第7話 ケヴィン・ベンティスカ4

「な!!」


「これは……?」


店主だけで無く、マリアも驚きの声を上げる。


素人目に見ても、確かにその首飾りの破損部分は修繕されていた。


明らかに『直しました』と証明している様に一部の鎖部分に不自然な盛り上がりがあった。


そこが本来の破損してしまった場所であり、今回この店主が直した部分だったのだろう。


だが今目の前にあるそれは、修繕された筈のその不格好な部分は……鎖が真っ二つに割れ、本体とそれを引き離してしまったのである。


「見ての通り修繕は十分に行われていなかった。よってこの契約書の効力は発揮しない……良いな?」


「ちょ……ちょっとまってくれ!! こんな馬鹿な事が!?」


こうなると慌てるのは店主の方である。


彼は確かに修繕を施したのだろう。


詐欺紛いな事をやっていても、伊達に装飾屋を名乗ってはいない。


それなりの腕を持っているのであろう。


ケヴィンから見ても不格好ではあったが、元の鎖よりは間違いなく頑丈になる様修繕した結果だろう。


なのにも関わらずその頑丈にした筈の修繕部分は破損しており、装飾部本体に取り付けられた輪の部分から鎖はすり抜けた。


「あんたは客に治っていない商品を治ったと『嘘』を付き、契約書をチラつかせこの品を奪おうとした。これは明らかに詐欺罪だぞ」


「いや……そんな……あ……」


店主は思考回路が回っていない様子で、言葉が出て来ていない。


ケヴィンはその隙に言葉をまくし立て、相手が考えを巡らせる前に決着を付ける。


「よってこの契約はキャンセル、契約書も全く意味の無い物と成った。修繕の支払いの義務も何もねぇ上に、テメェは修繕自体を怠った。つまり現時点で依頼前の状態に逆戻り状態だ……って事でこの品はこの女の元に戻る」


そう言ってケヴィンは机の上に重力に習って落ちた状態の赤い宝石を手に取り、マリアへと強引に渡す。


序でに呆けている店主が持っている鎖部分も半ば強引に剥ぎ取る。


「あ……あの……」


しかし、彼女にとって今の状況は何の解決にもなっていないだろう。


そもそも彼女はその首飾りを修繕して貰いたいのだ。


彼女の様子からして……恐らく急ぎで。


「付いて来い、こんな詐欺師がやっている店では無く、ちゃんとした立派な店に俺が案内をしてやる」


ケヴィンはマリアの腕を掴むと、店主が声を掛ける前に足早にその場を去る。


店主は口をパクパクさせたまま、此方を見送るしか出来なかったのだろう。


暫くするとガックリと項垂れる様子が視界の端に映った。


マリアは何も言わずケヴィンへ付き従っている。


これ以上彼女に構う義理は無いのだが、乗りかかった船を途中で降りるのも忍びないものだ。


完全に自己満足の域だが、ケヴィンは彼女の面倒を最後まで見る事に決める。


「いらっしゃいませ! あ、これは旦那様! いつもご贔屓に」


そしてそのままケヴィンは装飾屋に足を運ぶ。


小柄なエルフの男が屈託の無い笑みを浮かべながら店番をしていた。


旦那様とはケヴィンの事を指している様だが、ケヴィンは当然独身であり、別に貴族でも何でもないのだが此方の店主はいつもその様な呼び方をしている。


恐らくお得意様向にはそう言った呼び方をしているのだろう。


「要件はこいつの修繕だ。元はこいつが持っている赤い宝石に取り付ける為の鎖だ。下手な装飾屋に一回触られたから一部不格好な部分があるが、そう言った部分も直してやってくれ」


