第22話 過去よ、今はもう届かぬ過去よ《クラスメイト・スノウ視点》

 つまりは。こういう事らしい。


 聖堂に明日の魔法学校入学の説明の為集められた私達は代理として、連れ去られた。


 彼女達の計画。


 蟲の教団の悲願。死の女神の復活、その為の生贄という事らしい。


「ああ……愛しい愛しいブルーミルク。私の可愛いブルーミルク、ようやくアンタに会えるよお」


 蟲の教団の黒いローブに身を包んだ老婆。

 私は彼女に見覚えがあった。


「ホルガ村の転生勇者! 預言の子達、アンタ達を死の女神に捧げて、私は愛しい人を取り戻す……ああ、グレロッドおばあさんはねえ、絶対に諦めないんだよお」


 家無しの子供達の世話役、ホルガ村のグレロッド薬師だ。


「……皆、は?」


「おやあ、おやおやおや、さすがはあの辺境伯家のご令嬢……スノウ様、アンタ、ほんとに7大神と主神に愛されてらっしゃるねえ」


「……質問に答えてください、皆は、まだ生きてるんですか?」


 暗い、洞窟だろうか。

 私達は皆、広間のようなスペースで磔にされている。

 ああ、手や足、きっとひどい事になってるんだろうな……。

 ゲームのライフ・フィールドではよくあるイベントだけど実際に当事者になると笑えないや。


「ああ、優しい優しい羊のお嬢さん、安心おし、まだ生きてるとも。死の女神が喰らうのは命なんだ、彼女が喰らうまでは生かしておくに決まってるじゃないのさ」


「「「「「「…………」」」」」」


 四方八方。


 まるで墓標のように無造作に立てられた十字架に、皆、磔にされている。

 アキも、ナツ君も、ハルちゃんも、意識はないけど息はしている。


 でも、良くない。

 顔中に、黒い痣が浮き出ている。あれは、ダメだ……!

 早く治療しないと……!


 ――ギフト、精霊術師、起動。


 お願い、皆を守って。


 私にしか見えない淡い光。


 私の声に反応した彼らが、皆の元に散らばって。


「……スノウ様、アンタ不思議な子だねえ。死の紋がまだ命に触れてない。ギフトの影響かねえ、たくさんの精霊がアンタを守っている……そこのきれいな顔のお兄ちゃんも同じく精霊に好かれてるけど……闇の精霊は、死の女神を恐れるからね、ひひひひ、かわいそうに」


「なんの、話でしょうか……」


「ひひひひ、ごまかす必要なんてないさ、転生勇者、預言の子……7大神の使徒……これだけいれば、あいつらの代わりにもなるだろうさ、あの恩知らずの臆病者……支配、戦争、飢餓……奴らさえ直に5年前に贄になっていれば……」


「5年前……?」


 スノウ。

 自分の役割は分かるよね?

 ここだよ、私。

 責務を果たすべきは。


「……5年前に何があったのですか?」


 時間を稼がなきゃ。

 きっと、マリス教会や辺境伯家がここを見つけてくれる。


「ああ……スノウ様はご存じないのかい? 確か報告ではアンタも関わってた筈だけどねえ。……見覚えがないかい? この場所、この洞窟に」


「……5年前、洞窟……あ……」


 見覚えが、あった。


 5年前、初めて本物の死体を見たあの夜。

 無意味に積まれた死骸。

 誘われるように向かった洞窟。


 あのお面の人と、3人の少女達――。


 あの日の事を覚えているのは私だけ。

 洞窟に入った後の事は教官ですら覚えてなかった。


「そうさね、ここは死の女神の逸話が残る地。彼女の永い旅の1つの中継点さ……そこかしこに死の残り香がするだろう?」


「申し訳ありませんが、私には分かりません。グレロッド。この地を治める辺境伯家の血に連なる者として貴女に命令します、即刻私達を解放しなさい」


「けひゃ! ひひひひ、お嬢様は強気だねえ……ああ、貴女の命から恐れを感じる……そして、それと同じくらいの気高い光も……綺麗だねえ……アンタはいい贄になるよお……」


