【七色目】招かれざる客

実技試験の内容はこうてある。

 自分の能力と同じ力を持つ物質を、同じ力でプラスの力にに変えろ、と言うものであった。

「な、何よこれ!今までのテストとは全然違う内容じゃない!」

 ローザが動揺のの声を上げると、続けて他の生徒達も不満の声を上げる。

 これでは、今までやってきた勉強が全く水の泡になってしまうので無理はない。



「静かに!確かに、今までの内容とは異なるかもしれませんが、全く異なるものではありません。今までちゃんと勉強をしていれば自ずと答えを導ける筈です。それじゃあ、始め!」

 半ば強引に生徒達を嗜めた後、強制的に試験が始まった。



(じ、自分と同じ能力の物質を、全く別のものに変えるなんて…っ!)

 ブランは頭が真っ白になった。そんなこと、本当にできるのか、到底理解が追いつかない。

 だが、真っ先に手を挙げたのは、アスルだった。

(あ、アスル!もう分かったの?!)



 試験が行われる部屋に移動した先には、また別の試験管が控えていた。

「おう、さすがだな、アスル・ブラン。お前が最初だ」

 試験管はジェイドで、アスルは思わず顔を引き攣らせた。

 心なしか、この間蹴られた腹が、また痛み出した気がする。



「おいおい、そんなあからさまにいやそうな顔すんじゃねぇよ。おら、ささっと始めるぞ」

「筆よ!」

 アスルは筆を呼び出すと、詠唱した。



(青の力には、不安、冷酷、悲しみ、寂しさと言う力がある。だけど、それをプラスの力に変えると言うことは…!)

 アスルは深呼吸をして、核心をつくと、力強く筆を持ち上げた。

「青の力よ!我の呼びかけに応えよ!」



 すると、青い物質は先程まではただただ冷たい物質でしかなかったのに、力が宿ったのか暖かい光を放っている。

信頼、誠実、開放感、知性と言う力を手に入れたのだ。

「正解だ」

 ジェイドがにぃ、と満足げに笑みを浮かべた。合格である。

 アスルは、ほっと胸を撫で下ろすと颯爽と教室を後にした。



 それから一人、また一人とやってやって来ては、合格の紙を受け取って行った。

 赤い力を持つ者ならば、危険、緊張、怒り、争いなので、勇気、愛情、勝利、積極的などの力に変える。

 緑の力ならば、未熟、受動的、保守的なので、若さ、新鮮、癒し、安全などの力に変えればいいのだ。






 とうとう、教室はブラン一人となって、強制的に同行させられることとなった。

 しかし、ブランはこの後に及んで答えを導き出せずにいた。

 ただただ時間だけが過ぎて行く。

 先生達の視線が突き刺さる。もうだめだ、諦めかけたその時だった。



 教室の外から生徒達の叫び声が響いた。

「な、何?!」

「おい、お前ら!何騒いでやがる!まだ試験中だぞ‼︎」

 ジェイドが窓を開けて叫んだ時だった。

「な…っ!」



 目の前には、信じられない光景が飛び込んできた。

 先程まで合格通知を受け取って意気揚々と教室を出て行った生徒達が倒れている。

 これは尋常ではないといち早く悟ったジェイドは、窓枠を飛び越えて、慌てて生徒達に駆け寄った。

 一見ただただ荒くれ者で暴力的なジェイドだが、こう言う時の冷静さと行動力、は誰よりも軍を抜いていた。



「おい、どうした!何があった!」

「わ、分からない!さっきまで普通に話してたのに、いきなり意識を失って倒れたの!」

 ジェイドが生徒達の様子を観察すると、目から色がなくなっていることに気づくと、薄らとペイント同士だけが分かる特殊な力を察知した。



(こ、これは、ペイントの力だ…!だが、なんで…!)

 背後からとてつもない邪悪な力を感じて、ジェイドは咄嗟に筆を生成して振り返った。

「さすがだなぁ、ジェイド・クローヴァー。私の気配に気づくとは」

 目の前には、木の上に全身黒づくめのマントに包まれた人物が立っていた。



「なんで俺の名前を知ってる!誰だ、てめぇ!」

「私のことを忘れたか!寂しいなぁならば教えてやろう!」

 その人物は、身に纏っていたマントを脱ぎ捨てて正体を明かした。

「なっ、お、お前は!」



「ノワール騎士団が一人、クロウ!」

「く、クロウだと?!お前、三年前にペイントを剥奪されたんじゃ…っ!」

 ジェイドの話を全て聞き終わる前に、クロウと名乗った女は、手をかざし呪文を叫んだ。

「させるかよ!」



 ジェイドも咄嗟に緑の力を呼び出して対抗する。

 しかし、黒と緑では圧倒的に黒の力が強すぎる。これでは、いくら優秀な者と言えども劣勢に立たされてしまうのは、目に見えて明らかである。



「なかなか頑張るじゃないか!そんなに、人の心が大事か!」

「意味分かんねぇこと、言ってんじゃねぇ!!そんなの、大事に決まってんだろ!!」

 ジェイドの必死の対抗も虚しく、黒の光は、緑の光と共にジェイドまでも飲み込んでしまった。



「ジェイド先生!!」

 遅れてやって来たブランと先生達は、急いでジェイドの傍に駆け寄った。

 うずくまっているジェイドの顔を覗き込むと、目の色に光はなく、真っ黒に染まっている。



「せ、先生…?」

 とても邪悪な力を感じて全身に震えを感じた刹那、ブランは胸倉を捕まれて空高く持ち上げられた。

「ぐ…っ!う゛ぁ…っ!」



 ギリギリと首を締め付けられ、呼吸ができない。

 苦しくてこのままじゃ死ぬかもしれない。

 自分はジェイドに殺されてしまうのか。

 しかし、ブランは意識が消えゆく中で違和感を抱いていた。



 確かにジェイドは暴力的で容赦ない性格ではあるが、ちゃんと間違ったことを正そうとする時にしかその行為を行わないし誰彼構わず無差別に暴力を振るうような人ではないと言うことを分かっていた。

 この行為も、ジェイドが自らの意思で行なっているものではないのだ。

 ブランがとうとう意識を手放そうとしたその時だった。

「赤の力よ!我呼びかけに応えよ!」

「白の力よ!我呼びかけに応えよ!」



 グルナとペルルの呪文が響き渡った時、ジェイドは力が緩みブランは地面に落下した。

「ゲホ、ゴホッ!」

「大丈夫か、ブラン!」

 ペルルとグルナに助けられたのだと分かると、ブランはむせ返りながらも大丈夫だと頷いた。



「せっ、先生!ジェイド先生は?!」

 咄嗟にジェイドの様子を確認すると、目を閉じてグルナの腕の中で眠っている。

「大丈夫、眠っているだけですよ」

「よかった…」



 ブランはほっと安堵の息をつくと気が抜けたのか、その場で腰を抜かして座り込んでしまった。

「ブラン!?」

「だ、大丈夫…腰抜かしただけだから…」

「怪我は?」

「大丈夫…それより、皆が…!」



 ブランが皆の方に視線を向けようとした時だった。

 グルナの背後に、またあの黒い影の気配がした。

「あ、危ないっ‼︎」

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