第8話 呪いの格式
「死にたかった……死ななきゃならなかったのに! 私は、皆の為に死ななくてはならなかったのに! この呪いを世界に振りまく訳にはいかなかったのに」
「世界を、壊したくなんて、ないんだ。死しかその方法がないからそれを受け入れた。ワタシはそれで、良かったんだ……呪いを抱えてここで、終わってよかった、それなのに」
「ふ、へ、あれ? あれれれれ、これ、死ねないって事ですか……? 皆、皆、死の刻印が消えてる……ふへ、ああ、また飢える、また吸わなきゃ、また殺さなきゃいけなくなる……呪いにまた飲まれていく」
ゴ、ゴゴゴゴゴ。
揺れる、揺れる、洞窟が揺れる。
うわー、すげー魔力。
普通異世界モノとかでは、女の子の命を救ったらもっと甘酸っぺえ感じになるのでは?
ふむ、これも俺がモブだからか。
世知辛い。
「あなたが、貴方がやったの? どうして……」
すげえ殺気。
ふむ、モブプレイだったらここでビビるべきだが……。
「俺がやりたいのは、悪役プレイなんだよな」
翁面かぶってるし、身バレの心配はねえ。
なら思い切ってやっちゃうか。
理想の悪役プレイ。
「答えて!! 旅人よ!!! なぜ、私達を生かした!? 私達の覚悟を知った上での狼藉かと、聞いている!!」
「ふふふ……ねえ、お願いだ、旅人君、なんで、君はワタシ達を助けた? 誰に頼まれたんだい……ねえ!!」
「ふ、へへ、あなた、あなた、あなたのせいで、あなたのせいで、僕、僕、また、また……化け物に」
震える魔力。
逆立つ髪。
金色の輝く瞳。
人外の存在達の怒気が世界を揺らして。
「知るか」
「「「……は?」」」
ははーんわかったぞ。こいつら。
なんか雰囲気的に死にたかった的なノリの奴だな。
3人とも、それぞれ事情があったんだろう。知らんけど。
ふむ、こういうパターンで俺の思う悪役、特に呪術師なんて職業の奴が言うセリフはこれでしょ
「貴様らの都合など俺にとってはどうでもいい。死にたいや生きたいなど、どうしてお前達のような塵芥の願いをこの俺が聞く必要があるのだ」
あれ?
なんか思ったよりすらすら悪役セリフ出てくるな。
《プレイヤー、装備している翁面の効果が発動しています。”翁の呪”により貴方が選ぶ会話選択肢は全て不和をもたらすものになります。加えて”呪術師”の職業クラスの影響により、他人との友好判定が極めて失敗しやすくなっています》
呪いのアイテムじゃねえか。
会話選択肢が変化って……いや、ライフ・フィールドでも確かそんなマイナス効果あったな……。
このままお面に意識のっとられるとかそういうのないよな。
いや、それもある意味、悪役っぽいか?
「い、今、なんて、なんて言ったの?」
あ、やべ。白髪ロング美少女がなんか美少女がしちゃダメな顔してる。
ここは穏便に――。
「聞こえなかったのか? お前達の都合など知らん。俺はそうしたいからそうするのだ。だが、あえて、貴様らの痴態に免じて答えてやるとすれば、だ。――たまたまだ。適当に殺そうとしたが、貴様らが勝手に生き返った、それだけだ」
よしよし、事実を元にしつつ相手とのコミュニケーションも取れている。
俺、コミュ力高かったのかもしれん。
ふふふ。ライフ・フィールドでは実はギルドマスターとかしてたしな!
まあ、なんか気付いたらメンバーいなくなってたけど。
どこに行っちゃったんだろうか、俺のギルドメンバー。
"雪だるまさん"と"世紀末災厄王†nana†"さん、"ロンゴミニアド石井さん"
まあいいか。
こういう時、ライフ・フィールドだとどんな風になるっけ。
もう戦闘に入るか?
「勝手に……? 勝手にってなんだい? キミはワタシ達の覚悟をなんだと思って」
「知らん、心底興味もない。生きててようが、死んでてようがどうでもいい」
表現をミスったか?
