第4話 ケヴィン・ベンティスカ

「まだだ……まだ足りない」


青々とした木々が所せましと立ち並ぶ山奥に、比較的開けた空間が存在していた。


半径10メートル程は有るだろうその空間で、一人の青年が只管に剣を振り回している。


左手に持たれた『黄金色』の刃を持つ長剣は、飾り等の一切が見られず、しかしその形は……その刃は全てを断ち切らんと錯覚する程に鋭く、そして美しさを際立たせる様に太陽光に照らされていた。


青年は左右に一往復する様に剣を振るい、踏み込むと同時に剣を突き出す。


後ろに足を突出し、更に体を回転させ再び同じ足で回し蹴りを放ち、その威力を殺さぬまま長剣を振りぬく。


そしてすかさず振り向き、左腕を大きく上げ剣を右の背へと持って行く。


強く勢いを付けて振りぬいた長剣は、目の前に存在した大木を反動を感じさせぬ程に見事に切り抜く。


左後方まで降りぬかれた長剣が再び太陽光で輝くと、やがてゆっくりと大木に切り傷が刻まれ始め、幹との繋がりを失ったそれは、剣線に沿ってその自重で斜めに横たわっていった。


大木に見合う振動が辺りに鳴り響くと、森の生息して居ただろう比較的小さ目な鳥形の魔物が一斉に飛び立つ。


青年は、横たわった大木に視線を向けると、深呼吸をしながら空を見上げる。


「……もうこんな時間か」


早朝から、日課となって要るトレーニングに精を出していた青年は、太陽が真上に差し掛かろうとしている事で、昼時が近づいている事を悟る。


彼は息も乱さず、汗の一つすら掻いていないが、決してトレーニングで手を抜いていた訳では無い。


鍛錬に鍛錬を重ねる日々を繰り返す中、軈(やが)て彼の肉体は異常な程の酷使をしなければ、疲労が貯まる事等無くなってしまっていた。


特にその日は、前日に久方ぶりの休息を取っていた事も有り、体調も良好である事も理由として含まれている。


白銀に包まれていた冬景色が、やがて色を持ち始める季節に移り変わる頃、上半身に纏う筈の衣を脱ぎ捨てている青年。


その姿はまるで季節感を感じさせない。


透き通った肌の白さこそ際立つが、目を見張るのは鍛え抜かれたその肉体で有る。


脂肪と言う概念が存在するかも怪しく思えてしまう程に引き締まった体。


太くなく、かと言って細すぎず、無駄な肉を全て置いてきたと言わんばかりの肉体。


だがその肉体美すらも霞んで見える程に目を引く物があった。


それは……彼の体に刻まれた無数の『傷痕』である。


その傷痕を一つ一つ眺めれば、彼がどれ程の死線を潜り抜けて来たかが一目で分かる。


若さが故、弱さが故に付いてしまったその傷痕は、しかし青年にとっては誇りであった。


青年と言う言葉は似合わない程、若干の幼さを残す綺麗な顔に一切の傷が付いていない事が不幸中の幸いだと言えよう。


肩まで伸びた茶色の髪を揺らしながら、青い瞳を宿す吊り目がちな大きな目は再び倒れた大木へと向けられる。


小ぶりで整った鼻筋と小さな唇も相まって、彼の裸体こそ見て居なければ美しい女性とも取れる様な風貌を醸し出す。


その強い視線に見つめられれば、必ずどんな女性でも落とすだろうと思える程に、その見た目は整っていた。


名を、ケヴィン・ベンティスカ。


20にも満たない若輩者で有るが、この世の決まりでは既に成人を迎えている。


彼の様な若者が、何故人気の感じられないこの様な山奥で、ただ一人鍛錬を行っているのか。


それは彼自身に大きな理由が存在している。


まず彼には両親が存在しない、故に孤独だ。


それも相まってか、人との関わりを極力避けている節がある。


そして彼自身は……我武者羅に強さを求めていた。


彼は弱かった……ただ只管に弱かった。


そんな自分の弱さに怒りを覚える程に、力が無かったのだ。


