第3話 予言の英雄3
刀聖は一瞬にして緑龍の後方へと突き進んだ。
ただ過ぎ去った訳では無い、右手に持たれていた『赤い刀身を持つ刀』は振り切られており、残像の様に描かれた剣線が緑龍の足元を通り過ぎている。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
雄叫びでは無く、明らかな悲鳴を挙げる緑龍。
緑龍の大木の様な足は……人々が放った無数の魔法ですら傷つかなかったその鱗は、まるでバターの様に軽々しく切り裂かれ、赤黒い鮮血をその場に撒き散らしていた。
その瞬間、緑龍の視線は鋭くなる。
刀聖の存在が危険である事を認識したのだろう。
視線に明らかな殺気が込められる。
緑龍は刀聖を始末しようと、再びブレス攻撃を仕掛ける。
先程の様な長い溜めは存在せず、頭部を上空へと高く向けた後、それを振り降ろす様にブレスを吐き出した。
刀聖は自らに向かうブレスに臆する事無く、そのブレスに向かって飛び上がる。
彼は防御をする素振りを一切見せない。
そんなもの必要は無いと彼は知っているからだ。
刀聖の目の前に広がるは、光り輝く壁。
先程の炎の壁と同じく四方形に展開された光の壁が、緑龍のブレスを余さず押し返した。
炎の壁が緑龍のブレスを燃やす尽くした事に対し、光の壁はまるで鏡の様にブレスを跳ね返している様に見えた。
そしてその光の壁の発生とほぼ同時に、上空から巨大な『光の剣』が現れる。
「な……なんだあの魔法は!!?」
英雄が現れた事によって戦いを傍観する立場となった団員達は、突如現れた光の剣に驚きを見せる。
「あれは……『光属性』の『上級魔法』だ!!」
人によってはその魔法を目にする事が初めての者だっているであろう。
人々が扱う自然魔法は、魔物のそれと同じ様に大きく三つの段階に分けられる。
下級、中級、上級。
その中でも上級魔法を扱える者は『英雄』を除けば、魔導騎士団の中でも腕利きとされる者達ばかりだ。
そして上級魔法が使えると言っても、その威力や魔力消費量を鑑みてむやみやたらに発動する事を控える傾向にある。
結果として、己で扱えない者や戦場にはあまり出ない者の中には、上級魔法を目にした者が無い事も有り得ない話ではなかった。
「あれが上級魔法……だが今光帝様は、『詠唱』等しておられなかったぞ!?」
彼女らの行動の一つ一つを真剣に見ていた者が言葉を発した。
「当たり前だ!! 光帝様には魔法の発動に用いる『詠唱』等必要ない! あの方は全ての魔法を『無詠唱』で放つ事が出来るのだからな!!」
『詠唱』……人々が自然魔法を発動する為に必須と成る『呪文』の事を指す。
魔法の難易度が上がれば上がる程に、その魔法を発動する為の詠唱の節はその数を増やす。
自然魔法の弱点と言えばその詠唱の長さが一番に挙げられる。
もし自然魔法に詠唱が必要無く、瞬時に連発出来る技術を人々が備えていれば、自然魔法を扱う者はわざわざ後衛に回る必要が無い。
前衛でその力を存分に振るえばいいだろう。
しかし現実はこの場に集結している魔法隊であったとしても、無詠唱等行えない。
先程彼らが扱った魔法はそれぞれがそれぞれの属性での『中級魔法』だ。
それですら詠唱をしていた彼らに、『上級魔法』の『無詠唱』等と言った技術など、正に神懸かりとしか思えなかったのだ。
「それも……『ウォール魔法』との同時行使をなされた……?」
「別格なのだよ……それが英雄様だ」
数刻前に彼らを守った炎の壁、そしてたった今刀聖を守る様に出現している白い光の壁。
それは光帝が魔法で生み出した『ウォール魔法』の一種である。
自然魔法には攻撃魔法以外にも、防御型のウォール魔法や治癒系の回復魔法等の他、様々な種類の魔法が存在している。
ウォール魔法自体は『中級』に当たる難易度の魔法だと言えど、それすらも無詠唱で、更には上級魔法との同時行使を軽々とやってのけた事に、人々は驚きを隠せない。
天空から現れた巨大な光の剣は、光帝の合図と共に緑龍へと降り注ぐ。
「行くよ、『ヘブンズソード』!!」
