【六色目】試験当日

試験は二日間に渡って実施される。

 まずは筆記試験を四教科を実施した後、実技試験が実施される。

 筆記試験は、それ程難しくはないが、実技試験がこれまた厄介で、ここで落脱する者も少なくない。



 一限目のチャイムと共に試験は始まった。

 一斉にテスト用紙をめくると、引き攣った表情をする者、余裕綽々の表情をする者、ただただ冷静に鉛筆を走らせる者、多種多様である。



 ブランはと言えば、緊張の面持ちで余裕でもなくかといって冷静と言うわけでもない、複雑な心境のようだ。

(今日の為にやるだけやって来たんだ。実技はダメでもせめて筆記だけは頑張らなきゃ…!)

 自分を奮い立たせて、それからはただただ無心に鉛筆を走らせた。



 四時限目のチャイムが鳴ると同時に、筆記試験は終了した。

 これで今日の日程は終了し、帰宅することとなる。

 (はぁ〜、やっと終わったぁ〜…)



 まるで全てやり切ったような表情で脱力していると、余裕そうなアスルの声が聞こえて来た。



「ようブラン、どうだったよ?」

「とりあえず、やるだけはやったよ」

「そうかい。まぁ、俺は余裕だけど」

「あーはいはい、分かった、分かった」



 自慢げに話すアスルを軽くあしらうと、カバンを背負って帰る準備を始めた。

「なぁ、今日俺ん家来ねぇ?実技の復習しようぜ」

「いいけど別に必要ないでしょ。毎年どっちも満点なんだから」



「まぁ、そうだけど今年は例年より難しいって噂らしいからよ。俺もちょっと不安かなぁって…」

 ブランは暫し思案すると、こう見えて自分を案じてくれているのだと察したブランは、笑みを浮かべて、「分かったよ」と答えた。




 ブランとアスルは三年前からの付き合いである。

 お互いの印象は最初こそよくなかったものの、それがここまでの仲に発展したのはある授業でのことだった。

 それは、二人一組で行う授業で、目の前にあるマイナスの物質を自分達の能力でプラスにしろと言うものだ。



 定時された物質は黄色い物質だ。

「これを、プラスに変えろってことか」

 アスルが物質と睨めっこして思考を巡らせている時、隣にいたブランが分厚いノートを取り出した。



「おま、なんだそれ?」

「ただのノートだよ。僕、人よりも覚えるの遅いから」

 こっそりと中身を覗き込むと、そこには授業で習った内容がびっしりと記されていた。



(こいつ、皆に馬鹿にされてる割に努力してんじゃねぇか)

 じは今でこそ馬鹿にすることは無くなったアスルだったが、最初は皆と同じように馬鹿にしていたのだ。

「えっと、黄色に宿る能力はプラスの場合、明るい、楽しい、活発、幸福で、マイナスの能力は、危険、緊張、不安、軽率か」



 ぶつぶつと呪文のようにノートを読み上げるブランにアスルは溜息をついた。

「簡単だろ、こんなん。黄色だったら緑に変えればいいんだから、俺の力を使えばいいだけだろ」

「あ、そうか!さすが、天才は違うね!」

「なんか嫌味にしか聞こえねぇぞ」



 そんなことないよ!とブランが言おうとした時、隣ですでにクリアしたローザ達が、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべたのをブランは見逃さなかった。

「待って、アスル!違う!」



 既に筆を呼び出して呪文を唱えようとする寸前で、ブランはアスルを止めた。

「な、何が違うんだよ?!」

「ちゃんと課題を確認して!これは、一人二組でやる授業だ!つまり、僕とアスル、二人で遂行しなきゃいけないんだ!」



 ようやく理解したアスルは、持ち上げた筆を下ろした。

「だっ、だったらどうするんだよ?お前、まだ自の力、使ったことねぇんだろ?」

「たっ、確かにまだ使ったことない、でも、できるかもしれない!」



 言うが早いか、アスルは筆を呼び出した。

「さ、アスルも!」

「目、命令すんなよ!」



 文句を言いながらも、アスルはブランに続く。

「青の力よ!」

「白の力よ!」

「「我が問いかけに応えよ‼︎」」



 二人の呪文が綺麗に重なった時先程まで黄色だった物質は黄緑に変化した。

「き、黄緑…」

 予想外の色に、二人はポカンと口を開けて立ち尽くした。



「合格だ」

 後ろから、ペルルの景気のいい声が聞こえて来た。

「ペルル先生!」



「よく気づいたな。今回の課題の真髄を」

「あ、うん…そういえば、なんで二人必要なのかなって思ったから…」

「そう。ただ緑に変えるのなら、確かにアスルの力だけで十分だ。でも、今回の課題は、二人で遂行すること。つまり、定型通りとは違う色に変える、これが今回の課題の真髄だ」



「べ、別にそんなの言われなくても気でいてたし」

 子供のように唇を尖らせて、強がるアスルにペルルはふっと嘲笑した。

「なっ、なんだよ!笑うなよ!」

「だったら聞こうか、アスル・ブルー。黄緑の色にはどんな意味がある?」



 急に聞かれて、アスルは思わず口籠もる。

「あ!」

「どうした?ブラン・ホワイト」



「ふ、フレッシュ、希望、向上心…」

「その通り。それらは緑にはない力だ。それと…」

 ペルルは満足そうに笑うと、ちらりとブランを見やった。



「一人ではできなくとも、二人でならできることもあると言ううことを覚えていれば、君もいつか自分の真の力に辿り着けるさ」

「二人でならできること…」

 ブランは筆に視線を落とすと、ペルルはその場を去って行った。



 黄緑の力。

 それは、まるで自分に希望を持てと伝えているようにもブランは思えた。



「あれから二年かぁ…」

 アスルは自分の部屋で勉強道具を広げながら、オレンジジュースを片手に呟いた。

「なんの話?」

「いや、ちょっと昔のこと思い出しててさ」



「何?昔のことって」

「ほら、例の黄緑の試験のやつ」

「ああ、あの話ね」



 テキストを必死に見つめていたブランだったが、苦笑いを浮かべた。

「結局僕は、まだなんの希望も見出してないけどね」

「覚えてるか?なんであの時黄緑に変えられたか」



「アスルと力を合わせたから?」

「俺も色々調べてたんだけどさ、白の力ってもしかしたら単独で使うものじゃないんじゃねぇかなぁ?」

「と言うと?」

「だってよ、ブランもわかってるかとは思うけど、どの色に白を加えたところで、薄まるだけだもんよ」



「まぁ、それはそうだけど」

「だけど、他の色と一緒に使えば相乗効果を見出せる」

「そうかもしれないけど…」



 歯切れの悪いブランに、アスルは溜息をついた。

「不満かよ?」

「…だって、それって結局は一人じゃ何もできないってことじゃん」



 アスルは、唸り声を上げる。

「僕は、一人ででも力を使えるペイントになりたいんだ」

「そうかい…」

 アスルはもう一つ深い溜息を吐くとジュースで喉を潤した。



 




 翌日。

 実技試験は筆記試験が終わった後に行われることになっている。

 とうとうその日がやって来た。



 試験が行われる教室は、昨日よりも緊迫した雰囲気が漂っていた。

 試験管である、グルナが教壇に立つと、試験内容が発表された。

「え…っ」



 その瞬間教室全体がざわめいた。

「はいはい、静かに!制限時間は一人三十分!それまでにクリアできれば合格よ!」

 さぁ、始め!と言う合図と共に試験が開始した。

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