「貴女は死の女神を復活させて何をしたいのですか……?」


「ああ、けなげだねえ、アンタは恐れの中でも希望を見ている。泥ではない、星を見る人間だ、死は、アンタみたいな命が大好きさ……」


 駄目だ、会話にならない。

 それどころか、何か変だ。

 この老婆の言葉が響くたびに頭が――


 


「ああ、アンタ……声が聞こえるんだね、7大神の玩具か、それとも、砕けたマリスの子か……まあ、どっちでもいいさ。スノウ……アンタは良い子だねえ」


「あら、そうですか? でしたら、どうでしょう。年長者としての慈悲など見せては?」


「ひひひひひ、それに賢く、度胸もある。ああ、私の若い頃を見てるようさ。スノウ、私はね、この短い時間でアンタの事が好きになってきたよ。――理解してるんだろう、このままじゃ、皆死ぬって」


「……っ」


「転生勇者のギフトは、主神と同格である我らが女神の前では無力……死の紋はゆっくり、アンタのお友達、大切な者の命を蝕んでいる……ああ、アンタからまた焦りを感じる……マリス教会や辺境伯家の助けを期待してるね……無駄さ、ここは大儀式級の魔法結界で隠蔽されてある……たとえ、教会の高等執行官でも解呪は不可能さ……」


「……心を読めるのですか」


「あんたも長生きすればできるさ、声を聴く事が出来るアンタならね。私も昔は、神の使徒プレイヤーだったからねえ」


「……神の使徒プレイヤー?」


「ああ、そうさ、この世界は終わりのない神の遊戯盤……アンタは選ばれたのさ。ああ、似ている、似ているねえ、アンタと私は……」


「そうですか? でも、私、黒の服似合わないんです。グレロッドおば様は、ずいぶん、黒がお似合いで」


「ああ、可愛いねえ、スノウ。強がって。ほんとは怖くて怖くてたまらないのに。逃げ出したくて放り出したくて、ほんとはもっと自由に、好きに生きたいのに。アンタはその気高さ故にアンタから逃げ出せない」


 彼女が目をつむり、歌うようにそらんじる。


 ぞわり、胸の中にある何かに触れられるような感覚――。これは。


「アンタの心が見える……ああ、こんな所まで似てるんだね……あんたの幸せは、過去にしかない」


「何を……」


 息が荒くなる。

 何か嫌な予感がした。

 会話のペースを持っていかれてる、ダメだ、心を読まれてる……。


「ああ、賢い子だ。周りの転生勇者達の死を、精霊で守ってあげてるんだね。……ひひひ。じゃあ、こうしたら、どうなるんだい?」


 ずっ。


「あっ」


 何かが、入ってくる……。

 彼女の手のひらから伸びる黒い、影の手?

 それが、私の胸を貫いて。


「ああ、安心おしな。私の死の手は、肉体には影響しない。心さ、綺麗な心だねえ、でもなんて中身は脆い……鉄のような外壁は、やわらかい心を守る為のものか……おや、どうしたんだい? スノウ?」


「あ、ぐ……」

「ぐああああ…………」

「う、ううううう……」


「「「「「いたい、くるしい……」」」」


 磔にされたみんなが、苦しそうに呻く。


 ――まずい。

 集中が、ギフトによる精霊のコントロールが……!


