【九色目】ブランの目覚め

ペルルが放った光は、アスル達が放った光とは比べ物にならない程の真っ白い光だった。

 例えるならば、雲のような、あるいは真珠のような、濁り毛のないどこまでも真っ白な光。

 その光は、グルナの黒い光を掻き消し、グルナも心までも取り戻した。

「す、凄い…!」

 その力に圧倒されて、ブラン達は暫くポカンと口を開けて立ち尽くしていた。



 ペルルの光が消えると、力を使い過ぎたのか、ペルルは地面に片膝をついた。

「先生!」

 慌ててブランが駆け寄り、ペルルの肩を抱く。

「大丈夫?先生!」

「少し、力を使い過ぎてしまったみたいだ…。気にすることはない、一日も経てば回復する」

 ブランが安堵の息をついた時だった。

 これで、何もかも終わったと、そう思っていた。



「ふん!さすがだな!ペルル!だが、これで終わったと思うなよ!」

 クロウが鼻で笑うと、いつの間にか村人達がブランとペルルを囲んでいた。

「な…っ!」

「マ、マスター!なんで?!」

 ブランは目を疑った。

 そこには、居酒屋のマスターやその息子、この前客で来ていた不良達と、見知った面々がいるのだ。



 しかも皆の目は等しく光が消えて真っ黒に染まっている。

「くそっ、こいつら全員、クロウに操られているのか!」

「私の可愛い屍達よ!そいつらの心を黒く塗り替えてしまえ!」

 村人達は、クロウに操られるがまま、黒の光を放つと、村人達はアスル達にも襲いかかった。



「やっぱ、こっちにも来んのかよ!」

 ルージュを解放していた手を離すと、咄嗟に立ち上がり、筆を生成すると、ヴェルデもそれに続いて筆を生成する。

「わ、私も…っ!」

「駄目っ!ルージュは疲れてるんだから寝てて!ここはボクとアスルでなんとかするから!」

 アスルとヴェルデが同時に呪文を唱えると、二つの色が混ざり合い、 水色に変化した。

 


(水色には、冷静、繊細、洗練、変化の意味がある!白には敵わないかもしれないけど、力を緩めるくらいはできる筈‼︎)

 ヴェルデの予想は当たり、黒の光はみるみる弱まって行く。

「よっしゃ!このまま畳み掛けるぞっ!」

 アスルの号令に同意して、ヴェルデも更に力を高めて行く。

 だが、力が弱まったのは最初だけで、それ以上はなかなか弱まらない。



「くっそ!なんでだよ!やっぱり、白じゃねぇと駄目なのかよ!」

「無駄口叩いてないで、集中して!」

「分かってるよ‼︎」

 思い通りにならず苛立ち、管を巻き始めるアスルに、ヴェルデが叱咤する。

 こう言う時、なんだかんだで冷静なのだ。



「なかなか頑張るじゃないか!では、これならどうかな?!」

 クロウは、更に村人の人数を増やすと、黒の力を増加させた。

「うあ゛っ!」

 二人の力は半減し、光は三分の一程に減ってしまった。

「くっそぉ!負けてたまるかよっ‼︎」



 アスルがまるで己を鼓舞するように叫ぶが、それ以上に力が強大で更に光が小さくなって行く。

「お願い!頑張って!負けちゃ駄目‼︎」

 ヴェルデの声も虚しく、とうとう光は掻き消され、アスルとヴェルデまでもが黒い光に飲み込まれてしまった。

「アスル、ヴェルデ!」

 ブランが二人に駆け寄ると、二人の目からは光が抜け落ち、黒く染まっていた。

「そ、そんな…っ!アスル!ヴェルデ‼︎」



「あはははは!その小さい子供の体でそこまで耐えたことは褒めてやろう!だが、残念だったなぁ!お前達はもう、私の操り人形だ!」

 アスルとヴェルデがゆっくりと立ち上がると、アスルはルージュの元に、ヴェルデはペルルの元へとそれぞれ瞬時に移動して、黒い光を生成した。

「だ、ダメ!お願い!もうやめて‼︎」



 ブランの叫び声に反応して、ペルルはやっとの思い出立ち上がると、最後の力を振り絞り、白い光を生成した。

 しかし、先程のような輝きはなく、規模も小さい。

「せ、先生…!」

 ブランの目からは、次第に涙が溢れ落ちた。

(このままでいいの…?このまま、自分は本当に何もしないままでいいの?)



「あーっはっはっは!なんていい光景だろう!長年夢にまで見た私達の夢が、ようやく叶う時が来るのだ!」

 クロウが高笑いすると、アスルとヴェルデは更に光力を上げて行く。

「だ、ダメ…っ!」

 このままでは本当に村人達が、自分の大切な人達が心を失くして、クロウの操り人形になってしまう。

(ダメだ!そんなの…)

 ブランは心の中で繰り返す。

「絶対ダメだ‼︎」

 その刹那。

 当たりを強大な白い光が現れて、周りの人々を飲み込むと、黒い光も音さえも全て掻き消した。



 光が消えると、その場に立っているのは、ブランだけだった。

 周りの人達は皆、地面に横たわっている。

 一体何が起きたのだろう、全く訳がわからないし、いつの間にか手には巨大な筆を握り締めている。

「えっ、えっ?!な、何が起きたの?!」

 ブランは自分身体を隅々まで見渡すと、はっと息を飲んでようやく周りの様子を確認する。



「そっ、そうだ!み、皆は…っ!」

「ん…」

 一番に目を覚ましたのは、ペルルだった。

「せ、先生!」

「ブラン…」

「大丈夫?怪我はない?!」

「なんともない…。なんともないが、何がどうなって…」




 ペルルはゆっくりと起き上がると、ぐるりと辺りに視線を巡らせた。

 どうやらその場にいた人々が全員自分と同じような状況であることをなんとなく理解した後、クロウの姿を探す。

「そうだ、クロウ!クロウは…っ!」

「私ならここだ…」

 後ろから声がして、ペルルは振り返ると、そこには先程までの悪魔のような顔をした彼女とは違う表情に変わった女がいた。



「お、お前、クロウか…?」

 クロウは照れくさそうに顔を赤らめると、罰が悪そうな顔をした。

「なんだ、何か文句あるのか?」

「い、いや…」

 ペルルが動揺してしどろもどろになっていると、クロウは深々と頭を下げた。

「すまなかった。こんなことをしてしまって…」



 突然の謝罪に、何がどうなったのか頭が追いつかなず、どんな言葉をかけたらいいのかいよいよ分からなくなって来た。

「私は、ずっと、思っていたのだ。こんな辛い思いをするならば、黒の力で心なんでなくしてしまえばいいと」

 彼女が話し出すと、無造作に瞳から涙がこぼれ出し、ペルルはようやくこれがペイントの力によるものだと言うことまでは理解できた。

 だが、一体誰が?

 クロウの謝罪は続く。



「だから私は思ってしまったのだ。こんな辛い思いをしているのは私だけではない。生きていれば、誰でも感じる感情なのだと。だから、この世から心なんて失くしてしまえばいいと!」

「だから、こんなことしたの?」

 急にブランの声が聞こえて、ペルルは振り帰ると。筆を持ったブランが立っている。

 そしてペルルはようやく気づいた。

 このペイントの力の発信源は、ブランだったのだと。

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