第6話 ケヴィン・ベンティスカ3

「おいおいお嬢ちゃん、ここは装飾屋だぞ? こちとらプロだぞ? そんな俺の仕事にケチつけるってぇんだったら、出るとこ出ても良いんだぞ?」


半ば脅しである。


ケヴィンの目から見て、店員との言い争いになって居るその女性は、明らかに『貴族』の出の者だと言う事が分かる。


癖の有る黒色の髪は腰まで伸ばされており、それでも手入れが行き届いている様で煌びやかに見える。


そしてそれに負けず劣らずの高貴なドレス状の服に身を包んでいるのが何よりの証拠だ。


「そんな……お願いします! 今すぐ用意出来る金額は50万Dしか有りません……どうか、どうかこれで賄ってはくれませんか……?」


「ダメだ、この首飾りの修繕は100万Dだ。こっちも商売なんでな、そこは譲れね――」


「本当にそれが『首飾り』の修繕なら、問題は無いがな」


と、突然の乱入。


力強く僅かな殺気を込めた声で、ケヴィンは店主へと言葉を投げかける。


フード越しにだが、店主と女性の二人の視線が此方へ向いた事を感じる。


「な……なんだおめぇは?」


「少し意味の分からねぇ会話を聞いたもんだからな? 主人、あんたは一体『何の』修繕をしたんだ?」


「こ……この首飾りだよ!!」


ケヴィンの問いに対し、男は出店のカウンターに乗せられた首飾りを指差す。


「女、あんたが頼んだのは『何の』修繕だ?」


ケヴィンは続いて女性へと問いかける。


濃いめのメイクが目立つが、元がとても良いのだろうか、彼女の魅力を限り無く助長させている様に見える。


大きな目と高い鼻に小さな唇、赤い口紅と黒いシャドー。


持前の物であろう肌の白さと、唇の左下に有る黒子が何とも彼女の女性らしさを強調している。


しかしケヴィンは『そんな事』に興味は無い。


「あ……首飾りの……『鎖』です」


「つまりチェーンだな?」


「はい」


彼女は確かにそう断言した。


「店主、もう一度聞く。あんたは『何を』修繕したんだ?」


「く……」


ケヴィンの威圧に圧されてか、苦い表情を見せた店主は小さく声を発する。


「首飾りの……鎖の部分だよ……」


「あぁ、あんたは鎖の部分を直したんだな? 見た所使われているのは『安価』だが丈夫さが売りのシルバーブロンズだ。この程度の長さならせいぜい2000Dが相場だろう。合うものがあれば鎖部分を別物に変えた方が安くつくくらいで、部分的な修繕なら更に安くなる筈だ。そこでだ、あんたは一体……この女にいくら吹っかけた?」


「……100万Dだ」


「あからさまに可笑しい値段だな?」


「……」


店主はケヴィンの言葉に黙り込む。


世間知らずであろう貴族の娘に吹っかける時は強気に出れたものの、知識の有る男性相手だとこの様に怖じ気付く者はどの国にもいるものだ。


この店主は、この娘の親等が出てきたのなら対処出来る自信が有ったのだろうか?


