第52話 魔法学園の1日 近接魔法戦闘術 その2《アキ・コミュ 関係性・敵対》


 アンスバーナ先生の号令。

 目の前のアキ君がニコニコとほほ笑む。


 ……手加減? 手加減と言われてもな。

 俺、そんなに強くないし。どうすればいいんだろうか。


 いつホワイト達に追い越されるかわからないくらいだしな~。



「カスタニ君、よかったよ~君とこうして早い段階で一緒に組手が出来るなんて」


「え、あ、どうも」


「ああ、本当によかったとも~」


 彼の微笑みが消えるのと、俺の腹に衝撃が伝わるのは同時だった。


 魔力で強化された脚力は人の速度を獣以上のものにあげる。


「スノウに集るコバエの駆除が早めに出来てさ」


「ッ!」


長い脚にそのまま蹴飛ばされる。


「うわ、モロだ」

「アキ君、容赦ね~www」

「痛そ~wwww」

「かわいそうに、まぐれで魔石を壊しちまったばかりに」


 周囲の観客と化したクラスメイト達が歓声を上げる。

 俺の身体はそのまま転がる。


「安心しなよ、ギフトは使わない。ただ、痛い目に遭ってもらう、もう二度と、夢なんて見なくて済むようにね」


「ゆ、め?」


「ああ、君とスノウじゃ生きる世界が違うんだ。……聞いたよ、スノウから。君を仲間にしたいんだって、さ!」


「っ!」


 アキ君はなかなか容赦がない。

 倒れている俺の腹に更に一発。

 長い脚は遠心力と魔力を持って、俺の腹に再び突き刺さる。


「あの子は世間知らずなんだ。勘違いさ、たまたま珍しいもの、いや、少し気が合う者を見つけて珍しがっているだけ。だから君みたいなどこの馬の骨とも知らない男と距離を縮めようとした!」


「ぐ。ふ」


 サッカーボールキック。

 今度は脇腹、的確に人体の弱い所を狙ってくる。



「そして、君! いやお前も少しは遠慮すればよかったんだ! あの子のやさしさに付け込むようにあの子に近づく! 少しは遠慮しろ! 弁えろ! 凡人があの子にぬけぬけと近付くな!」


 がつ、がつ、がつ。

 何度も何度も俺の身体をアキ君が蹴り、踏みつけ、また蹴る。


「現実を知れ! お前はあの子にふさわしくない! 今、あの子には余裕がない! お前みたいなコバエまであの子に抱えさせるな! 家無しというわかりやすく安い同情であの子の気を引くな! どうせお前も他の奴らと同じだ!」


 がつ! がつ! がん!


「あの子に依るな! あの子に頼るな! あの子に期待するな! これ以上、スノウに背負わさせるな! 気軽に、近づくな!!!」



 があん!


 魔力で強化された肉体は容易に人の命を奪う武器となる。

 アキ君の蹴りはどれも急所をはずされてはいるが――。

 傍目から見れば……。


「え……アキ君、なんかめちゃキレてない?」

「怖い……ね」

「あの家無し、マジで運がねえwww」

「騎士の家系と家無しの子供、勝負になるわけないじゃん」



「アキ!! や、やりすぎです! せ、先生! アンスバーナ先生! く、組手の中止を!」


「……静かに、まだ終わっていません、スノウ殿」


 どうやらかなり痛ましい光景らしい。

 スノウさんの悲痛な声が耳に届いた。


「……げほっ」

「これで理解した? お前には資格が足りない。あの子の隣に立つのなら最低限の力、思想、何より信念が必要なんだ」


 アキ君が俺の傍にしゃがみこみ、何やらぼやいている。


「お前は弱い。弱い奴は、大嫌いだ。いつもそうだ、お前ら弱者は、勝手にスノウに期待して、勝手にスノウに失望する」


 その声は、震えていた。


「あと何度、スノウは傷つけばいい? お前らみたいな他人の威光にすり寄るコバエを全部滅ぼせばいいのか? こんな世界にきてまであの子だけが重責を負わないといけないのか? お前らみたいな他人任せの弱者のために?」


「……」


「あの子は、優しい。優しすぎる。王族なんかに産まれる必要はなかった。異世界にきて、ようやく責務から抜けたと思いきや、またこの世界でも貴族と来た。ふざけるなよ。なんであんなに優しい子が、俺みたいな屑じゃなくて、只、普通に生きるのが似合う子が、頑張らないといけないんだ? おい、聞いてるのか?」


「……」


「お前だ、お前みたいな全ての弱者のせいだ。弱者が弱者のままでいるから。弱者が己の弱さにだけは寛容だからだ」


「だから俺は、スノウの周りに弱者を許さない。お前はふさわしくない」


 ガァン!!  


