第10話 転生者の洗礼〈クラスメイト視点・スノウ〉

 ◇◇◇◇



「はっ、はっ、はっ……」


 呼吸が、跳ねる。

 血の匂い。

 脂の匂い。

 まとわりついて離れない。


「スノウ……ほら、水……少し口に含むといいよ」


「あ、ありがとう、でも、大丈夫……」


 差し出された革袋の水筒は受け取らなかった。


 とてもじゃないが、今、何かを口に含む事は出来ない。


「うえええ、おえええええ……」


「ナツ~大丈夫~?」


「……ちっ、ひでえ有様だ。これは……獣やモンスターだけの仕業じゃねえな、おい、ガキ共、気を引き締めろ」


 ここには死が積まれています。


 簡単な訓練のハズでした。

 

 私達、転生勇者に与えられた今日の訓練は、夜間警備。


 村の周りを歩いて、危険なものがないかをチェックする。

 それだけのはずでした。


 でも、今私達の目の前に広がるのは、骸の山。


 生まれて初めて嗅ぐ死体の香りは、妙な甘ったるさで本当に気持ち悪くて。


「アキ。お前のギフトに反応はあるか?」


「……何もないです、教官。周囲に生きているものは何もない」


 私達は転生勇者。

 そう呼ばれる存在です。


 主神マリスの力によって召喚され、この世界で新たな命を授かった者。


 私達の力、ギフトもまた、マリス様、もしくはそのしもべめある7大神からの贈り物。


 ギフトを受けた者、ギフテッド。

 私達の事をそう呼ぶ人もいます。

 

 あの日、転生した私達は全員ギフテッドに目覚め、勇者として教育を受けています。


「……無理しないほうがいい、僕も、君もまだ前の世界の常識が残ってるんだからね」


「そう……ですね」


「むお~、こ、こういうグロいのは苦手……ハル、なんで大丈夫なの?」


「私、ホラー好きだからね」


 今、この世界で私がはっきりわかっている事は2つ。


 前世の記憶がある人といない人の2種類がいる事。


 そして。


「でも、それよりもさ、私、少しづつ、前の世界の事忘れてるっぽいんだよね。皆が友達だってのは覚えてるけど……えっと、なんで仲良くなったんだっけ?」


 死体を見てもけろっとしたままの春ちゃんが首を傾げています。


 ……ゆっくり私達は前の世界の事を忘れていってる。


 この残酷な世界の常識に塗り潰されていくのです。


 これは私、知ってます。

 

 日本語で言うマジヤベエパターン、という奴です!



「……この装備、山賊にしてはやけに潤沢だな。それに、どうもテントの数と転がっている死体の数が合わない」


「どーゆー事、先生?」


 オレンジ色の快活な少女。

 私の友人、ハルちゃんが転生勇者の教育係たる先生に問いかけます。


 聖マリス教会最強の騎士。

 

 騎士ユダール。


 彼にとっては、こんな風景慣れたものなのでしょう。


「死体が少なすぎる。だが、残留魔力からして、逃げたとかではないな。ここで全員殺されて、そして一部は……召喚、もしくは使役したモンスターか何かに喰わせたのかもな」


「げっ、そんな事出来るの? 魔法ってこわー」


ハルちゃんがけろっとこたえる。

さ、さすが、超売れっ子のアイドル。

本番慣れしてるというか、度胸があるというか……。


「お前達もいずれ出来るようになる。いや、帝国の為に出来てもらわないと困るんだよ、預言の子達よ」


「はーい。で、教官これ、どうすんのー? ナツ君はもうげろげろなんだけど」


「おえええええ……人、人が、本当に死んで……」



ナツ君はハルちゃんと違って、一番きつそうだ。

イケメンのモデルさんでも得意不得意はあるよね……。


「もう少し軽めの訓練のつもりだったんだがな。教会になんと説明したものか。――ん、こいつは……ちっ、さらに面倒なモンを見つけたな」


「この黒いローブ、これって」


 木の幹に寄りかかっている死体。

 お腹に空いた大きな傷が、致命傷でしょうか。


「うえ……」


 怖い……人が当たり前に死んでるこの場所が。


 うう、ライフ・フィールドでは結構定番のイベントだけど、現実だと迫力が違うよう……。


「……スノウ、休んでなよ。顔色、悪すぎ」


「アキ、ありがとう。でも、大丈夫。……慣れなきゃダメなの。私、勇者なんだもん」


「……見ててキツいんだよ。向いてないだろ、君に。こんな場所、ほら、そこ座って」


「アキ」


「っ」


「私は大丈夫です。私の言葉が信じれませんか? 我が騎士」


「……その言い方は反則でしょ。本当に無理って判断したら無理やり連れて帰るから」


「ごめんね、アキ」


 こんな所で躓くわけにはいかない。


 私はこの世界で強くなるんだ。

 その為に勇者として教育を受けれるこの環境を失う訳にはいかない。


「……お嬢様、アンタ、育ちの割には根性あるな。根性ついでに授業の復習だ。そこの死体、なんか気付く事はあるか?」


「ええ、教官。この服装は……確か今日の授業で習ったーー」


あ、違う、これ、見た事ある。

ライフ・フィールドで出てきたボスキャラが着てたような。


「蟲の教団……その幹部メンバーの服装だ。少なくとも帝国のビンゴブック手配書でSS級の賞金首だな」


「SS級!? えっ、それってもしかして一級冒険者の教官より強いって事?」


「バカ言え、勝つさ。だが、お前らのお守りが出来るとは思えねえ、こいつがもしまだ生きてりゃ……」


「……もしかして、さっき感じた”ギフト”の気配って」


「こいつと、こいつらを殺した何者かの戦闘の余波だったんだろう。あの感覚は少なくともA級ギフト以上の力が発動していたはずだ。だが、ギフテッド同士の戦闘にしては……大人しすぎる」


「どういう事、ですか?」


「周りと死体を見ろ。授業で教えたろ? 高位のギフテッド同士の戦闘では周囲の地形が変わる事も珍しくない」


 先生が鋭い目をさらに鋭く。

 夜の風が、冷たくなった感覚がしました。


「にも、かかわらず。死体こそ多いだが、地形の変化どころか、暴れた跡も目立ったものはねえ。――ここで行われたのは、戦闘というよりも、狩りだ。圧倒的強者による一方的な狩り。まだ近くにいるかもしれねえ。蟲の教団の幹部を狩れるような化け物がな」


「……教官、それ合ってるかも……闇の精霊が、怯えてる」


 アキが身体に纏わせているのは黒い靄。

 彼のギフトが姿を持ったもの。


「アキか。お前のギフト、そんな使い方もできたか? 闇の精霊さんはなんて言ってんだ?」


「――王が来たって」


 教官の問いに、淡々とこぼれるアキの言葉が応える。


 彼の周りをふよふよと浮かぶ暗い紫色の光が、震える。


アキの指も同じく震えてる。

彼の指が指すのは、野営地の奥。


暗い、吸い込まれそうな洞窟の入り口。

血と死の香りがただよう、それを指さして。


「呪いの王がやってきた」

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