『英雄』等と言う理不尽の塊がとも言える人々が存在する世の中で、自分の存在意義等有って無い様な物だった。


特別な才能等無い、その他大勢に分類され、そのまま終わる人生を彼は心の底から嫌った。


だからこそ、ただの『才能』だけで成りあがっている英雄の事も激しく嫌った。


10の努力を1の才能で塗りつぶされる現実を、強く呪った。


それならば、決して才能では追いつけ無い程の努力をすれば良い。


10でダメなら20で、10の才能に対して100の努力で、その現実に抗おうと己を鍛え続けた。


その結果が今の状況だ。


ただ孤独に鍛錬を重ねる日々こそが彼の日課だった。


努力は必ず報われる、それを証明する為に彼は自分に自分で試練を課していた。


ケヴィンは幹に残っていた中途半端な形状の部分を、横一線に切り裂き、断面を平にする。


倒れた大木も、無駄な枝を切り取り、一定の幅で丸太を作る。


何気なしに切断したと思われたこの大木だが、市場で換金すればかなりの値段となる立派な木材である。


偶然に切ったのでは無く、それを換金素材にする為に訓練の一環で『ついでに』切り裂いたのだった。


切り終えた木材を腰に下げた小さな布袋に、次々と放り込む。


小さな布袋は物理法則をまるで無視し、袋の体積以上の大木を丸々一本分飲み込んだ。


『魔道具』の一つである通称『大袋』。


魔道具とは、様々な術式の組み込まれた道具の事を言い、科学の発達した世の中でも、その技術をあっさりと魔法で覆す程の効果を持つ優れた道具の総称である。


科学技術で作られた電球一つを比べても、照明型魔道具を使用する方が、持続性や光量、その多機能性が遥かに高い事が証明されている。


何より魔力と言う物は全人類が所持している物の為、魔道具に使用されている魔力に長時間触れていたとしても、人体……更には自然への影響が全く無いと言う事にも注目されている。


最新科学は自然に強く影響する事は仕方のない事だが、その恩恵を受けつつもその上で解決できる手段があるのであれば……誰もが其方に手を伸ばす事だろう。


ケヴィンの持つこの小さな布袋が、何故『大袋』と呼ばれるかはその効果から想像出来る通りだ。


規格外の力を持つ英雄達が、規格外の知識と技術を盛り込んだ作品の一つであるこの大袋。


小さな布袋や皮袋、形や名称が変わるが木箱や鉄箱等に、重力魔法、時魔法、空間魔法等様々な破格技術を詰め込んだ魔法陣を刻み、それを一般人が扱える様にアレンジされた物だ。


基本的に布製や革製の大袋が、ケヴィンのそれの様に持ち運び様に使われ、木製や鉄製の別名『大箱』が自宅で金庫や物置の様な役割を果たす魔道具となっていた。


魔導具全般に言える事だが、この大袋の様な品は特に所有者の魔力量に寄ってその効果が変動し、魔力が多ければ多いほど多くの物を大袋の中に詰め込められる様にもなっている。


中に入れた物は自由自在に出し入れが出来、重さも感じさせない所か、入れた物はそのままの状態で保存される。


生ものを入れても、定期的に魔力が配給され続ける限り腐る事が無いのだ。


あくまで大袋に入れ込む事が出来るのは『物』と言う事が条件で有り、人や魔物の死骸ならまだしも、生命が宿っている存在はそれの対象外である。


持ち主の魔力にしか反応せず、他人には中身が取り出せない為窃盗されるリスクも極端に低い。


この発明品は瞬く間に世界中で重宝され、冒険者や商人にとって瞬く間に必需品となった。


金額は一般市民では簡単に手を出せる物では無い為、大袋を持っている者はある程度の稼ぎが有る者に限られる。


ケヴィンがそれを持っていると言う事はつまり、彼は生活に困らない程に稼ぎが有ると言う証明と成る。

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