第54話 アンスバーナの魔法塔


「うお……すげえ、え、これって……」


「ふっふっふ、さすがカスタニさん、お気づきになられましたか……!」


「魔術師塔じゃん!! ライフ・フィールドの!!」


「似てますよね……ええ、ここだけじゃない。この世界はライフ・フィールドの建築様式に酷似した建物があまりにも……そう、ライフ・フィールドで言う所の古代アンブロシア文明のバロック建築様式を基礎として――」


 なんかスノウさんが呪文みたいに独り言を言い始めた。

 そっとしておこう。


 それよりも、これ! 目の前にあるこの塔!


 ででん! 

 バカ広い魔術学園の敷地内。


 東側の草原かなと錯覚するその場所にそれはあった。


 灰色のレンガで作られたでかい搭。

 風車やら窓やら若干の生活感があるそれは確かに住居としても機能してそうだ。


 よく見ると水道管替わりの水路のような物が塔の壁に彫られている。

 それに沿って、どういう仕組みか、水がせりあがっていた。


「スノウさん、あれ、どういう仕組みだと思います?」


「う~ん、恐らくは、変性魔法の応用……ですかね? あの塔の壁面や内部だけ水は空に昇るような法則がしかけられているのではないかと」


「変性魔法……」


《プレイヤー、変性魔法とは魔法六科のうちの1つです。魔力により世界に設定された法則を塗り替える変じる魔法。六科目のうちでも世界への親和性、魔力への感応力が求められる使用難易度の高い魔法です……ライフ・フィールドにも類似した魔法があったはずですが……》


「それ、対人戦で使える奴だっけ?」


《……いえ。対人戦で求められる高火力かつ即効性や詠唱速度のあるものではありませんので》


「じゃあ、知らんな」


《……そうですか》


 ナビちゃんの声に小声で反応する。

 変性魔法か。

 なんか、賢い響きだな。


「あれ、どうしましたか? カスタニさん」


「ああ、いえ、なんでも。んで、えっと、アンスバーナ先生はこの中に?」

「はい、先生は回復魔法の授業の先生でもありますので……アキの治療をしてくださっているのだと思います」


 スノウさんが、少し声を潜める。


「あ、あの……カスタニさんはお怪我とかって……」

「あ、はい、とくにはないですよ?」

「そ、そうですか、いえ、それが何よりではあります。さ、それじゃ塔へ参りましょう、先生もアキもきっと中に――」


「いや、私はここである」


 ばさ、ばさ、ばさ。


 空から響く翼の音。

 上を見上げると、そこには。


「あ、アンスバーナ先生……!」

「うおおお、すげえ」


 鋭いくちばし、太陽を陰らす巨大な翼、そして、雄々しい獅子の身体。


 鳥頭の獅子。


 それはファンタジーに類する作品に親しむ者なら大抵知っている伝説の生物。


「……グリフォンだ」


 スノウさんが目を輝かせてそれを見上げる。


「よく来たのである、2人とも。しばし待たれよ」


 ばさり、ばさり。

 巨大な翼がはばたくたびに強い獣臭と太陽の香りが鼻にぶつかる。


 少しその場でホバリングしたのち、グリフォンは草原に降り立った。

 鞍上はもちろん、4つ目ヘンテコ騎士兜がチャームポイントのアンスバーナ先生だ。

 こんにちは。


「ふむ、待たせたのである。少し、魔法薬の材料が足りんでな。常夜の森まで行ってきた所だ」


「常夜の森……?」


「もー、カスタニさん、きちんと入学式の話聞いていましたか? この学園にいくつかある禁域です。生徒が絶対入っちゃいけない場所の1つですよ」


「へえ」


 禁域、絶対入っちゃいけない?

