特異点

 ―――今なら何でもできそうな気がする。


『うん、できるよ。灰色さんとなら。何だって。どこにでも行けるし、なんだってなれる』


 復帰した拳鬼と炎魔と呼ばれた特級の存在を捉え、手を持ち上げる。その緩慢な動作に一瞬で相手が反応する。床を踏み抜くほどの衝撃、衝撃波が部屋を襲う。それを片手で掴んで砕く。


「此処だとゲストに被害が出る。場所を変えよう」


 後だしで先手を取る。身体スペック上絶対に相手に追いつく事は出来ない……筈だった。だが体はまるで光に変化したような速度で一瞬で相手を上回った―――いや、光になった訳ではない。単純に絶対先制権を奪っただけだ。速度ではなく優先順位。此方がイニシアチブを強制的に主張し、取得する。


 概念への干渉。絶対先制。息をする様にそれが出来た。


「速ッ―――」


「防御しろ!!」


 同時に2人の顔面を掴み、それをビルの外へと向けて引きずり出す。残された最後のガラスが砕け散りながら外へ向かって暴風が吹き荒れる。ビルの外に出た所で2人を解放し、背に感覚を巡らせる。


 そこには結晶翼が生えている。実体を伴った翼、使い方は……枝みたいで良いのか。だがこれは実際にその末端まで感覚が通っている感じがする。体の一部なのか。体の一部だったら、まあ、使えるか。


「Seven」


 煌めく翼が振るわれ、7つの斬撃が同時に発生した。血と炎が舞い特級の姿がビルから弾きだされるように吹き飛ぶ。だが中空を蹴る拳鬼と、炎の噴射で一瞬で態勢を整え、姿が音速を超える。同じように此方も中空を蹴って即座に音の壁を超える。


 正面から殴りかかってくる拳鬼の拳に自分の拳で応え、拮抗した瞬間に翼を放つ。横から放たれる炎の大斬撃をもう一方の翼で迎撃しつつ、体を捻って指を振るう。それに合わせて出現する剣は光を纏っている。


 その行く先が大地に亀裂を刻む。それで終る筈もなく、敷地の外まで伸びて隣のビルを解体し、その向こう側まで抜けて行く。軽く放った筈の斬撃で発生した現象に一瞬だけ驚いていると、炎魔の姿が直ぐ横にあった。


「―――ようこそ、特級此方側へ。消し飛べッッ!」


 ゼロ距離から燃焼する砲撃が放たれる。空間を焼き焦がしながら放つ衝撃に体が吹き飛び、大地を抉りながら翼を突き刺して体を止める。その瞬間には目の前に拳鬼がいる。


「俺達からの祝福だぁ! はは!」


 腕を交差して受け止め、再び吹き飛ばされる。周辺の大地が裏返る程の衝撃を体を吹き飛ばしながら受け止めつつ、追撃の炎の斬撃を受け止め、続く拳のラッシュに更に吹き飛ぶ。車に、ビルに、建築物に衝突しながら両腕を交差したまま受け止め、それから道路に足を突き刺して動きを止める。


「動けば何とかなりそうな気もするけど……隙がないな。殺しても即座に復帰しそうな気配もする……どうする?」


『なら……何とか出来る手段を作りましょう。大丈夫、灰色さんなら出来るよ』


「全肯定天使ちゃん……自己肯定感上がりそう」


『上がるの?』


「上がる」


 ビルから結構弾き飛ばされた。ビル街へまで吹き飛ばされ、辺りは破壊の痕跡で溢れている。周辺に人の気配がないのは……ビルを襲撃し始めた時点で人が既に避難し始めたからなのかもしれない。だとすれば派手に暴れても問題がないだろう。


 土煙の向こう側から無傷に見える拳鬼の姿が見える。少し離れた位置では炎魔が足から炎を道路の下へと流し込んでいるのが見える。自分が有利な戦場を作ろうとしているのだろうか? フィールド展開型はハマると強いから厄介だなぁ。


「おいおい、見た目が変わっただけかぁ? もっとなんか面白い事やってみろよ。もっとこっち側に踏み込んで来い! そうじゃなきゃ暴れる意味がねぇぞ灰色!」


「好き勝手言ってくれるじゃん……良いぜ、そう言うなら滅茶苦茶やってやるよ」


 足で地面を叩く。


 足を起点に流し込まれた魔力が地面を抉るように紋様を描く。紋様を中心に、これまで存在しなかった新たな技術体系を天使が創造する。これまでのように魔力を数式や科学で律するのではない。魔力を神秘によって律する。科学では干渉、改変不可能な現象を編み出す。