「カスタニさん!! 嫌! そんな!」


 魔力の蹴りが俺を蹴とばす。

 スノウさんの悲鳴が聞こえた。


「先生、彼を医務室に。今手当すれば後遺症は残らないだろう」


 アキ君が背中を向け、その場を去ろうとして――。


「おや、アキ殿。貴公は降参、という事でよろしいのかな?」


「……は? 何を言っている?」


「ほっほ、言い忘れていたが、近接戦闘組手の勝敗は場外負け、もしくは気絶のみ。貴公はまだそのどれもを達成していないように見えるが?」


「……アンタ、本当に何を言っている? どう見ても、あいつはもう――」


 アキ君の言葉に被せるようなタイミングだった。


「え……!」

「お、おい、おいおいおいおい」

「嘘、だろ……あいつ、あの家無し……」

「え、律、あれ……」

「……カスタニ君、君は……」

「……うっわ~やっぱ、怖~」


 声。


 アキ・フォン・シュバルツによる家無しへの公開リンチだったハズのその試合演目。


 それはしかし――。


「カスタニ、さん……?」


「……けほ」


 俺、粕谷焚人が立ち上がった事により、台無しになってしまった。


 アキ君が、ゆっくりこちらを振り向く。


「……なんで立っている?」


「……」


「ありえない……お前は魔力強化を一切使っていなかった、いや、使えていなかった……なのに、なぜ、立てる?」


「……」


「っ! 答えろ!! カスタニタキヒト!



 うお! びっくりした!

 え~と……アキ君の攻撃が終わったぽいから立ち上がったんだけど……よかったかな?


 あれかな、ボコられすぎて負けとかになってない?

 アンスバーナ先生の反応は……。


「……やはり、か」


 お、なんか大丈夫っぽいな!


《プレイヤー、大丈夫ですか? 随分まともに攻撃を受け続けていましたが……》


 ああ、うん、いや、アキ君の魔力強化がすげえ上手でさ。

 他の魔法使いとかよりも効率よく体内に魔力を循環させてただろ? 

 ちょっと勉強に集中しすぎた。


《なら問題ありませんね。お怪我がなく何よりです》



「おい、ふざけてるのか? なんで、答えない……?」

「ふっ、は」

「!?」


「み、見たか、今の?」

「あ、あいつ、あれだけボコボコにされたのに、普通に立ち上がったぞ」

「それどころか、笑って……」


 あ、やべ、変な咳が出た。


「カスタニさん……よかった……あ、じゃない! カスタニさん! もう危ないです! お願い、降参してください! アキ! 貴方もいい加減にして! 私の友達になんでこんなひどい事するの!?」


「……っ、スノウ、君は少し黙ってろ! これは、俺とカスタニタキヒトの問題だ!」


「ふっ」


 スノウさんとアキ君がなんか大声で言い争っている。


 バカだ、俺は。

 肝心な事を忘れていた。

 そうか、そういう事か。

 スノウさんみたいな人気者と友達になるには、彼女の評価だけ上げてもダメなんだ。


 周りの友達とも仲良くならないと!


《…………え? 今更?》


 その為には本気でこのアキ君に友達として認めてもらう必要があるな! 

 う~ん、なんか弱者がどうのこうの言ってたけ……。


「なんなんだ……お前、カスタニ……お前は、なぜ、立ち上がる?」


「……」


 うう~む。弱者弱者、弱者、弱者が嫌い的なあれか?

 う~む。


「そこまでボロボロになって、何故……まさか、そこまでスノウの事を? いや、ありえない、認めない、そんな奴今までどこにもいなかった。皆あの子を期待させるだけ期待させ、勝手に消えていく……お前も、同じだ! カスタニ!」


 あ、そうか。


 弱者が嫌いなんなら、強けりゃいいじゃん。


 多分、アキ君の友好度を稼ぐにはあれだな、こういう戦闘イベントで力を示すみたいなアレか。


 ライフ・フィールドであった所だ!

