第2話

 セルセルの死体を見た時、正直ワクワクしちゃった。だって、そうでしょ? あんな団結した雰囲気は崩れて混沌としたシチュエーションが味わえると思ったんだもの。実際、クーちゃんは激おこだったし、コトっちも少しは動揺してた。アシュアシュはいつも通りだったけど。

 ああ、ここは天国だな。だって、毎日いろんなハプニングが起きるし、今日にいたっては協力ムードをぶっ壊す最高のショーが見られた。

もっともっと生き残れば最低で最高なものだって見れるかもしれない。私の中に燻る怪物だって満足するような。

昨日はセリルんを殺すのもいいなって思ってたけど、断然こっちの方が私好み。めちゃくちゃで何が起こるかわからない場面で食らい合う……想像しただけで涎が出ちゃう!

 でも、まだまだ刺激が足りないよね。コトっちのおかげセリルんもこのカオスに加わってくれるみたいだけど……絶対積極的には動かない。断言できる。

だから、色々餌を巻かなきゃね。終着点は決めてるし、ああ——最高の思い出になるといいな。




ちょうど時計の短針が数字の一に近づくころ、二人はそろって食堂を出ていく。何故かアメリアはセリルの部屋に用があるらしい。

「ごめんね、セリルん。待ってもらっちゃって」

 アメリアは両手を合わせて可愛らしく片目を瞑る。あざとい仕草だが、彼女が行うと不思議と不快ではない。しかし、彼女の本性を知っている身としては可愛くは見えない。

アメリアの身体能力は他の生徒たちに及ばないが搦め手ならばダントツで一番だ。彼女の享楽的で嗜虐趣味なのが相まって罠を張るという戦法がマッチしているからだろう。

「問題ないよ。時間のロスはアシュリンで慣れっこだ」

「あはは! あの子はいたずらっ子だから仕方ないね」

 屈託ない笑顔をアメリアは浮かべる。少女の気質を知っていても思わずその眩しさにこの場の血生臭さを忘れてしまいそうだ。しかし、そういうわけにもいかない。今この場は戦場にも等しいのだから。

「それで捜査の方は順調かい?」

「ふふっ。聞きたいかね?」

 アメリアはしたり顔でない髭をなぞるような仕草をする。これは今までにもよく見た顔だ。

「……何が欲しい」

 アメリアはメモを差し出してくる。そこには火薬、ワイヤー、銃及び各種毒草の名前が書かれていた。もちろん、必要な量も。

 訓練中もその成果に応じて生徒たちには報酬が支払われている。しかし、生徒たちはこの校舎がある山から出ることが禁じられている。そのため、二週に一度定例報告で街へと向かうセリルが必要なものを代わりに買ってきているのである。そして、その日は明後日だ。

「まったく……ここぞとばかりに要求してくるね」

「だって、軍事物資は高いんだもん。おごってもらわないと買えないよ」

「君たちにも十分なお金が渡されていると思うけど」

「あの程度のお給料じゃ、必要なものを買っただけでなくなっちゃうに決まってるじゃん」

 アメリアはくるりとその場で回り、着ている服をアピールしてくる。他の子たちとは違い、派手な服装だ。しかも、彼女の自室にも他にも山のように衣装が鎮座しているのを見たことがある。