と言う疑問がケヴィンに湧く。


貴族の娘の親なら、それは確実に『貴族』なのだから。


「女、お前も自分の位に余裕ぶっこいてないで、少しは知識を身につけろ。そうじゃなければこの先、ずっと騙されるぞ?」


ケヴィンは基本的に貴族に良い感情を持っていない。


無駄にプライドが高いばかりで、自分達の欠点を認めようとしない。


そして貴族こそが弱きを虐げ、強きに従う代表格の様な生き物。


ケヴィンのこの発言に関しても、恐らくこの女性は何様だと言い返してくるだろう。


だがそれでも良いとケヴィンは思っている。


自分は例えそんないい感情を持っていない貴族が被害者でも、理不尽な出来事が許せないだけなのだから。


「……申し訳御座いません……」


ケヴィンは少しだけ驚いた。


まさか自分とそう歳の変わらないであろう貴族の娘が、得体の知れぬ自分等に頭を下げる等と思いもしなかったのだ。


恐らくそれ程まで高い位の貴族では無いからこその低い腰なのだろうと当たりを付けるのだが、それにしてはかなり高価な装飾品を持っているものだとケヴィンは感じる。


パッと見ても下流の貴族が普段使いとして使える程度の品では無かった。


まぁ良い、自分には関係ないと店主へ向きなおるケヴィン。


「それで? 実際の修繕費はいくらなんだよ?」


「うるせぇ……」


「あ?」


「うるせぇんだよおめぇは!! おめぇに関係ない事だろうが! 部外者は引っ込んでろよ!!」


ここに来て突然と言葉を荒げた店主、常識を叩き付けても尚この台詞を吐こうものなら、それこそ出るとこに出てしまえば本人が終わってしまう。


にも関わらずこの発言をするには、何か裏が有るのだろうか。


「大体よぉ、俺が修繕したのは本体だろうが首飾りだろうがどうだって良いんだよ!!」


「……何が言いたい……?」


「この娘はなぁ? この契約書にサインしたんだ! 修繕費はこちらの言い値で支払うと、もし支払えない場合は依頼品その物を譲渡するってなぁ!!?」


男が掲げたのは確かな契約書だ、法律でしっかりと認められた用紙に書かれた公式の物。


そしてその用紙の末尾には……確かに女性の物であろう名前が書いて有り、ご丁寧に認印まで押されている。


「マリア・フィリス……これはあんたの名か?」


ケヴィンは横目で女性に問いかける。


その瞬間、とても悲しそうな表情を浮かべながらゆっくりと彼女は頷く。


ケヴィンの声から、事態はとても悪い状況だと気付いたのだろう。


彼は天を仰ぐ……なんと言う事だと。


この娘は世間知らずの域を超えた大馬鹿者だと断言出来よう。


恐らく彼女は依頼品が大切であるが故に、碌に内容も見ずに契約書にサインしたに違いない。


限度は有るが、この様な形で金銭のやり取りを行う契約書にサインしよう物なら、ほぼ確実にその契約は『有効』なのだ。


そして今回の件も……法的にはギリギリの範囲での要求可能金額である。


「分かっただろう!? お前や、その女がいくらぎゃーぎゃー騒いでも、こっちには契約書が有る! 詐欺でもなんでもねぇ公式な取引なんだよ!!」


こうやって法の裏を掻い潜る者は確かに存在する。


男が貴族相手でも強気に出ていた理由はこれだ。


確かな権力を持つ者であっても、法には逆らえない。


王族や『英雄』クラスで無ければそれをひっくり返す事等ほぼ不可能だろう。


「お……お願いします! その首飾りは本当に大切な物で……それが無ければ私は……私の『家族』は……」


かなり訳有りである事が聞いて取れる言葉。


100万Dと言う持ち金が無くともただの鎖の修繕に50万Dをその場で支払おうとする所を見ても、その品が余程大切な物だと言う事だ。


ケヴィンの耳にも、フィリス家の名には聞き覚えがあった。


位は低いが、王族と何かしら関係がある家系だった記憶がある。


フィリス家に不相応な程の高価なこの首飾りは、もしかすれば王族にゆかりのある者からの贈り物かもしれない。


ただ契約書のサインがある限り、彼女がそれを取り戻すのは非常に難しい。


しかしケヴィンは、そう簡単に理不尽な出来事を理不尽なままで終わらせるつもりは無い。


「ダメだな、何度も言うとおりこの契約書があるんだから――」


「その契約がちゃんと機能しているのなら……な」


「はぁ?」


ケヴィンの発言に、店主は険悪な表情を見せる。


「この契約書による契約の履行は、首飾りの修繕が十分に出来ていた場合にのみ、効果が有るもんだろ?」


「あぁそうだ。見ての通り修繕は完了してるんだから、この契約書は確かな効果が存在する」


「いや……残念だが契約はまだ成ってねぇみてぇだぞ」


「なにぃ?」


店主の表情はさらに怪訝なものとなる。


ケヴィンの言っている意味が少しも理解出来ていない様だ。


「当然だろ。この首飾りは『修繕が完了していねぇ』んだから契約も糞もねぇだろ」


「おめぇ……それは俺への侮辱と捉えられても可笑しくねぇぞ……」


仮にも装飾屋を名乗るこの店主。


確かな技術では無いが、首飾りとして扱うのならば十分に機能する程の修繕は施されている。


つまり契約書通り修理費は発生する状況であると言う事だ。


本来ならば現状でこの契約書を無効に出来る手段は無い。


しかしケヴィンは理不尽な事を黙って見逃す事等決してない。


目には目を、歯には歯を……そして、理不尽には『理不尽』を……。


「修繕が完了していると言うのなら俺にそれを証明して見せろ、その首飾りを『持ち上げて』……な」


決して自分は触れない、マリアにも触れさせない。


店主に自ら持ち上げる事に意味が存在する。


此方が触れれば、何かしらの『イカサマ』を疑われるからだ。


「言っている意味が全然分からねぇが言う通りにしてやる。それで満足したら……おめぇはさっさとここを去れよ……」


声を低くして怒気を込めながら……店主はゆっくりと首飾りを持ち上げる。


鎖の部分が持ち上げられ、それに続いて赤く大きな光り輝く石が取り付けられた本体部分が宙に浮く。


当然の現象が目の前で起きるのだが……次の瞬間、赤い宝石の付いた装飾部は静かに机の上へと落ちた。

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