第26話 女の戦い その2

 

「転生勇者、今、貴女とおしゃべりしてる時間はない」


 つま先から頭のてっぺんまで一気に寒気が走る。

 彼女がゆっくり、私を地面に降ろす。


 そのまま見下ろすその冬底の瞳。


 会話を間違えれば、死ぬ、そう、思った。


 《プレイヤー、やめておこう、まだ彼女達には勝てない。でも、ここを生き残れば君は強くなる》


「……」


 《強くなるんだ、そうすればキミの願いは叶う。……わかるね、プレイヤー》


 白。

 雪と絹を混ぜたような新雪の髪の毛がそよぐ。

 暗い冬空を包んだ瞳が私を見下ろして。


「……貴女には生き残ってもらう。我が王の道の為に」


「お、う……」


 誰。

 そう、聞こうとした瞬間だった。


「ひっひっひっひ。器用じゃないかい、兵器ども。まさか全員見事に庇うとはね。……ふむ、これは、旗色が悪そうだ、その技量、戦闘力、表舞台に立つ七剣や七賢共に匹敵するね」


「逃げられると思わないでくれよ、グレロッド。君にはいろいろ聞きたい事がある。神の使徒の事、神々の事。この世界の真実……」


「聞いてどうするつもりだい? ああ、哀れな駒どもが。ひひひひ。あたしゃね、こんな所では死なないよ。……でもね、兵器ども、アンタ達、お上品になった代わりに、少し弱くなったね」


「「「……」」」


「おや、自覚があるのかい? ひひひひ、ああ、アンタ達の心が見える……アンタ達は恐れている……いつか来る、終わりの時を……暖炉の暖かさを知った獣が二度と外には出れぬように……失うのが怖いのかい? アンタ達を変えたのは、男かい? ――男の趣味が悪いね」


「……安い挑発ね、でも効果はきちんとあったみたい」


「……訂正する必要はないよ、君とお話する気はなくなった、話は死体にしてから聞くとしよう」


「ふへへへへへへ、マスターは、マスターはシュミ悪くないもん! ……は? マスターのわ、悪口? へ、へいとすぴーち……!!」


 ぞっ。

 身体は叫ぶ、今すぐここから逃げ出せと。

 心は囁く。見ろ、と。


 ああ、気づいてしまう。


「なんで、……全員、私達の服を……私達とあの人の思い出、なのに」


 誰に届くはずもない虚しい一言を漏らすだけ。

 事態は動き出す。


「ガキ共。魔法戦闘の講義をしてやろう。基本的に私達魔法使いの優劣は固有魔法の質、魔力の量、ギフトの階級で決まるもんさね」


「授業を聞くつもりはーー」


「だけどね、もう一つ忘れちゃならない事がある。ーー近接戦闘さ」


「っ!?」


 がぎいいん!!

 金属音。

 爪と剣がかち合う音。


 目で、追えない。


 老婆であるはずのグレロッドが目にも止まらぬ速さで、白い髪の騎士に飛びかかって。


「レッスンだ、ひよっこども。魔力操作の極意を見せてやろう」


「それは……」


 剣と素手のつばぜり合い。


「魔法戦闘はね、ただの天才や化け物がいつも勝てるほど甘くないんだよ、ひよっこども」


「――ホワイト! 呪力を纏え!! 防御しろ!」


 赤い髪の女、†nana†さんの戦闘衣を着てる女が、叫んで。


エーテルシフト魔力転変


「ッッ!」


 黒い光がさく裂する。


 目が焼かれそうな輝き。


 魔法戦闘の技術の極み、講義で聞いた。

 魔力を極めた者がたどり着くいくつかの到達点。


 極地に至る魔力操作は、生命を時間の概念から解き放つ。


 一部の信仰の中で秘法として伝わるのは、魔力による全盛期を超える姿への変身。


「この姿になったのは、久しぶりだねえ」


 鴉羽を纏う漆黒の美。

 老婆であったはずの彼女はもうどこにいない。


 大樹の年輪のような皺は消え、月明りのような白い肌へ。

 その声は


 ハグレイヴン。


 知識として知っている。


 永い時間を生きた魔法使いは、変質する。


 竜、怪物、魔女、人を超えた存在へ成り果てる。


 グレロッドはそのステージの魔法使い。


 美しい黒髪と、羽根を纏う美女が、にまりと笑って。


「ッ」


 黒衣の女達の表情が変わる。

 彼女達も気付いたらしい。


「どうれ、お手並み拝見……」


「チッ」


 グレロッドが、伝説に語られるレベルの脅威だと。


 ギャリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!

 金属が悲鳴をあげているような音。


 魔女が鋭い爪で黒衣の女達の剣戟を弾く音だ。


「ははははは! どうしたんだい、どうしたんだい!! 支配、戦争、飢餓! 本当にらしくない! 違うだろう! アンタ達はこっち側だろう!」


 黒い暴風と化した魔女の攻撃。


 彼女達は、それを防ぐだけ。

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