぺこりと頭を下げるカスタニさん、小さく鼻を鳴らし、でも、少し笑っているアキ。


 なんだろう、今のこの雰囲気が、たまらなく、好きだ。


「あ、そうだ。カスタニさん、えっと、先生と何を話してたんですか?」


 そうだ、会話だ、会話!


 せっかくアキが珍しい事に誰かにやさしくなってる。


 この隙に、カスタニさんといい感じに会話して、それで、うん!


 ここは私が会話を冷静に!



 アキもカスタニさんもちょっとそういうお喋りとか苦手だろうし――。



「ああ、なんか、その、アンスバーナ先生から、縁談の、婚約者の話を――」


「縁談? はは、お前、面白い奴だな、聞いたかい、スノウ――」


「どういう事ですか?」


 なにそれ。

 自分でも信じられないくらい、冷えた声が、喉から。


「えっ、スノウ?」

「アキは黙ってて」

「あ、はい」


 私は固まっているカスタニさんの真正面に。


 あ。意外と、こうして近くで見ると、まつげ長いな……。



「詳しく説明して下さい、今、私は冷静ですから」


 てか。ほんとになにそれ。

 縁談?

 婚約?


 聞いてないんですけど、カスタニさん。


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