第5話 ケヴィン・ベンティスカ2

大袋にちゃんと大木が収まっている事を確認したケヴィンは、ゆっくりと腰を上げ『帰路』に着く。


しかしその進行方向は山を下る方向ではなく、山頂へと向かっていた。


両親を失っている彼に身寄りは存在しない。


山を下った付近に有る町に彼の住居は存在しない為、彼は傍から見れば浮浪者の様な存在となっている。


しかしケヴィンは別段住居にも困ってはいない。


この『山』自体に、それが存在しているからだ。


開けた空間から更に山奥へ少し進んだ先に、石造りの小さな小屋が顔を見せる。


小屋に備え付けられた扉には、その付け根には鉄製の金具が取り付けられており、軋む事無く開け閉めを可能としている。


中に入れば人一人暮らすには申し分ない空間に、殺風景ではあるが確かな生活感を見せる内装が作られていた。


全てケヴィンが一人で作り上げたこの部屋。


生活の為に必要とされる物以外は何も置かれていない。


右の腰に下げられた長剣を、寝室にあたる部屋の壁に鞘ごと引っ掛ける。


簡素なベッドの上に乱暴に投げ捨てていた肌着を着用すると、剣の隣にぶら下げていた紺色のローブを羽織る。


そして帰宅したばかりの小屋を飛び出すと、今度こそ麓方向へと足を向けた。


町へ買い出しへ行くのだ。


魔力が強く籠る地方では、『魔草樹』と呼ばれる魔力を持った木々が育つ。


先ほどケヴィンが回収した大木も魔草樹の一つであり、高い魔力を保有した木材なのだ。


魔力が籠る場所にしか生えないこう言った魔草樹の存在は、別段非常に珍しい品と言う訳では無いのだが、魔力が籠る地方には凶悪な魔物が生息している事から入手方法が限られている。


オールガイアの至る所に存在こそすれど、簡単には採取する事の出来ない入手困難な素材とされ常に一定以上の需要が存在している。


それがケヴィンにとっての『稼ぎ』となっているのだ。


『ギルド』と呼ばれる商業団体に所属していないケヴィンは、表立って金銭を稼ぐ手段を持っていない。


この山で暮らし始めた頃は、生息する魔物を討伐しその肉を食らう事で腹を満たしていたが、それを10年近く続けた結果山の生物の殆どを狩り尽くす形となってしまった。


魔力濃度の影響で、魔草樹は果実を付ける事は無い。


ケヴィンは特に味を気にする事は無いのだが、山菜も同じ影響で苦味が強い事から、食べられない事は無いが食用には向いていない。


同じ食べると言う行為を行うのであれば食べやすい方が良いと、ケヴィンは週に一度程の間隔で山を下り、大木を売っては食材を買い込んで生活をやりくりしていたのだ。


とは言った物の、先程大木が倒れた時に飛び立った様な鳥型の魔物等は偶に見かけるのだが、正直に言えば山の鳥には飽きたと言う理由もケヴィンの中には含まれている。


食用に飼育された動植物と、そうでない野生の魔物の食べやすさ等天と地の差であろう。


アースガイア大陸の最北に存在するアトランティス王国。


国の外側を、海、森、山と大自然に囲まれた国だが、その中心地は打って変わって大都会だ。


ケヴィンが暮らしている山もアトランティス王国が管理している公共の土地ではあるが、『とある理由』によって人々が足を踏み入れる事の無い土地となっている。


ある意味でケヴィンが仕入れているこの大木も元は国の物なのだが、誰に咎められる事も無い為にケヴィンはその環境をただただ利用していた。


人の出入りが無いと言う事は、当たり前に山道は整備等されていない。


普通に歩くのですら困難な草道をケヴィンは涼しい顔で駆け抜ける。


標高2000メートル近く有る比較的大きな山で、その中でも特に急斜面とされる位置を滑り下りる様に駆け抜けるケヴィン。


垂直に近ければ近い程、下山速度が速いからと言うのがケヴィンの思考である。


その俊足は見る者が見れば英雄にも劣らぬ速度であろう。


五分と立たない間に下山を果たしたケヴィンは、視線の奥に見える大きな町を目指して再び駆け出した。


アトランティス城下町であるリーン市街。


魔導騎士育成学園の中でも名門とされるアトランティス学園や、高貴な貴族領が存在する有名所で有り、その賑わいがケヴィンの表情を歪ませる。


人との関わりを避けて暮らしている為に、こう言った喧騒は苦手な節があった。


アトランティス北門にてリーンへ入る為に検問を受ける。


最北地にあるアトランティス王国にて北門から入国する者は珍しく、憲兵もケヴィンの事を不思議な目で見る。


しかし入場料さえしっかり払い、尚且つ幾許かの金を握らせれば、特にしつこく素性を調べ上げられる事は無いとケヴィンは知っている為、その日もケヴィンにとっては小遣い程度の金を門番へ握らせる。