光属性の上級攻撃魔法の名を叫ぶ光帝。
名前すらも発言する必要等無いが、光帝は「その方が威力が上がる気がする」と言う、ただの気分で魔法名を叫ぶ事が多々あった。
巨大生物に深々と突き刺さる光の剣。
堪らず緑龍は叫び声を上げ、ブレスを止めてしまう。
元より光の壁によって跳ね返されたブレスにより、若干にだが己を傷つけていた為、ブレスを吐き続ける事に意味等無かったのだが。
その隙に刀聖は、緑龍の体を伝う様に背後へと周り込むと同時に飛び上がる。
緑龍の背の位置まで浮かび上がった時、ガラ空きとなった背後へ瞬速の剣戟を二発叩き込む。
ただの二振りで……緑龍は翼の機能の『全て』を失った。
合わせれば本体よりも大きな翼が、両翼とも切り落とされたのだ。
翼が地面に激突した途端に大きな風圧が巻き起こる。
刀聖の攻撃はそれだけでは終わらない。
重力に習って地面へと下る最中にも、刀を強く振り下ろし緑龍の背中を深々と切り刻む。
そして地面へ着陸した瞬間に、緑龍の大きな両足の踵部分を同時に切り裂く。
物理法則を無視している様にも見える刀聖の剣戟……刀の長さと斬撃の範囲が全く一致していないのだが、それを可能にするのも『英雄の力』なのだ。
足の健を失った緑龍は、自身の体重を支えきれず前のめりに倒れこみ、そのまま地面へと激突する。
必死に起き上がろうとして両腕を地面に着くが、緑龍の動きはその途端に止まる。
見ると、大地の土が侵食しているかの様に、緑龍の腕へと纏わり付いているのだ。
土を振り払おうと緑龍が腕を震わせるも、その振動でひび割れはする物の片っ端から瞬時に土の修復が起こる。
緑龍へ手を向けるのは光帝。
彼女は自然魔法の中で『光属性』を最も得意とする事から『光帝』の地位に就いているが、何もそれ以外の魔法が苦手な訳では無い。
『帝』の位に就く者は皆、全ての属性を一流に扱える者達ばかり。
その中で最も得意とする属性が、彼女にとって『光』と言うだけである。
だからこそ緑龍の風のブレスも、中級魔法である炎の壁……通称『ファイヤウォール』で防ぎきる事が出来たのだ。
いくら風属性に対して相性の良い炎属性と言えど、中級と上級ではその威力は段違いである。
しかし光帝はその差等簡単に覆し、魔力の質で上級魔法に競り勝っていた。
それ程に、自分が司る以外の属性も完璧に扱っているのだ。
故に自分が得意としている属性では無い大地魔法でも、緑龍の動きを封じ込む事を可能としていたのだった。
「トドメは任せたよ、刀聖」
大地魔法を扱いながら、光帝は刀聖へと声を掛ける。
それに呼応する様に、刀聖はバックステップで緑龍から大きく距離を取ると、深く腰を下ろし刀を鞘へ納め……構える。
神懸かりな技術を見せつけ、圧倒的な力で緑龍をねじ伏せてしまった二人。
だが、彼らの実力は『これだけ』では終わらない。
刀聖……彼はその戦い方を見た人々から、親しみを込めてとある二つ名で呼ばれている。
『紫炎の一閃』……その二つ名の意味を表現する様に、人々の目の前で刀聖の神業が披露される。
刀聖は腰を強く引くと、左手で鞘を握り締め、右手を柄頭の前へ置く。
そして刀聖は一瞬の動作で刀を鞘走りさせ、『抜刀』による居合切りを何も無い空間へと打ち出した。
その刃は普通に考えれば緑龍へと届く筈が無い、物理的に届く訳が無かった。
だが刀聖が抜き放った刀の刀身には、まるで炎の様に揺らいだ紫色の物質が存在しており、その物質が刃の延長とでもいう様に緑龍へと突き進み……その体を切り刻んだ。
20mに及ぶ巨体が、その十分の一にも届かない長さの刀に真っ二つにされたのだ。
切り裂かれた切り口は、紫色の煙が揺らぐ。
しかしいくら炎に似ていると言えど、肉が燃えた訳では無い。
途轍もなく鋭利な刃で……そう、正に刀で切り裂かれたかの様に見える切り口がそこに存在していた。
「あ……あれは一体!?」
「刀聖様が『自然魔法』を放たれた!!? 刀聖様は……『エルフ』なのか? いや……『混血種』……?」
人々は刀聖の放った紫色の刃を見て、疑問を浮かべる。