 おいおいおいおい、入るだろ、そんなの。


「ほっほ、スノウ殿は賢明であられる。皆そのような生徒であれば毎年、有望な生徒が命を無為に散らす事もないのであるが……」


「えっ」


 アンスバーナ先生の言葉にスノウさんが固まる。

 へえ、今の言葉、割と本気の奴だったな。


「ほっほ、そう固まる必要はございません、スノウ殿、ちょっとした冗談です、そうだ、スノウ殿、これを」


「先生、これは……?」


「薬草学のロウィン先生に作って頂いた丸薬です。回復魔法の効能を上昇させる薬効がございます。アキ殿にお渡ししてきてはくださいませんか? 塔の部屋におられるはずですので」


「あ、はい、わかりました! えっと、じゃあ、カスタニさんも……!」


「カスタニ殿はお待ちを、少しだけお話があります」


「えっ、そ、そうですか、じゃ、じゃあ先に行ってますね」


「ええ、すぐ我々も向かいます」


「わ、わかりました、そ、それじゃ、カスタニさんも、またあとで」


 スノウさんがぴょこんと頭を下げて塔の方へ。

 それを満足気に眺めるアンスバーナ先生。

 グリフォンはくおおんと大きなあくびをしている。


「さて……カスタニ殿、すみませんな、放課後の時間にお呼び立をしてしまい」

「ああ、先生、いえいえ、とんでもないです、それで、話って――」


 瞬間。


《ップレイヤー!!》


 赤い魔力。

 先生の指先から、ノーモーションで現れたそれは一気に剣の形へ。


《危ないっ》


 それは俺の首めがけて正確に横なぎに――。

 ……正確すぎる、この剣筋は。


「ケヒッ」


「……何故、お避けになりませんので?」


 ぴたり。

 その魔力の剣は俺の首筋に触れる事はなく止まっていた。


 ふっ。

 ここでクールに当てる気がなかったでしょ的な事を言って……。

 あれ、待てよ、そこまでするとちょっとやりすぎか?


 ここにはスノウさんいないから好感度には関係ないしな……。

 う~ん、この先生、なんとなく鋭い気もするし、ここは。


「避けれませんでした」


 これだ! なんという素直な言葉!

 必要以上にスノウさんの前以外で目立つのは避けたいからな! ヨシ!


「……ほっほ、あれだけきちんと目で追っておきながら……人魔大戦以来ですな、この間合いであれだけ余裕をもって剣筋を見極められたのは。なるほど、何か理由がおありのようで」


 うん?


「カスタニ殿はやはり、お力を隠しておられる、違いますかな?」


 あれ、なんで??

 俺、今完全に雑魚ムーブしたじゃんけ。


《……プレイヤー、その、そもそも普通の人間は首の魔力剣を突き付けられたらそんな平静を保ってはいられません》


「……う、うわあああああああああああ!!?? なんで、魔力剣がっ!! 赤いっ!!」


 どっすん! その場にしりもちをついて腰を抜かす! 

 いけたか? どうだ、ナビ。


「……ほう、しかも、しっかりと我が隠し剣の色まで視えておられるとは……いやはや」


 あれ? ナビちゃん?


《……魔力剣は上級の魔法使いになるほど幻影魔法などとの組み合わせで不可視化されます。なんで、わざわざ色まで明言しちゃうんですか》


 ……だって、赤かったし。


「ほっほ。素晴らしい、その年でその領域とは。魔力が全く感じられぬのは……幻影魔法と強化魔法の応用、”偽”という技術ですかな? さすがは転生勇者殿」


「い、いや、先生、俺はその、家無しでG級ギフテッドで……」


「カスタニ殿がなぜ、己の実力を隠したがるか、その理由までは問いません。先日のアキ殿との一騎打ちも表向きには、ギフトの暴走という処理をいたしました。まだ、学園内に貴公の実力を正しく理解している者はおりますまい」


「あ、どうも……」


駄目だ、この先生話聞かねえ。


「おや、もしや、貴公、今この老兵に恩義を感じてくださいましたかな?」


「え?」

《あ、これはまずいです。アンスバーナの知性……98!? そんな、あなたの30倍……だめだ、こりゃ》

「カスタニ殿、1つ貴公にお話があるのですが」


 なんかナビちゃんが失礼な事を言っている気がする。


 アンスバーナ先生が俺をそのまま見下ろして。


「――結婚に、ご興味はございませんかな?」


「え」

《――駄目です》

「え?」


 え?

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