第27話 それぞれの位置とトマトの弔い

 

「何を恐れる、何を我慢するんだい!? アンタ達が本気になれば、私なんて簡単に縊り殺せるだろうに! 支配! アンタの権能の少しでも使ってごらんよ! お上品に剣なんか使う必要まったくないだろうね!!」


「ッ!」


 ガギッ!!


 グレロッドが腕を振るい、黒羽を大きく振り回す度に黒い雷光が迸る。


 白髪の女がそれに弾き飛ばされた。


「戦争! アンタもだよ! 権能を、呪いを振え! 何綺麗に着飾ってるんだい! アンタならもっとたくさん殺せるだろうに!」


「飢餓! 生来の高位種! 化け物の中の化け物がなんてザマだい! 生きてるだけで害悪のアンタが何を今更!」


 2人の女も、グレロッドの暴力に押される。


「業を振る舞いな、アンタもアンタもアンタも! 殺し苦しみ憎まれる事こそが、生だろ! 何を今更上品ぶる! もっと自分をさらけ出しな! おなじバケモンなんだ、化け物同士で殺し合おうじゃないのさ!」


 荒ぶる魔力。

 猛る肉体。


 本物の魔法使いの暴力に、私は一歩も動けない。


 でも、彼女達は違う。


 あの服を着て、剣を振るう彼女達。


「スカーレット、クロ。まだついてこれる? 攻撃の全てに闇系統の魔力が付与されてる、受け流して」


「問題ないさ、ホワイト。マイロードには感謝だね。この服、この剣、やはりよく馴染む!」


「ふへ……老成した魔法使い……殺しにくい、けど、ちょっと、楽しいね」


 吹き飛ばされても、叩きつけられても、それでもなお大敵に挑み続けるその姿は。


 ーーうげええええ、スノウさん、バフ撒いて! バフ!


 ーー……うざい、ここの敵! もう最悪!


 ーーアハハハハハハ、これ死ぬ! 死んじゃいますって! アハハハハ!


 あの時の私達ブラザーフッドみたいで。


「っなんだい、アンタら! その面ァ! まさか今更人として戦うつもりかい!? 今更人になれるとでも思ってんのかい!」


 化け物として成った魔女が、同類にその爪を魔を向け、叫んで。


「なれる」


「我々は、人間だ」


「ふへ、滅びでも、呪いでもない」


 返ってきた返答は、少女達のさわやかすら感じる微笑み。


 ――私達の服私の思い出を着ていい話風にふるまわないでよ。


「っヒヒヒヒ! 笑わせてくれんじゃないかい! 世界を滅ぼす預言、そのものであるアンタ達が!」


 声に滲んだ魔力ですら世界を震わせる。

 魔女がゲラゲラ笑う。


 だがあの女達も、余裕の笑みをこぼさない。


「「「我ら程度の呪いで、世界は滅ばない」」」


 その顔は、安堵と満ち足りた心に溢れる。

 満たされた者特有の表情。


 ――愛されている自覚がある者特有の表情で。


「アンタ達……」


 グレロッドの魔力が吹き上がる。


 なに、これ……こんなの、人間の、生き物が放つ魔力の量じゃ……


 でもその奔流はすぐに止まる。


「やめ、だね」


 急にすんっと、無表情になった若グレロッドが呟く。


「「「……なに?」」」


「こりゃ異常だね、やめやめ。アンタ達がここまで変わっちまってるなんざ、本当に異常事態さ、何かあるね、いや、何か、いるね?」


「どう言うつもり?」


「決まってるじゃないかい、逃げるんだよ」


 グレロッドの言葉に、女達が剣を構える。


 でも、それよりも早くーー


「浸界ーー」


 魔女が、世界を黒く染めて。


「「「ッッ」」」


「ひひ、隙あり、だね」


 一瞬の淀みのような時間。


 グレロッドから溢れた黒は世界への侵食を止める。


 代わりに、彼女自身を渦のように飲み込んで。


「一時撤退だよ、ガキ共。死の女神への儀式、愛しい人の復活、全て惜しいけど、やめ、だ」


 渦を背景に、不敵に笑う黒羽の美女。


「リスクとメリットが見合わない。アンタ達をここまで変えちまう異常が近くにいるんだろう? 悪いけど、あたしゃね、まだまだ長生きしたいのさ」


「逃げられるとでも?」


「……いや、ホワイト。既に彼女自体はここにいない。……これは、残留魔力に意思を込めただけの抜け殻に過ぎないね」


「ふへ、す、すぐに追おう、よ……今なら魔力の香りで追跡出来る……」


「もちろんさ。むしろグレロッドが残していった転移扉を利用すれば……ああ、罠も解除した。今なら追えるね」


 パチン。

 赤い髪の女が指を鳴らす。


 それだけで黒色の渦が虚空に現れる。

 彼女達が、その中に消えて。


「待って!!」


「……」


 三人の女達が歩みを止めた。


 もう止まらない。

 命の危機を脱した安堵が逆に私のタガを外した。


「私も、私も連れていって! まだ、何も聞いてない! まだ、何も答えてもらってない! あ、貴女達は誰!? 王、ってなに! ……なんで、私達の服を……ブラザーフッドの……」


「その必要は、ない」


「あっ、え……」


「貴女には、他に大切にしないといけない人達がいるでしょう? それに」


 白い髪の女が、長い指を私に向けて。


「我が王は、弱者に興味を持たない」


「あ、あ、あああ、待っ」


「そして、もう2度と会う事も、ない」


 彼女達が、消える。

 何もわからないまま。

 蚊帳の外のまま。


 なんで、なんで、そもそも私、こんなにパニックになってるの?