 紋様が―――魔法陣が燃え上がるように広がり、そして消える。それと入れ替わるように灰が空から振り始める。空間を侵食し、領域を獲得する。ここら一帯そのものを己の力として飲み込み、支配する。自分にとって有利なフィールドを展開する。


 手を振るう。舞う灰が激しくなる。世界が霞んで消えて行く。その中で俺だけが健常なままで居られる。


「おい! 拳馬鹿! こっちの仕込みを無にされたんだけど!?」


「あぁ!? 俺が悪いってのか!? まあまあ俺が悪いな……」


「反省する前に勝とうとしろ……油断すると負けるぞ、これは」


 楽しくなってきた。


 手を狐の影絵を作るように模れば、灰嵐が巨大な狐の姿へと変化し、9本の尾を靡かせながら2人に襲い掛かる。殴られる寸前で手の形をバラせば形が崩れて灰に戻る。そこから手を振り上げれば―――道路を突き破って2人を灰の龍が飲み込んだ。


 音さえも一緒に飲み込み、世界が静寂に包まれる。その長い体をくねらせながら二つの姿を飲み込んだ龍は高く舞い上がり、凄まじい加速を乗せながら一気に大地へと向かってダイブする。道路を突き抜けるように2人の姿を叩きつけて霧散し、内側からまだ生きてる姿を吐き出す。


「こう、じゃないな……こう、か」


 手を積み木で遊ぶように、粘土細工をこねるように振るう。今度は龍が3匹現れた。


「う、っぜ―――!」


 その全てを炎が飲み込んで消し飛ばした。灰さえも飲み込んで燃え上がる炎が一瞬で世界を赤く染め上げる。空から火の粉が降り出し、道路を突き破って炎の間欠泉が発生する。どうやらまだ技の練りがまだ甘いらしい。


『初めてだからしょうがないよ。ほら、もっとやってみようよ……私達ならどこまでも―――』


 囁くような声。導くような声に、心が、理性が蕩けて行く。何もかも委ねたくなるような意思を感じる。このままこの声に従っていれば問題はない。そう感じる。溢れる力を誘導するように、方向性を与えようとするそれを―――制する。


『……?』


 調子に、乗るな。


「だいぶ、慣れてきた―――そろそろギア上げてくぜ」


 両手でフォトフレームを作るように2人の姿を捉え、それをそのまま90度曲げる。それに合わせるように天地が動く。北が上に、南が下に。世界そのもののルールが書き換わるように動き出し、ビルが生えた道路が横に、壁として聳える。


「……は? え、いや、ちょっと待て」


「そうくるかぁ……」


 上からトラックや車、細かい瓦礫やガラスが降り注いでくる。そうやって降り注ぐ障害物を無視して、落ちてきた車の上に着地、それを蹴って跳躍しながら接敵する。ストレージから引き抜いた双剣で斬撃を繰り出し、描く次元の亀裂をそのまま生き物のように蠢かせる。


 追従する亀裂を回避し、同時に炎の斬撃が焼く。閉じる亀裂の向こう側から拳の振るチャージが飛んでくる。ふわり、と翼を羽ばたかせて体を動かし回避、そのまま近くの車の落ちる方角を切り替える。拳鬼へと向かって流星のように車が降り注ぐ。


 それを炎砲が薙ぎ払う様に焼き払った。上下が変化した世界で花火のように爆発を巻き起こしながらその中央を巨漢が突き抜けてきた。


 拳。空間を震わせ、砕く、最強の拳が放たれる。絶対先制権でそれが命中する前に回避に入り、横をすり抜けながら結晶翼が煌めく。すり抜けてから斬撃が遅れて発生する。7つの斬撃が体を貫いて吹き飛ばし、その奥の炎の魔人の姿を捉える。


 炎の檻。突如出現する拘束具を灰の龍が内側から食い破る。飛んでくる標識を蹴り飛ばしながら放たれる拳を結晶翼でいなし、カウンターで弩からの矢を放つ。ビル街を吹き飛ばしながら遠のく姿に虚空を蹴って加速し、横から炎の拳に叩き落とされる。