ニヤつく門番をよそ目に、何事も無かった様にケヴィンはリーン市街へと足を踏み入れた。


それと同時にローブに取り付けられたフードを更に深々と被る。


そうする事で市民と視線を交わす必要が無く、余計な関わりを避ける事が可能と成る。


「奥さん聞きました? 今朝の魔物討伐戦も、刀聖様が大活躍したらしいわよ?」


「えぇ、聞いたわ~。本当英雄様が居る時代に生まれて良かったわ~。安心して子育てが出来るものねぇ」


とっくに昼食の時期だと言うのに、主婦たちは井戸端会議に花を咲かしている。


主婦達の会話は噂の域を出ない話が多いが、中には馬鹿に出来ない程真実味を帯びた秘匿情報等も出回っている事があるのが不思議だ。


「でもこの町の近くにも例の『氷山』が発見されたらしいのですよ」


「そうなの!? 怖いわ~。でもそれってあの『蒼氷様』が守って下さっているって事よね?」


「そうなりますわね~」


彼女達は噂話が生きがいと言っても過言では無い。


英雄に守られているこの時代では、一般人が命のやり取りをする様な窮地に陥る事等そうそう無いからだ。


一日一日を、必死に生きる必要が無いのだ。


そんな話を横耳にしながら、ケヴィンは町を練り歩く。


住宅街を抜けて商業地へと進む。


町中では貴族が我が物顔で、アスファルトで舗装された道には似合わない馬車を走らせる。


以前は機械作りの自動車が存在していたが、その後魔動車と言う立派な移動用魔道具が作り出された事により自動車は衰退。


魔動車を走らせれば良いものの、わざわざアナログな馬車を扱う辺り、貴族の見栄と言った所だろうか。


そもそもがとても『便利な移動手段』が確立されている為に、馬車を使うだけ時間の無駄と言う事もあるのだが。


日々忙しく動き回るのは『貧乏人の証』等と吹聴する貴族達は、自分達には有意義に使える時間が沢山有るのだと見せつける為だけに馬車を用いているのだ。


なんとも下らないとケヴィンは思う。


「お嬢ちゃんよぉ、修理させておきながら払えねぇってのはねぇんじゃねぇのかぁ?」


「も……申し訳有りません……この装飾の修繕がそこまで掛かる物だとは思わなかったものですから……」


ケヴィンは最低限の人との関わりを避ける。


都会であるが為に、無駄な争いに巻き込まれる事等日常茶飯事である。


本来なら横耳に入る店員と客の会話も、いつも聞き流してそのまま通り過ぎる筈だった。


「払えねぇってんならこのネックレスは取り上げさせて貰うしかねぇよなぁ?」


「そんな!? 困ります!! そもそもチェーン部分に修繕に100万D(デイジー)も掛かる等とは……流石にお高いのではありませんか!?」


ケヴィンは立ち止った。


ケヴィンにとって、少しばかり『耳障り』な会話が聞こえたからだ。


この場合、人々の喧騒とはまた違う耳障りなのだが。


人との関わりを避けるケヴィンが、自ら面倒事に関わろうとする条件が二つある。


一つは自らに害が及ぶ時。


彼は自分の生活に、人生に少しでも影響が有る事象が発生しよう物なら、全力でその原因を取り除こうとする。


そしてもう一つが、『理不尽』な出来事が起ころうとしている時。


この世は理不尽な事ばかりで溢れかえっている。


弱者は問答無用で虐げられ、強者はどれだけ悪でも日々が潤う。


そんな世界を吐き気がする程うんざりしている為に、彼の孤独に生きる今の生活スタイルが拍車掛かっているのもある。


ケヴィンは確かに耳にしたのだ。


今目の前で明らかに起ころうとしている『理不尽な出来事』を。

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