【二章開幕】カラフル・ファンタジア

紅樹 樹《アカギイツキ》

試験編

【一色目】ブラン・ホワイト

 ここ、カラー王国は、150キロヘクタール、人口およそ四万五千人程の小さな王国。

 この国には、人の心を彩ることで、人の心を変える不思議な力を持つ、《ペイント》と言われる力を持つ人たちが住んでいる。

 その能力は、この国に住んでいるならば、誰でも持っているもので、生まれてすぐに、何の色の能力を持っているか判断される。



 人の心を変えると言うのは、どう言うことなのかと言うと、人の心には喜怒哀楽の四つがあり、それらにはそれぞれ色が宿っていて、喜には黄色、怒りには赤、悲しみには青、楽には緑、と言った具合である。

 そして、それらの色をペイントの力で塗り替えることで、感情を変化させることができるのだ。



「あら、おはようブラン。今日もこれから訓練かい?」

「おはよう、グルナ先生!もちろんだよ!毎日ランニング十キロ、腕立て伏せ百回、腹筋百回!今丁度、ランニングが終わったところだよ」

「毎日毎日頑張るねぇ…。別にそんなに頑張る必要もないだろ?ブランにだって、既にペイントの能力を持っていると言うのに…」

 ブランは、両眉を下げて寂しそうな顔をすると、ズボンの裾を握りしめた。



「ダメなんだ、僕の力じゃ…。僕の力じゃルージュみたいに怒った人を沈めることも、アスルみたいに悲しんでる人を笑顔にさせることも、ヴェルデみたいに痛みを癒すこともできないから」

 ブランは、顔を上げるとグルナ顔を見つめた。

「僕は、人を幸せにできる、ペイントになりたいんだ!」

「ブラン…」

「おっと、そろそろ行かないと、今日のミッションが達成できなくなっちゃう!」

 ブランは、ブンブンと手を大きく左右に振りながら、その場を去って行った。






 「この世界の空が、なんで青いか知ってる?」

 十二歳と言う最年少にして、最も需要の高い色と言われている、青い能力を持った少年、アスル・ブルーが、唐突に聞いてきた。

「なにさ、藪から棒に?」

「いやーさぁ〜。いくらなんでも酷いと思うんだよ。あの王様が色を決める時に、間違って青いペンキをこぼしちゃった、なんてさ」



「その話ねぇ。まぁ、確かにロマンも何もない話だと思うけどさ。案外そうなんじゃない?結構ドジだもん、あの王様」

 ブラン達が笑っていると、王室で女王と談笑している王様がくしゃみをしている様子が目に浮かんで、ブランはおかしそうに肩を揺らした。

「人間が聞いたらどう思うだろうなぁ。きっと、がっかりするだろうな」

「絶対言っちゃダメだよ。掟なんだから。分かってるよ。そもそも人間に会うことなんてないだろ」

「まぁねぇ」



 乾いた笑いをこぼすと、アスルは先程から休むことなく腹筋を続けるブランを見た。

「それにしても、毎日毎日飽きねぇなぁ。そんなに俺達の力が羨ましいの?」

 ブランにだって能力がない訳ではない。

 ただ、本人が気づいていないのだ。

 自分の力の真髄しんずいに。

 ブランは、やっと起き上がることを止めると、アスルを軽く睨み見た。



「分かってるでしょ。僕の力じゃアスルみたいに、人の力にはなれないって」

 アスルは全く臆すことなく、ため息をついた。

(毎日、本当に頑張るよなぁ。もしかしたら、俺達なんかよりも、ブランの方がよっぽど…)

「まぁ、確かに、最年少にして、最も重要とされる赤い力を持つ俺様、アスル・ブルー様には、とてもじゃないけど及ばないだろうけどさ」

「ほら!やっぱり重要だって思ってんじゃん!」



「でも、お前の力はお前の力で必要な筈だと思うけどな、俺は。必要じゃなかったら宿ることもねぇだろうしさ」

 確かに、言われてみればそうかもしれない。

 だけど、ブランには自分の能力がそこまで充当なものとは全然思えないのだ。

「あ、そうそう、お前明日の試験、どうする?」

 試験と言うのは年に一回行われるカラフルの能力の試験で、これに合格しなければ、カラフルの称号を剥奪されてしまうのだ。



「まさか、怖気付いてる訳じゃねぇよな?」

「だっ、誰が…っ!」

 アスルに焚き付けられてすかさず反論しようとしたが、途中で言葉が途切れてしまう。

 ブランには、自信がないのだ。

 今までこの日の為にできるだけの対策はして来た。

 だが、肝心の自分の能力を使って課題をクリアする、と言う課題をクリアできる自信がないのだ。

 自分の力は、青い力でも、赤い力でも、緑の力でもない。



 更に言うなら自分の力をバカにする者もいたくらいだ。

 だから今まで自分の力に自信が持てなかったのだ。

「馬鹿だなぁ、アスル!そいつが試験に受かる訳ねぇじゃねぇか!」

 聞いたことのある声がして二人が振り変えると、今まで自分を馬鹿にして来た二人組、赤い力のローザと、青い力のブラオが来た。



「なっ、お前ら!また…っ!」

「アスルだって思ってんだろ?いい子ぶってっけどさ、本当は、ブランの能力なんてクソだって!」

「ばっ!思ってねぇよ!」

「嘘だね!だってお前言ってただろ!自分の能力の方が優れてるって!」

 


 アスルは、ぐっと奥歯を噛み締め言葉を飲み込んだ。

「ちっ、違う!確かに言ったが、それは、俺の能力に誇りを持ってるからであって、決してブランを馬鹿にしてる訳じゃない!」

「同じことだ!結局そうやって、心の中じゃブランを馬鹿にしてるんだ!」

「違うって言ってんだろ!!」

 アスルは大声で叫ぶと、溜まらず拳を振り上げてルッソの顔をぶん殴った。



「あ、アスル!」

 ブランが慌ててアスルの腕を掴む。

「止めて!暴力は禁止だよ!!」

「そうだぞ!先生に言いつけてやるからな!」

 殴られた顔を手で押さえ、涙を溜めながらルッソは捨て台詞をはきながら、逃げるようにしてこの場を去って行った。

「あ、アスル…」

 ブランは恐る恐るアスルの顔を覗き込む。

「…からな」

「え?」

「思ってないからな、お前の能力がクソだなんて。絶対」



 照れ臭いのか、顔を赤らめながら言うアスルに、ブランはにっこりと微笑む。

 ブランはちゃんと分かっているのだ、アスルが本当に自分のことを、馬鹿にしていないことを。

 アスルは、ブランの腕を振りほどくと少し乱雑に頭を撫でてる。

「明日、来いよ。試験。待ってるからな」

 ブランは、一瞬驚いて目を見開いたが、すぐにうん、と返事をした。



 アスルが、身を翻した時だった。

 ブラン達と同じ年くらいの少女が、慌ただしくこちらに駆け寄って来た。

「アスルー!大変大変!大至急、居酒屋に来て!」

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