、集中しなきゃあ、ダメじゃないか」


「ぐ、あ、あなた……」


「良いギフトだねえ、精霊の統制なんて、それはもはや神の領域の業さね。S級ギフト……ああ、哀れだねえ、生贄の子羊……」


「なに、を……ぐっ」


「なに、そろそろ仕上げさね。まずはアンタのお友達を死の女神に捧げよう」


 クラスメイトの皆のうめき声がさらに強くなる……。

 精霊による死の進行の遅延が、できない……。


 どうしよう、どうしようどうしよう、どうしようどうしようどうしよう。

 私が守れないせいで、私の力不足で皆死んじゃう……

 やだ、やだ、やだやだやだ……。



「ああ、可愛いねえ、――あんたの絶望が見える。固い固い心の壁が崩れていく。……おや?」


「ひっ」


 身体が硬直する。

 彼女の力が、何か、私の決定的なものに触れた、そんな気が――。



「ああ、やっぱり、よく似てる……アンタも悲しい恋をしたんだねえ」


「――」


 あ……。

 見られてる。

 心を。


「短くも、駆け抜けたこれは……冒険の記憶かい? でも、不思議だ、この世界じゃないね」


「あ……や、め」


「魔法、戦い、魔物、争い、交流、生活、見えるよ、ああ、アンタ、本当に楽しかったんだねえ。自らが課した生き方よりも、本当のアンタでいられた場所……いい仲間だった。良い友人だった。そこでは誰も、アンタを王族として扱わなかった。ただの一人の人間としていられた」


「や、めて」


「アンタの心が見える、ああ、楽しかったねえ。遊び、戦い、旅をして、家を建てて、畑を耕して、また遊ぶ。本当にやりたい事はそれだったんだ。――それに気づかせてくれた男がいたんだねえ」


「み、ないで」


 ――――まさん! 今日、獲得経験値1.5倍キャンペーンらしいっすよ! 首狩りウサギ狩りに行きません? え、生態図鑑? はえーそんなんあったんだ!


「どこまでも楽しそうに、何かを追い求めるその男、出会いはたまたまだったのかもしれない。でも、家族に隠れてその男と会う時間だけが、アンタが真に安らげる時間だった……」


「ほんとに、やめ」


 ―――るまさん、さっきギルドハウスのマネキンに新しいギルドの制服飾っておきました! デザイン機能初めて使ったんで下手くそですみません。


 ――きだるまさんの服には雪の結晶のデザインにしてみました、あ、気に入らなかったら消してくださいね


「うれしかったね、ただ仲間として、ただ友人として。王族でもなんでもない自分を受け入れてくれるあの時間が――ああ、へえ……らいふ・ふぃーるど? げーむ……? ひひひひ」


 あ、あああ。


 彼女が、グレロッドが笑って。


「ギルド名、ブラザーフッド――」


「――やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 今まで生きてきて、一番大きな声が出た。


 ――スノウ、王族としてこのような低俗な遊びは相応しくない。わかるね?


 ――はい、お父様。


 あああああああああああ、あああああああああああああ!!!


「それに、それに!!!!!!! 触るな!!!!!!! 私の、私の大事なーー」


 私が自分で捨てた、捨ててしまったあの場所を。


「ああ、残念、集中が途切れてるよ、かわいいかわいいスノウ、いいえ」


 あ、しまっ。


「ゆきだるまちゃん」


 皆の顔に浮き出る黒い死の紋が一気に広がって――。


 あ、皆、死んじゃう。


 私が、私のせいでーー。



「「「そして我らは呪いの歌を」」」


「「「神々の座にまで届くように」」」


「「「愛しき我らが王の歌を謳いましょう」」」


 ぞっ、とするような魔力が吹き抜ける。


 みるみるうちに、皆の顔に浮いた黒いアザが消えていって。


「えっ」


「……誰だい? 客人を招いたつもりはないんだけどねええ」


 闇が動いた。


 洞窟の暗がりに、彼女達はいた。

 3人の黒い……服装、あれは……パーカー? 


 それにあの靴……スニーカー?


 えっ?


「グレロッド・マジャーム。蟲の教団の宿老にして、ホルガ村、家無しの管理人ね」


 月の上で歌う妖精のような声。


「おやおや、なんだい、無礼だねえ、グレロッドお婆さんの秘密を知ってるのかい? 何者だい、アンタ達」


 グレロッドの問いかけに、彼女達はすぐに答えた。


「ブラザーフッド」


 えっ。


「我々の名前は」


 ちょ。


「「「カース・ブラザーフッド」」」

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