【四色目】兆候

放課後、この後もルージュの財布を探す為、早々に帰路に着こうとした時だった。

「あれ、ない…」

 いじめっ子の一人のローザが、鞄を漁りながら呟いた。

「どうしたの?」

「ないんだよ、財布が!」

「ええ?!」



 いよいよ只事ではなくなってきたと、周りもざわつき始めて、慌てて自分の持ち物検査を始め出した。

「私もない!」

「ぼ、僕も!」

 すると、クラスメイトの一人が、そう言えば、とポツリと口を開いた。

「今日、体育の授業の時、ブランとアスル、いなかったよね?」

 


 皆が一斉にざわめき、ブランとアスルに注目が集まる。

「お、おい…お前らまさか、俺達のせいにするんじゃねぇだろうな?」

 口元を引き攣らせるアスルに、今度はブランが弁解する。

「そ、そうだよ!僕達はただ先生に頼まれ事をしただけで、教室には戻って来てないよ!」

 ローザが何を思ったのか、ブランとアスルの鞄を許可なく勝手に漁り始めた。



「やっぱりあった!」

 二人の鞄の中から財布を見つけたローザが、高らかに声を上げた。

「あたし、テレビで見たことある!こう言う時、だいたい財布を持ってる人が犯人なんだって!」

「ち、違うよ!僕達がそんなことしてどうなるって言うんだよ!」

 ブランが懸命に反論するも虚しく、周りは一斉にブラン達に詰めかけて、口々に好き勝手な言葉を投げつける。



「どうせ、普段あたし達が虐めてたから、腹いせに盗んだんでしょ?」

「そう言えば、アスルもさ、ずっとブランと仲良かったよな?もしかしてあんたが計画を持ちかけたんじゃねぇのかよ?」

「そうそう。いい子ぶってるけどさ、本当はあんたも心の中ではブランのこと馬鹿にしてるんでしょ?だから、ブランに盗みを働かせようとしたんだ」



 あることないこと責め立てられて、とうとう耐えられなくなり激昂したアスルが、筆を呼び出して青の力を使おうとした時だった。

「だっ、ダメだ!ペイント同士で力を使うのはルール違反だよ!」

「うるせぇ!止めんな!俺のことは何て言ってもいいけどな!ブランのことを悪く言うのだけは許せねぇ!」

(だっ、ダメだ!ルール違反を犯してしまうと、試験が受けられなくなって、ペイントの資格を強制的に剥奪されてしまう!そんなのダメだ!)



 その時。

 突如教室に目を覆いたくなる程の強い真っ白い光が現れた。

「なっ、何?!この光?!」

「どこから出てるんだよ?!」

 その光は、一瞬にして消えてしまった。

 まだ光の残像が残り何が起こったのか理解できない皆は、お互い顔を見合わせて、何が起こったのかと探り合っている中、ブランは自分の胸にあるコンパクトを掴んだ。



(今の、もしかして…)

「おいこら、てめぇら!今何してた!」

 背後から強烈な威圧感を察知して、皆は一斉に振り返ると、まるで岩のようにゴツゴツした肉体の男が、立ちはだかっていて、クラスメイト達はひっ!と上擦った声を上げて後ずさった。

「ジェッ、ジェイド先生‼︎」

 彼は、先生の一人で、二十八歳と先生の中では最年少の、緑の力を持つペイント、ジェイド・クローヴァーである。

 


「おらぁ!アスル・ブルー!今の青い光はテメェだなぁ!」

 流石のアスルも一瞬怯みはしたものの負けじと食い下がる。

「なっ、なんで俺だってわかるんだよ!青い力何て、俺じゃなくても他にい…」

 力一杯反論しようとしたが、その言葉は腹に蹴りを入れられて制された。

「あ、アスル!!」

 腹を抑えてうずくまるアスルに、ブランが慌てて駆け寄る。



「うるせぇな。俺を誰だと思ってんだよ。同じ色だっつてもな、ペイントそれぞれちょっずつ違うってことくれぇ、わかんねぇのか!つか、習っただろ!黒は二百色あるんだって!!」

 そうなのだ。ペイントも千差万別で、全く同じ色はないのだ。

 しかし、それを識別することは相当な技術を要するらしく、一朝一夕で得られるものではないらしい。



「ま、待って下さい!」

 慌てて叫ぶブランに、ジェイドは目を細める。

「た、確かにアスルはルールを犯しました!でも、それは私利私欲の為じゃなくて、僕を庇おうとしただけで…」

「何言ってんだ、お前」

「え?」

「何勘違いしてっかしらねぇけど、俺はただ喧嘩を止めに来ただけで、そいつを罰する為に来たんじゃねぇよ」

 ジェイドは重い腰を持ち上げて立ち上がると、ローザ達を冷徹な視線を送った。



「分かってんだろうな、お前ら。ペイントたるもの、憶測で人を疑い、感情に任せて行動するべからず。いかなる時も冷静に判断して仲間を守るべし。これ以上ブランをいじめるようなら、容赦なくペイントの権利を剥奪するからな」

 生徒達は、ようや冷静さを取り戻したのか、お互い顔を見合わせると、頭を下げて謝罪して、この場は収まった。






 あのあと、結局財布は見つからず、生徒達の力では解決できる事案ではないと判断が下され、先生達で処理する方向でまとまった。

「いてて、あんのクソ教師…。思い切り蹴りやがって」

 学校の帰り道、アスルがまだ強い痛みが残る腹をさすりながら、愚痴をこぼす。



「大丈夫?治そうか?」

「馬鹿、ペイント同士で力を使うのは禁止だって、知ってるだろ」

 ヴェルデに心配そうに声をかけられて、アスルは呆れたように溜め息を付く。

「今ならボク達しかいないから、大丈夫」

 ヴェルデは、本気のようで、手をかざして号令をかける仕草をしてみせる。



「止めとけって。どこで誰が見てっか分かんねぇから」

 アスルは、ヴェルデの腕を掴んで制すると、突如現れた光を思い出した。

「そう言えば、なんだったんだろうな、あの光」

 学校の帰り道、アスルが空を見上げながらため息をついた。



「ちゃんと見てなかったから分からないけど、白い光だったよね?あれってもしかして、ブランの光だったんじゃ…」

 ルージュに言われてブランは改めて、コンパクトに視線を落とす。

「僕も思った。でも、なんで?別に呪文も何も唱えてなかったのに…」



 うーん、と四人が思案していた時だった。

 遠くから、女性の悲鳴が聞こえ来て、四人は声がした方向を瞬時に聞き分けて、慌てて走り出した。

「ど、どうしたんですか?」

 四人の中で一番足が速いブランが、真っ先に女性の元へ辿り着くと、女性の肩を抱き寄せた。

「つっ、捕まえて!スリよ‼︎」

 女性の視線を追った先には、この間校舎で見かけた少年がいた。

「あ、あの子!」



 刹那、ルージュのコンパクトが黄色に光り始めた。

「ルージュ!」

「任せて‼︎」

 ヴェルデに追い立てられて、ルージュはすかさず筆を呼び出した。

「赤の力よ!我の呼びかけに応えよ‼︎」

 辺りに現れた赤い眩い光は、少年を捉えた。

「やった!」

 暫くすると、赤い光は収まり、少年は意識を手放しそのばに倒れ込んだ。

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