第28話 呪いの王VS魔女

 

 なんだ、これは。


 グレロッド・マジャームはその1000年に及ぶ永い生命を魔法の研鑽に注いできた。


 属性、固有魔法、魔力操作、ギフト。


 様々な要因が絡み、結実する魔法という力は才能はもちろん、何よりも経験がその完成度に直結する。


 かつてこの世界に存在した"魔術"が、魔法になり変わって数千年。


 高位種族を除けば、グレロッドは確かにこの世界有数の魔法に精通した人物であろう。


 だが。何も通用しない。


 初手、グレロッドが放った己のギフト、死の腕は今やーー。


「食べるという行為はこの世のどんな事よりも人間にとって重要な事だ」


 ぶちっ。


「生きている者の特権と言い切っていい。他者の命を喰らい、己の命に加える。生きるとは常に他者から奪い続けると言い換えてもいいだろう」


 ぶつっ、どろり。


 黒い腕。

 己の才能と己の神に賜った死を司る魔法、それが目の前で一つ一つ千切られていく。


「だがしかし、人間は奪うだけではない。いつしか食うために育て、育み、増やす事を覚えた。畑はそのうち最もその人類の進歩の原点に近いものだ」


 この、男。


 グレロッドからしてみれば赤ん坊にも等しい少年が何を言ってるのか、わからない。


 わかるのは一つだけ。


 ぶちっ。


「畑を壊す、他人が育てた食物を平気で粗末にする……お前は俺の生を邪魔したのだ。故に」


「だ、誰だい!? アンタは!」


 もう一度、グレロッドはそのギフトを、死を齎す魔力の腕を解き放って。


「生かしておくつもりはない」


 どろろろろろ。


 今度こそ。黒い腕が怒涛のように奇妙な少年へと降り注ぐ。

 畑を溶かし、芽を腐らせ、水を穢す。


 死、そのものが降り注いで。


「ケヒッ」


「いっ!? あがっ!?!!」


 腹、激痛、背中、軋み。


 目視できない速度で、腹を殴られ、背中を踏み蹴られる。


 魔力操作により空を歩くことが出来る魔女。

 しかし、意識が戻ればそこは、畑の土の上。


 地面に叩きつけられたと、理解してーー。


「おい、畑を汚すなよ」


「あっ」


 背中からかかった声。


「その汚い死の力で俺の畑が汚れた、どうするつもりだ?」


「は、畑っ? こ、ここは、私の畑っ」


「違う、俺の畑だ」


 ぶちちちちっ!!


「アッ、ギャァアアアアアアアアア!???」


 なんの音だ、羽をもがれた音だ。


 グレロッドの腰から生えたカラス羽を少年が手羽先を摘むような気軽さで解体していく。


「ケヒッ、ああ、お前、いい肥料になりそうだ」


「こ、のっ、化け物が!! 舐めんじゃないよ!!」


 ずおっ。

 腰の傷口から噴き出るのは純粋な魔力。


 死の女神によって変質させられた黒い魔力が、少年に放たれて。


「どうだいっ!? 舐めた口聞いてるからさっ!! く、そ! あたしの羽、が!! 回復魔法なんざ使うの200年ぶ、り……」


 己の傷を治そうとしたグレロッドの動きは止まる。


 振り返った先の光景が信じられなかったからだ。


 指向性を持った死の属性を持つ魔力の放出、直撃した筈なのに。



「もっと呪いをこめろよ」


「アッ!?」


 ばぎっ。

 頬骨が砕ける、目が溢れそうになる。


 効いていない。

 死、そのものと言っていいはずの死の女神の従者たるグレロッドの魔力を浴びてなお。


「術式展開"擬人土人操術"」


 ずろり。

 少年の腕から滴り落ちる黒い炎のような魔力。


 ソレが畑に垂れ落ちて。


『ずおおおおおお』

『おぼおおおおおお』

『ボボボボボボボ』


 畑の土が形を変える、土で出来た巨人。



「ご、ゴーレム……? 召喚魔法!? バカな……! 契約陣ナシで!? ぎ、ギフテッドか!? な、舐めんじゃないよ!」


 グレロッドが、再び空へ。

 土の巨人が術者を守るように立ち尽くす。


「召喚魔法使いの殺し方は決まってる! アンタらは近接戦は……」


「近接戦が、なんだって?」


「へっ、ギャウ!?」


 ぼごっ。


 空へ、逃げたはずなのに。

 シンプルな跳躍で追いつかれたグレロッドは再び地上に叩きつけられる。


 叩きつけられた先には。


『『『ボボボボボボボ』』』


「畑の怒りを知れ」


「ぎゃ、ア!?」


 畑の土を材料にしたゴーレム達による大質量による攻撃。



 1000年の研鑽、女神からの贈り物、グレロッドの全てがこの少年に通用しない!


 死。


 実感。


 グレロッドは正しくその危機を実感して。


侵界領域オーバーロード


 己の最強の手札を切る。

 己の魔力による世界そのものへの侵食。


 魔法結界とギフト、固有魔法の併せ技。

 間違いなく魔法戦闘の最奥の技術。



「"死界豪腕腕比べ"!!!!」


 黒い領域が少年とグレロッドを覆う。


 グレロッドの魔力により世界の法則は今や彼女のもの。


 他人の死を強制するそのギフトが、さらに強化され天より降り注ぐ。


「ひ、ヒヒヒヒヒヒ!! ふせ、防いでみなよ! ガキっ! 防げるもんなーーら……は?」


「術式展開"油屋浄瑠璃炎操法"」


 ボウ……

 少年の腕に、蒼い焔が灯る。


「あ、ンタ、なんで……属性魔法……? バカな、アンタ、召喚魔法使いじゃ……」


「違うな、そもそも俺は魔法使いでもない」


「は?」


 グレロッドの戸惑いの声。


 口元だけを覆う面、目元だけで少年が笑って。


「呪術師だ」


 ボオオオオオオオオオオオ。


 焼け落ちる巨大な死の腕、蒼い焔に黒の帷は焼き尽くされる。


「はは……アンタ……何者……いや、そうか……アンタがあの3人の……呪いのーー」


「ぶっ殺すリストにはずっと入れてたが……5年間、食い扶持くれて、ありがとう。じゃあなーーババア」


「ーーッ、ヒヒヒヒ……そういう事かい、最初から……負けてたわけかい。クソガキが」


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 蒼い焔が、魔女を焼き尽くした。


《魔女の遺灰を手に入れました》

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