第8話 ケヴィン・ベンティスカ5

商業地の中心部まで足を踏み入れると、沢山の人々が入り混じる空間へと辿り着く。


しかしそんな人ごみの中、一際目立つ一本の木がこの大都会の中心地に存在していた。


一つの店舗の屋根から突き出る様に備わっているその木。


一風変わった店構えをしているが、その店舗こそがケヴィンの目指していた場所だ。


「へいらっしゃい」


気前の良さそうな坊主頭の店主が、ケヴィンへと声を掛ける。


ケヴィンが訪れたのは『材木屋』、それも魔草樹を主に扱った魔道具メーカーの一遍を担う店舗である。


店主の変わった趣向で、材木屋である事をアピールする為に屋根裏であの木を育成していると言う。


そのお陰でこの様な店構えとなっているのだ。


「兄ちゃん今日はどんな品を持ち込んでくれたんだい?」


頭に巻いた捩じり鉢巻きの結び目をグイっと移動させながら、店主は此方へと声をかけて来る。


ケヴィンはこの店では既に顔なじみとなっている。


この店主とももう何度も顔を合わせている仲であり、数少ない知り合いと言った所だろうか。


しかし先の装飾屋同様、互いに名前も知らない仲ではある。


「こいつを買い取って貰いたい」


ケヴィンは、大袋から頃合いな丸太を取り出し、店主へと見える様に差し出す。


「ほぉ……」


強面店主の表情が一層濃くなる。


「こっちへ入ってきてくれるかい?」


店の勝手口を開け、店内へと導かれるケヴィン。


作業台と思わしき大きなテーブルを店主に指差され、ケヴィンはそこへ今日仕入れた大木を全て並べる。


「『ダイヤモンドウッド』たぁ久々じゃねぇか」


店主は嬉しそうに顔を歪める。


魔草樹の中でも最高クラスの魔力保有量を誇るダイヤモンドウッド。


名前の由来は、木材なのにも関わらず、その強度は鋼鉄をも遥かに凌駕する事から名づけられた。


ダイヤモンドウッドは魔道具製作の中でも、特に兵器部門で重宝する。


魔法剣の持ち手や鞘当てに利用されており、さらにはかの有名な『弓聖』が使っている弓にも、この素材が使われているのだと言う。


「驚いたな、今まで見た事無い程の魔力を秘めてやがる。兄ちゃん、こいつはぁ一体どこで手に入れたって言うんだ?」


商業を営んでいる人物は、大抵の人物が鑑定眼を持つ。


一般的に普及されているスキルだが、魔力保有量の鑑定や品の贋作等を見極める事が出来る等と言った、商業職にとっては必須スキルで有る為に、商業人はまずそのスキルを徹底的に磨いている。


その鑑定結果で、店主はケヴィンの持ってきた材木が並みの品では無いと言う判断を下した様である。


「庭に生えていた物を持ってきただけだ」


淡々と答えるケヴィンに、店主は呆れ顔を見せる。


「庭に生えてたっておめぇ……『デスマウンテン』に住んでる訳じゃあるめぇし……。まぁ良い、客の素性には関与しねぇのが内のモットーでよ。すぐに計算するからちぃと待っといてくれや」