ほとんどの人間が貧困層出身の暗殺協会では服に対して興味も知識もない。しかし、彼女は別だ。アメリアの親は稀代の資産家である——ルベール商会の会長だからだ。

「相変わらずだね。それも商会での教えかい?」

「違うよ。服はただの趣味。そうじゃなかったらこんな奇抜な格好しないよ」

「奇抜だという感覚があったんだ……」

「当たり前でしょ! 流行には敏感なんだから。これはあえてってやつだよ」

 アメリアは豊満な胸を張り、ダボダボな袖を振り乱しながら胸部を叩く。そんな少女をじっくり見ていると以前から気になっていた疑問が浮かんできた。

「どうしたの? セリルん。私に見惚れちゃった?」

「そういえば、何でアメリアはここに来たの? まともな人間……いや、恵まれた人間はこないはずだからね」

 セリルはアメリアの独特なポーズを取ったアピールには視線も向けず、淡々と言葉を紡ぐ。桃髪の少女は「無視はきびしー」と悪態をつきつつも歩みは止めず話し出す。

「私、強盗に襲われたことがあるんだよね。実家が実家だし想像できるでしょ?」

「そうだね。君が協会に入る前の時代は食い詰めたごろつきからプロの犯罪者までいろんな奴が強盗まがいのことをしてた時期だからね」

「そのとおり! 私のところも年十件は被害があったと思う。でも、ちゃんと用心棒も雇ってたし、撃退できてたんだ。けど、例外って起こるものだよね。実際起こったし」

 暗いはずの話を妙に楽しげな口調でアメリアは語っていく。妖艶な表情を浮かべながら、無邪気な子供のようにはしゃぐ様子は実に不気味だ。

「それでね? ある雨が降った日……強盗が来たんだ。それも五人いる用心棒を一人で倒すような凄いやつ! その日はちょうどお父さんや執事の人もいなくて屋敷には私とメイド数人しかいなかったんだ。真っ先に標的にされた私は逃げたよ、必死にね。強盗が用心棒との戦闘で少し足を怪我してた影響で猶予はあったけど、ひよわな私じゃ追いつかれるのは時間の問題だった。『怖くないよー』とか『痛くしないから』とか言ってた顔はすごい下卑た顔をしてたし、捕まったらヤバいって思ったね。そこで閃いたんだ。あいつの——殺し方を」

 恍惚とした表情を浮かべ、捕食者のような妖しい光を孕んだ瞳は過去を幻視しているのかどこか遠くを見ていた。今更ながらアメリアの異常性がひしひしと伝わってくる。

「殺した方法は簡単。お父さんが財産を隠してる隠し金庫の防犯システムを利用したの。その金庫は間違ったダイアルで回すと部屋の上隅の方から毒矢が飛んでくるんだ。だから、逃げてるふりして隠し部屋に誘い込んで……金庫の前でわざと転んだの。顔を恐怖で引きつらせながらゆっくりと後ずさるの。『やめて……殺さないで』って言いながら。強盗は勝ち誇ったように笑いながら徐々に距離を詰めてきたわ。だから、ちゃんと矢が当たるように角度を調整しながら偶然に見せかけてダイアルを回したの。勢いよく発射された矢は強盗の肩に突き刺さった。すると、強者だったはずの強盗が虫のようにのたうち回り始めたんだ。さっきまで捕食者だったはずの強盗が一転、死を待つだけの虫けらになったんだよ? そこからは夢中になってその姿に見入ってた。いつの間にかお父さんたちも帰ってきてたみたいですっごい心配してたみたい。でも、私はすでにあの姿に魅入られちゃってたんだ。あの強者が惨めに息絶える姿に」

 アメリアは早口で語り終えると満足そうな表情で目を閉じている。まるで極上の料理を食し、それを味わっているようだ。

いや、彼女にとっては常人にとってのそれなのかもしれない。

以前あった凄腕の殺し屋もやけに味について言及する奴がいたな。

やはり、ここには異常者ばかりが集まるのだろう。

「これで私の話は終わり。どうだった? セリルん?」

 期待と畏怖が混じった視線が向けられる。セリルはほんの少しだけ間を開けて口を開いた。

「意外と普通だなって思った」

 予想外の返答だったのか、アメリアは目を白黒とさせている。

「暗殺協会は孤児や才能のある一般人をスカウトすることがあるけど、そもそもこの道で生きいこうとするやつは総じてまともじゃない。アメリアみたいにね。だから——余計なことは考えなくていいよ」

 セリルは平坦な口調で断定する。今の話以外の彼女の過去は知らないし、興味もない。しかし、アメリアが何を求めているのかは理解できた。その証拠にアメリアは口角を上げ、満面の笑みを浮かべた。

「セリルんならそう言ってくれると思った」

 アメリアは気持ちよさげに体を伸ばし、軽やかに歩を進める。ちょうどよく目的地である自室へとたどり着き、セリルはいつも通り鍵を開け、扉をスライドさせる。

——ナイフ!

