【八色目】クロウVSペルル

 ブランが叫んだが、遅く、グルナは黒い力に負けて、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

「先生!」

 グルナもまた生徒やジェイド達と同じく、目には光がなく真っ黒に染まっている。

「先生!先生!」

 ブランが必死に呼びかけるも、返事はない。




 ブランはどうするべきか必死に考えるが、未知の力を目の前にしては何も良い策なんて出てきやしない。

 それどころか、考えれば考える程恐怖心ばかりが込み上げて来て、ガタガタと体を震わせることで精一杯だ。

 だがブランは震える体を抱き抱えながらも、懸命に策を考える。

(こんな時、アスルだったらどうする?ルージュだったら、いや、ヴェルデだったら…!)

 


「無駄だ!そいつはもう、心を失くしたただの屍!自分の意思で動くこことはできない、ただの操り人形だ!」

「そ、そんな!」

「行け!私の可愛い屍達よ!この世界の人間の心の色を黒に塗り替えるのだ‼︎」

 クロウが叫ぶと、グルナは瞬時に起き上がると、筆を生成し、ブランを目掛けて呪文を唱えた。

 すると、赤の力を持つグルナの光の色が、真っ黒に変わっているではないか。



 万事休すか、ブランはもうダメだと鷹を括り強く目を閉じた。

 しかし、暫くしても体にはなんの変化もなく、ブランは恐る恐る目を閉じた。

 目の前には、先程までいなかったアスル、ルージュ、ヴェルデが、ギリギリのところで黒の光を三人の力で制した。

「皆、どうしたの?!先に帰ったんじゃ…」

「ブランが終わるまで食堂で待ってたんだよ!」

「なんで…」



「べ、別に俺が言ったんじゃねぇぞ!ル、ルージュ」が言い出したんだからな!」

 ほんのりと顔を赤ながら言うアスルに、ルージュとヴェルデはおかしそうにクスリと笑う。

「なっ、何笑ってんだよ!」

「本当は自分から言い出したくせに」

「ち、ちが…!」

「嘘つき」

 ルージュに続いてヴェルデも揶揄からかう。



「うっ、うるせぇ!俺のことよりもあっちに集中しろ!」

「ふん、バカが!お前達程度の力で私に敵うものか!」

 黒い光は一層大きくなる。

「くっそ!三人がかりでもダメなのかよ!」

「なんで?!青と赤と緑を足したら白になる!黒を変えるなら白なんじゃないの?!」



 確かにそうだ。

 黒を変えられるのは白しかなく、黒に白を混ぜたら灰色になる。

 灰色のプラスの力には、落ち着きや穏やかと言う意味があり、理論的には変えられる筈なのだ。

 だが、それで駄目だと言う理由が分からない。

 いや、全然分からないと言う訳ではなく、強いて考えられるとしたら、自分達はまだまだ未熟な子供で、相手は成熟した大人であると言うこと。



「でも、それがなんだって言うの?!今、そんなこと考えてたって意味ないでしょ!」

「ヴェルデ…」

 この中で一番大人しくなかなか感情を表に出さないヴェルデが、珍しく大声を張っている。

 確かに弱気になっている場合ではない。

 このままでは、ここにいる皆が心を奪われてしまう。

 それは決してさせてはならない。



「あはははは!なかなか頑張るじゃないか!だが、無駄だ!どんだけ頑張ろうと、私達、黒の力には勝てないのだ、決してなぁ‼︎」

 アスル達の抵抗も虚しく、白の光は黒の力に完全に掻き消されてしまった。

「あ、赤の力よっ!」

 咄嗟にルージュが呪文を唱えたが、クロウの方が早く、黒の光がルージュの体を包み込んだ。

「「「ルージュ‼︎」」」



 ブラン達が叫んだその時、ルージュの目の前に白い影が現れた。

「ペルル先生‼︎」

「遅れてすまない。生徒達の対処で来るのが遅れてしまった。今まで良く頑張ったな」

「先生…」

 ほっと安堵の息をついたルージュだったが、気が抜けてしまったのか、その場に倒れてしまった。

「ルージュ!」

「大丈夫、ちょっと気が抜けただけ…」

 ルージュは、なんとか皆に心配かけまいと、精一杯笑ってみせる。

「よかった…」



「これはまた、珍しい奴が来たじゃないか!久しぶりだなぁ、ペルル!」

 クロウは、ニヤリと怪しく口元を歪ませてペルルを見つめる。

「先生、知ってるの?!」

 ブランに聞かれるも、ペルルは何も答えようとはせず、代わりに答えたのはクロウだった。

「知ってるも何も、昔、私と同じ、黒の力に憧れていた一人さ!」

 皆は驚愕した。

「嘘、ペルル先生が、黒の力に憧れてた?!」



 皆は全く信じられなかった。何故なら、黒の力がいかに間違っているものであると言うことを誰よりも親身に教えていたのがペルルだったからだ。

「だって先生、言ってたよね?黒の力は全てを無にする能力だから危険だって!絶対、あってはならない力だって!」

 ブランの問いかけに、ペルルは僅かに眉根を細めた。

 すると突然、クロウが大きな声で笑い出した。

「あはははは!危険な力?あってはならない力だって?笑わせるじゃないか!」



「なっ、何がおかしいんだよ!先生、なんで黙ってるの?!嘘だよね?先生が黒の力に憧れてたなんて、嘘だよね?!」

 ブランに何度聞かれても、ペルルの口は硬く一つに結ばれたまま、何も答えようとはせず、本当に何も知らない様子のブラン達をおかしそうに、見つめる。

「答えたくないなら、私が代わりに答えてやろう」

「やめろ…」

 やっとの思いでペルルが口を開くが、クロウには届いていないのか、お構いなしに続ける。



「ペルル・リーリウム、こいつは昔、白のペイントであることを皆に馬鹿にされてたのさ。だからいつも孤独だった。だから、辛い心をも無にできる黒の力に憧れてたんだよ」

 ブランは言葉を失った。

 全く同じではないか。今の自分と。

 今でこそ、しっかりと自分の意思と誇りを持っているペルルにも、そんな過去があったなんて。

 でも、今思えば逆に納得できることもある。

 


 別に、先生達の風当たりが特別強かった訳ではないが、ペルルは一番自分に親身になってくれていた。

 いつも、馬鹿にされては落ち込んでいる自分に、いろんな形で励ましてくれていたのだ。

「そんなお前が、今や教える立場だなんて、全く持っておかしな話ではないか。なぁ、ペルル」

 なおもくつくつと小刻みに笑うクロウに、ペルルはとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、冷ややかな目でクロウを射抜いた。



「確かに、昔は黒の力に憧れていた。毎日こんな辛い思いをするなら、いっそ黒の力で失くなってしまえばいいと思っていた。でも、ジェイド達に会って分かったことがある。黒の力で心を失くしてしまえば、楽しいこともわからなくなってしまう、と。それに、どんなに辛いことがあろうとも、いつかは乗り越えられる時が来ると。だから私は、心を失くさないと決めたのだ‼︎」

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