 ビルを貫通して全身を殴打しつつ、翼を振るってビルを切断、それをそのまま慣性を変える。


「あげる」


「いらない」


「マジいらない」


 ごごごご、と音を立てながらビルが2人の方へと向かって落下する。先に反応するのは炎、無数の斬撃がビルをダイス状にカットし、その横に男が付いた。


「よ、こら―――しょ!」


 ダイスカットされたビルが燃え上がり、ソレが蹴りと共に放たれる。まるで燃え盛る隕石のように降り注ぐビルの合間を抜けるように飛翔して加速する。前へ、前へ、自分の中で湧き上がってくる力を抑え込む様に、それに飲み込まれないように意思を強める。


 使えば使うほど、得体のしれない物が体の中を這いあがってくる。


 。経験と本能がそう言っている。


 だって、これ、気持ちが良すぎる。


 ずっとこうしていたい。そう思えるほどに楽しくて、気持ち良くて、無法だ。何時までも浸っていたい。ずっとこのままで居たい。もう戻らなくても良いんじゃないか? そんなふわふわとした気持ちと力を強く感じる。意思が弱ければ一瞬で飲み込まれる。或いは元からそういう存在だったのかもしれない。


「良かった、俺が童貞で……!」


「何が!?」


「童貞で良かったとか言う奴初めて聞いたなあ」


 クソ戯けた事を口にしながらも言葉は歯を食いしばりばがら。超加速からのキックでビルを貫通させ、炎魔の頭を掴んで道路に叩き付け、それもビルの中へと放り込む。槌を取り出してビル諸共重力で圧殺しようとすれば、道路の中から姿が現れ、足元から飛び出してくる。


 周囲への被害が拡大して行く。抑えようのない被害が周りを砕いて行く。それでも戦いは更に加速し、周辺を飲み込む。


 灰の剣を無数に生みだし、雨のように降らせれば全身を貫かれながら接近する拳鬼が目の前まで到達する。此方の顔面を掴んでくるとそのまま道路に叩き付けて摺り下ろすように自由落下。背後で火花が散るのを削られながら感じつつも、炎が下の方で吹き上がる。


 指のスナップ。


 上下の方向性がもとに戻される。同時に落下の方向が変わる。体が道路を滑るように落ちるのを止め、地面に押さえつけられるような形になる。それを蹴り上げて姿を吹き飛ばし、拘束を抜ける。


 屈む―――頭を焼き尽くす炎の閃をすり抜け、接近した炎魔の姿を捉える。


「出来た、これで、終わりだ……!」


「野ろ―――」


 顔面を掴んで組み上げた新しい魔術を行使する。瞬間、炎魔の姿が停止する。いや、見ればわずかにだが、本当にゆっくりと動いているのが見える。数秒かけて数ミリ程度の動きだ。だがそれで炎魔が停滞の檻に捕らわれた事を証明する。


「なんだそれ」


「時間を希釈化させる事で存在する時間を限界まで薄くして停滞させてる。これなら何らかのトリガーを踏まずに無力化できるだろ?」


 蹴り上げから着地した拳鬼が此方から視線を炎魔へと向け、それから此方へと戻した。


「ほんと滅茶苦茶やってくれるな……何なんだ、その力は」


「さあ? 天使ちゃんは解る?」


『解りません!!』


 拳を握ってでーん、と勢いよく宣言する天使の幻影が現れた。それを拳鬼共々眺めてから互いに構え直した。


「全く……ほんと、ロクでもない仕事だったな」


「次は仕事をもうちょっとちゃんと選ぶべきだな」


「違ぇねぇ」


 苦笑を零した次の瞬間には拳鬼の姿が目の前にあった。渾身、至高の一打。


 だがそれを超えるように割り込み、拳鬼の胸を打つ。それで2人目の特級が停滞の檻に囚われた。


 特級探索者が2人揃って動けなくなったのを確認し、息を吐いて肺から熱を追い出す。そうでもしないとこの妙な熱に脳味噌をやられそうな気がしてた。だがそれもここまでだ。


「これにてゲームセットだ」


 勝負には勝った。相手の切り札は落ちた。隠し札も攻略した。


 残すは最後の仕上げのみ。

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