ケヴィンは口早に要件と状況のみを伝え、先程悪徳店主から強奪した鎖を店主に見せる。


それを受け取った後、店員は畏まりましたと発言し、マリアから赤い宝石を受け取る為に手を伸ばす。


彼女は不安そうにケヴィンへ視線を向けるが、ケヴィンがただ頷いて見せると、手に持った赤い宝石をエルフへと差し出した。


「安心しろ、この店の主人は『信頼』出来る。値段もその仕事量に見合った物しか請求しない。それに、腕が確かだ」


若い店員に見えるが、この店員こそがこの店の店主。


エルフだからか年齢が少しだけ分かりにくいのもある。


腕は確かだと言った発言は、敢えての意味合いが強い。


先の店で修繕部分が破損した所を見せてしまった手前、この店ならば破損の心配は無い、と言った印象を持たせる為だ。


本当の所、先の店の出来事は何も自然に起こった出来事では無い。


あの現象を起こしたのは、『ケヴィン自身』なのだから。


悪徳店主が首飾りを持ち上げた瞬間の事である。


悪徳店主にも、隣に居たマリアにも『見えない速度』で、修繕部分の鎖を破損させた。


ケヴィンがただただ腕を軽く振るっただけの事だ。


素人には決して反応できない程の一瞬の身体強化を発動し、スピードだけにその力を割り振り、鎖部分を握りつぶした。


シルバーブロンズ程度ならば、腕力の強化を施さずとも簡単に握りつぶす事がケヴィンには出来る。


要するに……あの場で起こった現象自体が『詐欺』と言う事だ。


ケヴィンによって起こされた詐欺。


相手が詐欺紛いな事をしでかしたのだから、こちらも手段を選ぶ必要等無かった。


言った通り理不尽な出来事に理不尽な力で返したケヴィンは、首飾りの行く末を見守るマリアの背を見つめながら、ゆっくりと後ろへ下がり始める。


エルフの店員は首飾りの横へ破損しているチェーンと同じ素材であるシルバーブロンズの個体を並べる。


そしてそれに触れながら、ゆっくりと小さく詠唱を始める。


途端にシルバーブロンズは形を変え、細長い糸へ形状変化し一つの小さなリングへと変貌し、破損した部分のリングと入れ変わる様に元のチェーンと繋がった。


何重にも細い線が重なって、太く一輪のリングなって行く様は見ていて面白い事だろう。


軈て脱着部分の造形まで完了した後、店主がマリアへ声を掛ける。


「完了しました。他の部分も気付かない部分が摩耗していたので、序でに直しておいたので新品同様に強度は担保出来ますよ。定期的にメンテナンスに訪れて頂ければ、チェーンを変える事無く数十年は持たせる事だって出来ます」


「有難う御座います! 本当に有難う御座います! あの……御代は? 私、今手持ちが50万Dしか有りませんの……これで足りますのでしょうか?」


マリアの発言に、エルフの店員は目を見開きながら語る。


「とんでもありません! 修繕に使ったシルバーブロンズは見ての通り極僅かな量です、原価に技術料を加算した金額は貰えど、そこまで膨れ上がる事は決してないです。御代は2000D、以上と成りますよ」


金額はケヴィンの言った通りの相場であった。


店主の言った通り、使った金属の量は本当に少ない物だ。


ほとんどが店主の技術料となるのだが、それでもかなり良心的な値段と言えよう。


マリアは会計を支払うと、その首飾りを手に、表情を綻ばせながらケヴィンへと振り向く。


「本当に……何から何まであり……が」


しかしそこに彼は居ない。


ケヴィンは既に遠くから彼女達のやり取りを見つめていた。


極限まで鍛えられた視力と聴力は、数百メートル離れた地点からも対象を捉える事が出来る。


何事も無く終幕を迎えたその事件に、ケヴィンはお礼など聞く前に退散をしたのだった。


半分照れ隠しではあるのだが、基本的にこう言った行為で知り合いを増やそう等と思っていない。


人との関わりを持とうとしないと言う意思は徹底しているのだ。


御用達にしている様に見えるその装飾屋の店主も、ケヴィンの素性は一切知らない筈である。


感謝される為にやったのでは無く、ただ目の前で起きていた理不尽を解決したかっただけだ。


何度も言うが、ただの『自己満』なのだ。


彼女とは二度と会う事は無いだろう……そう思いながら、ケヴィンは自分の目的を果たす為に再び商業地の散策を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る