 《スノウ、君が一番よくわかってる事だろう、それはね、棘だよ》


 声が囁く。


 《君が自分で終わらせた、捨てたと思った過去はね、君の理性が思うよりも大切なものだったんだ。御覧、アレは、君が捨てた服、君が捨てた思い出だ》


 声が響く。


 《見たかい? 彼女達の顔……幸せそうだったね、……昔のキミ、ライフ・フィールドをプレイしてた時の君みたいでさ》


 声が煩い。


 《なぜ、君が今、こんなにも苦しいか教えてあげよう。君が弱いからだよ》


 ……。


 《君は弱い、だから選べない。目の前の女達に聞きたい事を吐かせる事も、彼女達についていく事も出来ない。ひとえに君が弱いからだ》


 ……その通りだ。

 ギフトを使っても、グレロッドはもちろん彼女達に触れる事すらできないだろう。


 《ああ、力さえあればね。最強と言える存在ならばこんな思い、する事すらないのにね》


 分かってる、この声は毒だ。

 こんな時にこんなタイミングで語り掛けてくる声?

 ロクなものじゃない。


 なのに――。


 《力が欲しいよね、スノウ、プレイヤー》


「欲しい……」


 《よろしい、なら練習から始めよう、運命を選び、運命に逆らう練習だ。君に使命クエストを与えよう》


 《メインクエスト”貴種の責務”》

 《クエスト内容”女達についていくか、クラスメイトを救うか”、を選んで》

 《報酬”預言の子スキルツリー”》


「…………あ」


 《これは練習だ、好きに選んでよ、スノウ。どの選択でも肯定しよう》


 考える。

 磔になった皆がいる。


 グレロッドの影響が無くなったおかげか、彼女達の魔力のおかげか、少しづつ顔色は元に戻っている。


 これなら、私のギフトで皆の体力を保たせる事ができる。


 でも、それだとついていけない。

 この女達を逃がしてしまう。

 大丈夫、皆は、精霊術の結界で守って、それでーー。


「だめだ……」


 ここを離れたら、多分――。


 渦に、彼女達が消えていく。


 もう間に合わなっ。


「転生勇者」


 深夜、夜の底に降り積もる雪のような音、しんしんと。


「これより先は、我らが居場所、我らの領域。貴女は、関係ない」


 ――あ。


 《――時間切れ、だね》


 しゅんっ。

 渦が消えると同時に、彼女達も消えた。


 《でも、報酬だ。君は選ばない事を選んだ。今度は選べるといいね》


 《神の使徒スキルツリーを入手しました》


 もう声は聞こえない。


 私の後ろにはクラスの皆がいる。

 安らかな顔で磔にされた彼らは皆生きている。


 私が、助けた訳でもない。


 私は何も選べない、私は責務を果たせない。


 私はーー。


「……私は、弱い」


 誰も、答えてくれる人なんていなかった。


 ◇◇◇◇


 その男は畑で1人、時を待つ。


 《スキルツリーを成長させました》


「ギフト・術式作成」


 《ギフトによりスキルツリーに干渉します、組み合わせ可能なスキルがいくつか存在します》


 視界に映る様々な情報の取捨選択。


 スキルツリーを眺める感覚はゆっくり溜まっていく銀行口座を眺める愉悦に似ている。


「……決めた、これとこれで」


 《呪力操作・強化と呪力性質・雷を融合させます》


 《”技能・雷の静脈”を入手しました》


 《貴方に近接戦闘を試みた存在は耐性チェックに失敗した場合、雷によるダメージを負います》


「おいおいおいおいおい、やべえ組み合わせ出来ちまった、天才かもしれん」


 《……プレイヤー、来ます》


 ナビの声に、男はゆっくり立ち上がる。


 畑をつぶしていた大渦がゆっくり、ゆっくり持ち上がるように空へ上って。


「よっと、こんなものかねえ、ちっ、追いかけてきてるね。転生勇者に仕掛けでもしとけば……あん?」


 大渦が収縮し、消える。


 代わりに上空に現れたのは女、黒羽の美女。


 彼女は息をするように眼下、畑の隅の丸太に腰掛ける男を殺そうとした。


 机の上の埃を払うような気軽さで向けた殺意はしかし、瞬時に疑問へと姿を変える。


「……待て、アンタ、なぜ結界の中に……?」


 困惑、驚愕。

 様々な感情の籠った顔で美女はつぶやき。


「トマト」


「えっ」


「トマトを、返せ」


「は?」


「出来ないなら」


 男の声、静かに。


「死ね」


 優秀な魔法使いは、目と目を合わせただけで勝負の行方を理解する事が出来る。


 1000年を生きた伝説の魔法使い。

 彼女の脳内を駆け巡った感情、それは――


「ひっ」


 魔と呪。


 異なる世界の超常頂点、人外魔境の殺しの道具。


 魔法と呪術。


ホルガ村、魔呪術合戦ーー。


「術式展開」


 ――始め。

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