 さすがライフ・フィールド。人生を教えてくれるぜ。


「期待させるなァ!!」


 アキ君の魔力が噴き上がる。

 魔力の循環も遅延がまるでない。

 強化された脚力が石の床を踏み砕き、一瞬で俺の目の前に。


 初速だけならホワイトともあんま変わりない蹴りが俺の顔面に突き刺さる。


 おお~すげえ身体が吹っ飛ぶ!


「か、カスタニさん……そんな……」

「うわ、モロ顔面に……」

「おいおいおい、死んだだろ、あれ」

「り、律~ど、どうなったの~私、もう見れないよ~」

「カスタニ、タキヒト、君は……」



「今更……」


 アキ君が大きく息を吸って。


「今更、今更遅いんだ! なんで、こんな世界にきた後に可能性なんて魅せるんだ……あの子が、あまりにも――はっ……!」


「……」


 よいしょ。立ち上がる。

 いや~いいフォームだ。

 うん、アキ君。

 良い。悪くない。


「……」


「……は? む、きず……? はは、なんだ、なんだよ、お前……なんで」


 えーと、あんま目立たず、なおかつ、アキ君に俺が弱者じゃない事をアピールするには……。


 ヨシ、この方法で勝つか。


「アキ・フォン・シュバルツ」


 くい、くいと指を折り曲げて、誘う。

 かかってこい、きっと戦闘民族気味のアキ君には伝わるだろう。

 伝わるよね。


「……上等だ、カスタニタキヒト」


《……っ、警告、S級ギフトの発動を確認》


「アキッ! ダメ! 何を考えて!」

「あ、ちょ! 駄目駄目、スノウちゃん! 危ないから!」

「ハルちゃん、離して! アキが、ギフトを! カスタニさんが死んじゃう! 先生、と、止めてください! これはもう、組手なんかじゃ!」


「……続行である」


「何考えてるんですかこのへんてこ騎士兜!!」


 スノウさんの悲鳴。

 周囲の慄き。


 それも当然だろう。

 アキ君の身体から漏れ出す膨大な魔力、黒いそれはあっとうまに彼の身体を包む。


 うごめき、集い、固まり、そして。


「ギフト授与――黒騎士憲章」


「ほう」


 それは魔力の鎧。

 固形化した魔力がアキ君の腕と足にまとわり、黒い籠手とグリーヴとなる。


「お前が本当に、スノウの隣に立つというのなら――この程度、俺程度の試練、乗り越えてみろ!!」


 おい、おいおいおいおい。

 お姫様を慕う黒い鎧のリアル騎士……?


 アツくね?


「……ケヒッ」


 あ、やべ。あまりの熱さに笑っちゃ――。


「カスタニタキヒト!! スノウと付き合いたいのなら――俺を納得させてみろ!!」


《S級ギフテッド――信愛と義の神の寵愛者、ギフト名”黒騎士憲章"《リッター・ド・シュバルツ》来ます!!》


「お兄ちゃんであるこの俺を!!!!」


 アキ君が黒い風の如き速さで、俺に迫って――。






















「術式展開――遠雷雷鳴麒麟化呪法」



   




「――え」


 パリッ。

 俺の中の呪力が爆ぜる。

 遠雷雷鳴麒麟化呪法、その効果――


 雷の如き速度での移動、および雷速の攻撃。


 突っ込んでくるアキ君に対し、彼以上の速度で距離を詰め、その顔面に拳を入れる。


 ――死んだら? ああ、まあその時はその時だ。


 死にはしないように、手加減してっと。



 ばぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。


 めり込む音。

 アキ君、S級ギフテッドがリングの外、ドームの壁にめり込んだ音だけが響いた。


「が、は……」


 アキ君が、そのまま壁からずり落ちる。


 立ち上がる事はない。黒い籠手、グリーブが溶け堕ちる。

 地面に顔面から倒れる寸前、いつのまにか移動していたアンスバーナ先生が彼を抱き上げて。


「――勝負あり、勝者、カスタニ殿!!」


 一瞬の沈黙、そして。



「「「「「「「「「ええええええええええええええええええええええええええ!!!!????」」」」」」



 驚愕の声が、魔法学院の敷地に響く。


 ふ、ふふふふふ。ふふふふふふふふ。


 やばい、テンション上がって普通にやりすぎたかもしれん。

 どないしよ。


 ナビちゃんや、なんかいい案あるかね。


《……ドンマイ》


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