「馬鹿者!! 刀聖様はまごう事無く『人間』で在られる!! ましてや『混血種』等と言う『劣悪種』と一緒にして良いものでは無い!!」
男が呟いた『劣悪種』とは、その前に口にした『混血種』の事を指す。
つまり人間とエルフの間に生まれた子、『ハーフエルフ』の事だ。
共存を誓えば、人間とエルフの間に愛が芽生える事も不思議では無い。
そう言った環境下で生まれ落ちたのが混血種。
混血種の特徴として、人間の身体強化とエルフの自然魔法、その両方が扱える事となる。
これだけなら聞こえの言い様に思えるが、しかし実態は深刻な物だった。
混血種の放つ自然魔法は、身体強化で得られる恩恵は、その全てが純血と比べ『半減』してしまっているのだ。
出力の上がらない身体強化に、効果の期待出来ない自然魔法。
結果、明らかに戦力外と成ってしまう状況を招いてしまった。
戦乱時代にその事実はとても無視出来ない物と成り、世界は混血種廃止令の可決を急ぐ程にもなった。
人々は弱小種族のハーフエルフを忌み嫌い、軽蔑の意味を込めて『劣悪種』と呼んでいたのだ。
今現在でも……その差別的思考は完全には消えていない。
「ではあれは? ……そうか! 紫炎の一閃……あれこそが『異能力』!!」
予言にはこうも語られている。
その者達、『異なる力』を用いて人々を救わん。
この『異なる力』と言う文言が示すのは、彼らの身体能力や桁外れの魔力の事では無い。
それらの『理不尽』な程の力を持った上で、更に別次元の力……『異能力』と呼ばれる力を彼等は持ち合わせているのだ。
刀聖の異能力、その名は『絶対切断』……。
放たれた刃に触れた物は、物理法則を無視して切断されると言う恐ろしい能力である。
そして、隣に並んでいる『光帝』もまた……刀聖の異能力に匹敵する程の、何かしらの凄まじい異能力を所持しているのだ。
正に最強の存在、正に究極の存在。
人々が嫉妬すらも芽生えない程に次元が違う存在である彼等は、存在するだけで人々に希望を与え、人類の未来を切り開く。
戦乱時代のこの世の中で、魔族が振るう力の猛威も彼等の前では無意味となる。
現代科学を用いても太刀打ちする事の出来なかった魔物に対して、それに抵抗しうる力を手に入れた人類。
しかしその力は……人類にとって大きな進化であったそれは、魔族達にとっては微々たる物だった。
モンスガイアから侵略の限りを尽くす魔物に対抗するべき筈の力は、上級の魔物にとっては大した障害になり得ない。
だが……その上級レベルの魔物でさえも赤子扱いする存在がここに居る。
異世界より来訪せし者。
神に愛され、この世に生を受けた者。
人々の希望の象徴と成り、人類を未来へと導く者達。
親しみを込め、人々は彼等を『英雄』と呼び、憧れ、恋焦がれ……羨望する。
「任務完了だ。俺達は次の現場へ向かう……後は、頼めるな?」
真っ二つに切り裂かれた緑龍を横目に、肩越しに振り向く刀聖。
「は……はいぃぃいいい!!」
厳格な顔が崩れる程に興奮を顕にし刀聖の言葉へ返答する騎士団長。
憧れの存在に声を掛けられた事に感動を覚えている様だ。
刀聖はその言葉に頷き返すと、光帝へと視線を向ける。
「じゃぁ、行くよ」
光帝が刀聖の視線を確認した様に頷くと、ここに現れた時と同じ様に二人は再び光を纏い、小さな玉へとその形を変えるとその場から消え去っていった。
嵐が去った後の様な静けさが訪れた荒野で、団員達は緑龍の死骸を横目に……目の前で起きた奇跡の数々をただただ噛み締めていた。
オールガイアは……魔族によって窮地に陥った。
しかし人類には希望があった。
予言が示す通り、現代に具現せし最強の英雄達。
彼らはただただ強く、最強で有り続ける。
理不尽な程の力を持っていた魔族に対抗しうる、理不尽と言う言葉を象徴した『14人』の『Xランカー』達が織り成す……至高と言う名の物語が今……始まりはしない。
――――――……。
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