こう、本当はもっとなんか……こう。
生きるのも死ぬのも変わりないんだから生きてみれば的な事言おうとしてたのに。
「……はは、ははははははははははは!」
「く、くくくくくくくくくくく」
「ふへ、ふへへへへへへへへへへへへへへ!」
地面が揺れる。
彼女達の白、赤、黒の髪が揺れる。
「「「定命の者よ」」」
あれ、またなんか、雰囲気変わったな。
「我が名前は、支配」
「我が名前は、戦争」
「我が名前は、飢餓」
「「「我らは7つの終わりの予言、その3つを担当する者」」」
なんかどっかで聞いた話だな。
にしても7つか。
ライフ・フィールドの大型アプデも確か今、7つくらいあったっけ。
予定されてるのは残り50以上あるけど。
「「「定命の者よ、我らが姿を見よ、並ぶ者なき災厄の姿を」」」
肌がぴりつく。
気を抜けば、膝が崩れそうになる圧。
こいつら、強いな。
――ああ、だが、お前の敵ではない。
《レコード接続、敵情報解析開始――判明しました》
《7つの終わりの予言。支配、戦争、飢餓》
《脅威判定”APOCALYPSE級”》
《……会話の返答に注意してください、プレイヤー、彼女達は、危険です》
ナビの声が震えている、初めてのパターンだ。
揺らめく髪、噴き出る魔力。金色に光る眼。
気づけばいつのまにか、彼女達は鎧を纏っていた。
王冠をかぶった白い鎧。
巨大な剣を持った赤い鎧。
天秤を持った黒い鎧。
――お、おいおい。
変身系の能力……?
それ、お前らずるくねえか?
「定命の者よ、我らから死を奪いし者よ」
「これが我らの真の姿、7つを待つまでもない3つの終わり」
「世界を終わらせる終焉の従」
すげえ、なんか翼まで生えた……?
なんか禍々しい天使の、いや、悪魔の翼みたいな。
おいおいおい、まさか、こいつら。
この見た目といい、能力といい。
《プレイヤー……これは、相手が悪すぎます。即時退避を。……今ここで貴方を失うわけにはいきません、プレイヤー?》
ナビ子の声を聴き流す。
こいつら、もしかして……。
白い鎧の少女が言葉を漏らす。
「この姿を、見せたくなかった……ああ、こうなりたくなかったのに」
「世界を、終わらせたくない……なのに、終わってしまう、終わらせてしまう」
「ふ、へ……ああ、こんなのになりたくなかったのに」
ばぎり、ばぎ。
鎧の背中を突き破り、翼を生やす彼女達。
血の涙を流し、慟哭する彼女達。
「呪いよ……我が身を覆う大いなる支配の呪いよ……お願いだから、私と一緒に死んでよ……」
「呪いよ、我が魂に巣食う忌々しい戦争の呪いよ。お前が為すべき事など、ない。ワタシはワタシだ……!」
「呪いよ、我が心に根付く貪欲なる飢餓の呪いよ。飢えてしまえ……飢えてしまえ、お前は僕だけ食べて、終われよおお……」
頭を押さえて苦しむ3人。
マジか、コイツら。
素でやってんのか?
こ、こいつらのこれ、まさか。
お、俺がこの世界に来て日課の寝る前10分悪役妄想ロールで夢見た……!
「「「死にたかったのに! 死ななきゃならなかったのに!!」 」」
大いなる力に振り回され、それでもなお抗い苦しむという奴!
「「「この呪いは、ここで終わらせないといけなかったのに!!!」」」
闇堕ち悪役イベントじゃん!!
なんか悲しい過去もありそうだ!
格式高くかつ、趣深い!!!!
ああ、いい!
こいつら、良いぞ!
