【二色目】ペイントの力

 緑の力を持つ十五歳の少女、ヴェルデ・グリーンに連れられて、ブランとアスルは急いで居酒屋へ向かった。

 居酒屋へつくと、普段の賑やかさとは全く違う、店の外からでも分かる、ガラスの割れる音やけたたましい男達の怒号が聞こえて来る。



 そもそもなんで、喧嘩なんてし始めたのかと、ブランが訪ねる。

「何でも、パスタの食べ方が原因で喧嘩し始めて、誰も手がつけられなくなって…」

「パスタの食べ方って、くっだらねぇ!そんなんで喧嘩すんなよ、大の大人が!」



 ブランよりに先にアスルが盛大に突っ込むと、眉間に手を当ててやれやれと肩を落とす。

 店のドアノブに手を掛けてゆっくりドアを開いた瞬間、目の前を椅子らしき物が、冷たい風を切りながら横切り、アスル達はひっ!と上擦った声を上げた。



「なんだと、てめぇ!もう一回言ってみろ!!」

 店の中央で、ガタイが良く体には龍の刺青に、耳やら鼻やら至るところにピアスを開けた、いかにも悪そうな男が、罵声を上げている。



 普段から賑やかな店ではあるが、いつもの光景とは明らかに違っていた。

 店内はいつもならば、陽気な音楽が流れていて、賑やかな雰囲気を纏っているのだが、今日はまた打って変わった雰囲気だ。



 先程まで食事をしていたのであろう、テーブルはひっくり返り、料理が盛り付けられていた食器は床に飛び散り、悲惨な有様で、気の弱そうなマスターは、隅っこに隠れてガタガタと身を震わせている

 その横にはマスターを守るように立っている、もう一人のペイント、十七歳少女、ルージュ・レッドの姿がある。



 他に客がいないのが、不幸中の幸いであろうか。

 拳を食らった男は、鼻血を撒き散らしながら、上半身を90度捻るとすぐに反動で起き上がると、先程自分を殴った男に、強烈なストレートパンチを食らわす。



 この男もまた、喧嘩相手と同じような風貌で、いい感じに締まった体に、金髪のオールバック、同じく刺青にピアスやらネックレスやらが身体中に煌めいている。

「ああ!なんとでも言ってやるよ!パスタをスプーンを使って食うなんてなぁ、世界一の恥知らずだってなぁ!」



「おいおい、マジかよ…」

 アスルは思わず、血の気が引いた。

 壮絶な戦いとその内容が、全くもって噛み合わない。

 あまりにも、低次元すぎる。

 首にさげている心の色を表すコンパクトが、真っ赤に染まっているのだ。

 なるほど、これでは緑の力を持つヴェルデも、赤い力を持つルージュでも太刀打ちできまい。



 何故なら、緑の力で塗り替えたら黄色になり、黄色の力には「明朗」「躍動」「快活さ」などの力を与えることができるが、「注意」や「軽さ」なども含まれているので、これでは怒りを抑えることはできない。



 では、赤の力で塗り替えたらどうだろう?

 赤に赤を塗れば更に赤い力が増すだけで、怒りを沈めることができないどころか、促進させてしまうだけである。

 青の力で塗り替えれば、赤と青は紫になる。

 紫の力は、興奮を抑制する力と、大人っぽさを表現する力がある。



 つまり、頭に血が上っている彼らには、興奮を抑制した上に大人っぽさを加えて冷静になる力を与えれば、喧嘩は収まると言う考えである。

 自分達より遥かに年を重ねた大人達が、そんな理由で喧嘩するなんて。

 酒は人を変えると、父親から聞いたことがあるが、酒を飲むと人間は、こんなにも脳が低下してしまうのか。



 いや、それとも最初から低能だったのか。

 そんなこと考えていたアスルは、なんとか気を取り戻し、任務を果たす為、手を上空に掲げて己の等身程もある、巨大な筆を呼び出した。

「青い力よ!我の問いに応え、彼の者達の心を塗り替えよ!」

 アスルが叫ぶと、目の前に青い閃光が現れ、たった今まで怒り狂っていた男達の顔は、どんどん冷静さを取り戻して行く。



 光が収まると、顔面を目掛けて殴ろうとした男は目をぱちくりさせながら、男を見つめる。

「俺、何で今殴ろうとししてんだ?」

 相手の男も、訳が分からない様子できょとんとしている。

「さぁ…そもそも俺、何で殴られようとしてんだ?」



「パスタの食べ方がどうとかっつって喧嘩してたんだよ。覚えてねぇか?」

 アスルに言われて二人は顔を見合わせると、ああ!と声を上げたかと思えば、ワハハ!と豪快に笑い出した。



「そういえば、そんなこと言ってたっけなぁ!」

「馬鹿馬鹿しいことで喧嘩してたんだなぁ、俺たち!」

「いやぁ、冷静になって考えると、ほんとくだらねぇよなぁ!パスタを食べる時に、スプーンを使うか使わないか、なんて!」



 最初からくだらない理由だと言うことは分かりきっていたが、改めて理由を聞くと本当にくだらなくて、アスル達はお互い顔を見合わせて脱力した。

 男達は、肩を抱き合うと、先程まで物凄い剣幕で喧嘩をしていたとは思えない程に、平穏を取り戻した。

 アスルは、一歩踏み出すとまだ隅っこで震えてるマスターに歩み寄り、肩膝をついた。



「もう大丈夫だよ、マスター」

 マスターは恐る恐る顔を上げると、何事もなかったかのように笑いあう客を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

「よかった…一時はどうなるかと思ったよ…。店が壊れちゃうんじゃないかって、思って…」

「ごめんなさい、マスター。私が何とかできればよかったんだけど、私の力じゃ逆効果だったから…」



 ルージュが、申し訳なさそうに謝罪をすると、マスターは優しく微笑みルージュの頭を撫でた。

「いいんだよ、君の力は君の力で必要な物だからね。また、その時にはお世話になるさ」

 ふっと柔らかい笑顔を浮かべると、マスターは次いでずっと自分のことを守っていたヴェルデの頭を優しく撫でた。



「ヴェルデもありがとうね。怪我はないかい?」

 ヴェルデはこくり、と頷くと、静かに先程喧嘩をしていた二人に近づいた。

「ん?なんだ?」

 怪訝そうな面持ちで見つめていると、ヴェルデは巨大な筆を掲げて「緑の力よ!」と声を発した。



 すると、二人の男達は緑の光に包まれると、先程まで傷だけだった箇所から、傷が癒えて行く。

 暫くして光が消えると、男達の体はすっかり傷が失くなった。

「おお!凄ぇ!さっきまでの傷がすっかり治っちまった!ありがとよ、ヴェルデ!」

 ヴェルデはほんの僅かに口元を緩めた。

「もう、喧嘩しないでね」

 その言葉を残し、四人は店を後にした。

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