セリルは軽く跳びながら体を捻り、飛来物を摘まんだ。軽やかに着地すると背後の壁にはもう一本のナイフが突き刺さっている。ナイフは異常に低い位置刺さっており、本命は足だったのだろう。

「ありゃりゃ、やっぱダメだったか」

 アメリアはいつの間にか取り出した銃を人差し指でくるくると回しながらおどける。

「やっぱり、君の仕業だったか。ボクを狙うのはやめたんじゃないの?」

 おそらくこの仕掛けのためにこの部屋までついてきたのだろう。あの話も油断させる前振りだったとしたらたいしたものだ。

 いや、それだけじゃない。もしボクがナイフの仕掛けに時間をかけた場合や意識の対部分を割いていた場合ならばあの銃で心臓を撃ち抜いていたことだろう。

 彼女の銃の腕前は百発百中。致死の攻撃が飛んできたかもしれないと思うとぞっとするね。

「こんなの『狙う』には入らないでしょ? ただの暇つぶしだよ」

 アメリアはあっけらかんとした様子で壁に刺さったナイフを抜きながら言い放つ。窓から照らされた光でナイフが独特な色に変色しているところを見ると、毒が塗ってあるのだろう。

かすりでもすれば一日は動けなくなるほど強力なものだ。随分物騒な暇つぶしに付き合わされたものだね。

「暇つぶしついでに聞いていいか?」

「どーぞ」

 アメリアはナイフを布でくるみ、腰のポーチへとしまう。

「朝の事件の犯人は誰だと思う?」

「うーん。まだ私も調査中だけど一番有力なのはコトっちかな?」

 予想外の容疑者の出現にセリルは続けざまに「なんでそう思うの?」と問う。

「だって、あのセルセルが綺麗に首をはねられてるんだよ。それに、体には一切傷がなかったから抵抗する間もなく殺されたってこと。つまり、セルセルと気安い関係でなおかつ一瞬で首を両断する実力者って考えたらコトっちしか考えられないじゃん。コトっちは居合の達人だしね」

 一応、筋は通っている。

事実、瞬間的な殺傷能力はコトノハが一番高い。しかし、その単純な結論には引っかかるところが多い。

そもそも、何故初日にマーセルを殺したのだろう。殺すにしても首を守り抜く必要がない試験最終日にする方がいい。

油断を誘うため?いや、そうだとしても初日に決行する理由にはならない。やはり、ボクが知らない情報があるみたいだね。

「なるほどね。参考になったよ。ところでコトノハとマーセルは仲が良かったのか? そんな記憶ないんだけど……」

「表面上はそうだと思うよ。でも、セルセルがコトっちのこと幼馴染だって言ってたし。それにその話してる表情が妙に柔らかくって印象に残ってるんだよね」

 暗殺協会の調査資料にはそんな記載はなかった。マーセルやアメリアが嘘をついているという可能性は……あるにはあるが薄いだろう。コトノハに確認されればすぐに露見するからだ。……となるとやることは一つだ。

「面白いネタをありがとう。お礼にこれをあげるよ」

 セリルは自室の扉付近にある薬品棚の鍵を開けると薄暗い茶色の瓶を放り投げた。慌てた様子でアメリアは優しくそれを受け止めた。

それもそのはずだ。瓶の中身は猛毒の植物から抽出した神経毒、数ミリグラムで大型動物さえ昏倒させる代物であり、常人に使えば殺害も可能な危険な毒だ。

「ちょっとセリルん!」

「さっきのお返しだよ」

 アメリアの「大人げないよー」なんて嫌味を聞き流し、別れを告げる。しばらくはグチグチと文句を言っていたが、追加で欲しがっていた工具箱をあげると満面の笑みで帰っていった。単純なやつで助かる。

セリルはそのままベッドに横になり、目を閉じ、深呼吸した。やはり、若干甘い匂いを感じる。まさかと思うがアメリアのやつ毒をこの部屋に充満させていたのか。最初の仕掛け自体が囮……成長したな。

セリルは口角を上げ、もう一度大きく息を吸う。

幼少期から暗殺協会で育てられたセリルにはほとんどの毒は効かない。もちろん、この建物にある毒すべての抗体を有している。

つまり、毒を使った戦法自体がトラップというわけだ。

さて、彼女はいつ来るかな。

セリルはベッド近くの窓を少し開け、期待に胸を膨らませ、まどろみに落ちた。

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