「ケヒッ」
あ、やべ。
テンション上がって変な笑い方しちゃった。
「「「――今、笑ったのか?」」」
彼女達の燃えるような金の瞳がいびつに歪む。
《プレイヤー……逃げて!! 敵の
ぶわり。
鳥肌が立つほどの圧力。
「なぜ、なぜ笑う……この、魂の色……転移者か、転移者……神の駒が、我らを嗤うか」
赤い髪の騎士が体をよじり、俺に手を伸ばす。
ぞくり、からだの細胞が怖気る感覚。すげえや。
「あ、へへ。また輪廻に戻る、飢えて奪って、殺して殺されまた殺す……ああ、死だけが安らぎだったのに」
黒い髪の騎士が血の涙を流し、俺を見る。
燃えるような金と赤の点滅を繰り返す瞳……いいな、赤目、それだけで悪役っぽい。
「――答えて、定命の者よ。なぜ、私達を助けた……何故この呪いを葬れる機会を奪った……なぜ、なぜ」
白い髪の美少女もまた、グルグルと渦を巻くようなやばい目つきだ。
ふっ、参ったよ。
まさか俺と同じレベルの完成度を誇る悪役ロールの猛者がいるとは。
《あ、あれ、き、聞いていますか? プレイヤー?》
「ケヒっ、ヒ――」
「「「また。笑った……」」」
「ああ、すまんすまん。滑稽でな。その程度の力で世界を滅ぼすだなんだと宣う貴様らが」
《プレイヤー? プレイヤー? うそでしょ? うそでしょ?》
ナビの泣きそうな声を無視。
ごめんな。
「……この、程度だと?」
「ああ、その程度の力、その程度の業で世界を滅ぼす。あまつさえそれを恐れて死を選ぶ、か、本気で言ってる分、救いようもない」
白い髪の騎士にそう答える。
俺の言葉に反応するように彼女の髪が大きく揺れている。
「……定命の者よ、其方のせいで我々はもう死ぬ事すら能わず。ワタシ達はもう、この呪われた運命から、人生から逃れる事は出来ない……世界はワタシ達のせいで終わる」
「それはそれは、ずいぶんと慈悲深い話だ。赤髪の騎士よ、だがずいぶんと傲慢でもあるな」
「ワタシが、傲慢……?」
「ああ、まあ、貴様だけではない、白い騎士も、黒い騎士もみな同じ。無知蒙昧、ここに極まれり、と言った所か」
《あの、プレイヤーほんとにやめませんか? ねえ、聞こえてますよね?》
ナビ、見てろよ見てろ。
己の力に振り回され苦しむ系の闇堕ちラスボス悪役。
それがこの3人だ。
素晴らしい。
間違いなくこの世界にきて、最高の3人だ。
だから、これは敬意だ。
俺も全力で演らなきゃ失礼だ!
「ふ、へへ。死にたいのに死ねないなら、もういっか、いいですよね」
黒い騎士が、がくりと項垂れる。
「あ、あああ、飢餓、ダメだッ! ダメだ! 決めた、じゃないか、私達3人で! こんな運命に負けないって! 私達は人として死ぬんだって!」
「……支配、済まないね。ワタシも、意識が薄れてきた……あはは。ーー戦いたい……殺したい、滅ぼしたい……」
赤い騎士も自らの頭を抑えて俯いて。
「お腹、空いた、足りない、欲しい、もっと、もっと」
「奪い、殺し、制覇し、戦う、ああ、さらなる戦争を」
「あ、あああ、嫌だ、私は、私は私のままでいたい! 死にたい、やだッ、支配に、そんなものになんてなりたくッ……な、い……いいいいらない、いらない、いらないいらないいらないいらなのに!」
ぼこり、ぼごごご。
彼女達の姿が変わる。
騎士鎧が溶け、ボロのようなマントに。
下半身はそれぞれ馬のように変化して。
顔には骸骨のような仮面がはりついて。
「ほう、それが真の姿か」
「我は、支配」
「我は、戦争」
「我は、飢餓」
3つの終焉の騎士。
「「「世界を終わらせる黙示録の者なりて」」」
世界はいつも、死にたがっていーー
「安心しろ。貴様らが世界を滅ぼす事はない」
悪役になろう。
今回のテーマは悪役の格式、美学。
力に振り回される悲劇系格式高悪役のコイツらを超える。
どうするか? 簡単だ。
「術式展開」
実力で捻じ伏せる。
《いや、プレイヤー、むり、無理です。不可能……え? これ、なんですか? あなたのステータスが、変化して……》
――試運転には丁度良い。ふむ。天岩戸を開くほどではなさそうだ。
あれ? なんか身体がポカポカしてきた。
「あ、ああああ、私は、支配……じゃない、私は、ーーアハッ、アレ? 私の名前、なんだっけ? アハ、アハ忘れた、忘れちゃっ、アハハ……あ、に、逃げて……旅人さん、この呪いは私が、ここで」
どうやらあの白い髪の奴はまだ若干理性が残ってるらしい。
真っ暗なドクロの眼窩から、涙が一筋。
いいね。
お前らのその格式高い悲劇ごと――捻り潰す。
「良い。存分に暴れてみろ。知れ。世界の広さを。そして」
――決戦術式第一門・八幡藪知らず・解。
口が勝手に開く。
喉が震え、舌が躍った。
「――教育してやろう、真の呪いのなんたるかを」
《一部のステータスのデバフが、解除されました》
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