彼の言った『デスマウンテン』とは、アトランティス北部に存在する大きな山の事だ。


そこに生息する魔物は殆どが上級へ分類される種族ばかりである。


果敢にも討伐に乗り出した冒険者を、悉く亡き者にする為に、そう言った名前が付けられる事となった。


強い魔力が蔓延する地方には、凶悪な魔物が好んで潜む。


ダイヤモンドウッド等の魔草樹の入手が難しい理由には、そう言った背景が存在しているのだ。


店主はこの時、冗談でケヴィンの住処を『デスマウンテン』とは発言した。


これ程までに魔力保有量を高めるには、この近辺ではデスマウンテンしか無いと言っても過言では無い為、そう言った冗談を口にしたくもなるものだろう。


しかし、その冗談は間違えて等いなかったのだ。


そう、ケヴィンの暮らしているあの山こそが、人々が恐れ近づこうとしないデスマウンテンなのである。


あまりにも死者が続出する為、英雄以外の立ち入りを禁じられた山。


まさかそんな山にただの一般人で有るケヴィンが暮らしている等と、誰も思う筈がないだろう。


その上、ケヴィンは名だたる冒険者が片っ端から討たれる結果となっていた魔物達を、たった一人で殲滅している状況だ。


それだけで彼の実力が現在、どれ程の物で有るのか想像出来ると言える。


ケヴィンは先程の店主の冗談に鼻で笑って返す。


事実だからと言って敢えてそれを言う事も無いだろう。


それにデスマウンテンにはもうそれ程魔物は残っていない。


デスマウンテンからの魔物の被害が一切無くなった事によって、英雄ですら派遣される事は無くなったあの山は、現在ケヴィンにとってとても暮らしやすい環境となっている。


その生活水準を壊されたく無い為に、ケヴィンはその有用な情報を誰にも口外していないのだ。


報告の義務すら無いと思っている。


「ほらよ、こいつが今日の買い取り額だ」


早々に計算を終えた店主からお金を受け取るケヴィン。


二つに分けられた札束を受け取り、それと同時に顔を顰める。


安い訳では無い、その逆だ。


「額が多いって顔してやがるな? それで良いんだ。兄ちゃんは毎度毎度良い品を持ってきてくれる。兄ちゃんの持ってくる素材は相場よりも幾らか高く売れるんでな。今回はそれも踏まえての買い取り金よ、こっちだって儲けさせて貰ってる。だから黙って受け取ってくれ」


そう言う事ならとケヴィンは言われた通り黙ってそれを受け取る。


基本的にケヴィンは自分の仕事に見合った金額しか受け取らない様にしていた。


ただ何も危険の無い所から持ち出した木材である為単純に相場でのやり取りと成るが、今回は相場よりも幾らか高い買い取り金を渡された為その理由を欲しただけであった。


総額200万Dをケヴィンは大袋へと入れ込む。


Dはこの国での紙幣であり、ほぼ世界中で使える共通の金銭の通称。


Dの価値は、アトランティス国の南に存在する『ジパング国』の『円』と同じ価格であると言われているが、地方によって当たり前にその価値が違う為、あまり参考にはならないかも知れない。


ケヴィンは比較的気分良く材木屋を後にする。


太陽はとっくに真上を過ぎており、遅めの昼時である事を知らせる。


そのまま食材を買い込んで自宅に戻っていては、調理時間を考えても直ぐに空腹を満たす事は出来ない。


ケヴィンの足は北門方向では無く、商業地の中に設けられた食事処へと向けられた。


樹の赴くまま香ばしい匂いに連れられてケヴィンが訪れた店は、外装からしても高級感を醸し出す店だ。


世間では三ツ星レストランとして有名な店な筈なのだが、ケヴィンはその店の名すら知らない。


貴族御用達であり、本来ならただの着古されたローブを着ただけのケヴィンの様な見た目の者は門前払いされるのが関の山なのだが……。


「いらっしゃいませ、一名様で宜しいでしょうか?」


ケヴィンはエルフの女性店員の質問に頷きで返す。


店員ですら上品なメイド服を着飾っているのだが、ケヴィンは薄汚い紺色のローブ。


正に場違いである。


しかし、ケヴィンが腰に持つ魔道具、『大袋』の存在がこの時にも役に立った。


ある一定の稼ぎを持つ者しか持てないそれを所持しているだけで、冒険者としてそれなりのステータスと成るのだ。


一般人には簡単に手に入らない物を持っているだけで、高級料理でも支払いは可能であると店員が判断したのであろう。


「ご注文はお決まりでしょうか? 当店はオムライスが大変人気となっております」


社交辞令とも言える売り文句を投げかける店員を半ば無視し、案内された席でメニュー表を開いたケヴィンは、高級店には明らかに似つかわしくない商品で有る『かつ丼』を注文する。


オムライスの隣で表面の一面を飾る程デカデカと書かれていた為に、単純に興味をそそっただけだ。


席は店の一番端、確かにお金は持っているが、ボロいローブではとてもじゃないがこの店では見た目が場違いである。


他の客の視線に入らない様店員が配慮したのだろう。


ケヴィンの為でもあるし事実店の為でもある為、彼は特にそう言った扱いを気にしない。

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