企業戦士(休日なし)

 アプリによる戦闘は新時代を象徴する戦闘技術だと言っても良い。


 スマートフォンや肉体に搭載した拡張技能によって電脳世界じょうの干渉を現実にも引き起こす現象は、空間に対する干渉作用だと言える。テレポーテーションや空間切断が空想と言われていた60年前とは違い、現実的な技術だった。


 VRやARを現実に出力する、という技術系統にある戦闘用アプリは銃に変わる遠距離攻撃手段として登場し、その行える範囲の広さから人気が出る事となった。


 人々は言う、アプリによる戦闘は魔法の様だと。


 故にアプリを使った戦闘をメインにする者をテクノウィザードなどと呼ぶようになった。


 これは黎明期の話になるが、銃器はダンジョンに出現するモンスターに対しては余り有効な手段ではなかった。理由は色々とあるが、最大の理由は人間と違って心臓や頭を潰された程度では死なないモンスターや、そもそも急所が存在しないモンスターがいて、銃では対処しきれなかった事にある。


 その為銃に変わる攻撃手段としてアプリが登場した。身体能力の強化、攻撃、召喚、アプリは戦闘概念に様々な恩恵と……多くの犯罪を現代の生活に持ち込んでしまった。だがまだ登場して60年もないこの技術は未だに未熟で、熟成を必要としている。まだ育ち切っていない技術、技能。


 それ故に現代では生身よりも、サイバーウェアを搭載した者や、或いは完全義体の方が高いパフォーマンスを発揮できるとされている。だがアプリには火力上限が存在する。現在の技術では解決できないもんがあり、それが火力のストッパーとなっている。


 その為、アプリを使用するなら最低でも何らかのサイバーウェアを装着し、火力を補助する必要がある。残念ながらアプリは単体で機能する程万能にはなれなかった。


 ―――だからこそ、サイバーウェアと組み合わせる事で無類の強さを発揮する事に至った。


「α、β、γ、行くぞ!」


「了解」


「オープンコンバット」


「目標を駆逐する」


「アリス?」


『スタンドアロン構造だよ。外からの干渉は無理』


 言葉と共に4つの姿が超加速する。手に握る装備はレーザー型のデスサイス、背には電子染みた羽を生やす、そこから粒子を放ちながら。物理法則を無視して音速の動きは紛れもなく強者にのみ許された動きだ。


 理解するよりも早く体は動き、双剣で次元を裂きながら体を部屋の反対側へ―――サキを下の階へと投げ込みながら退避する。直後、斬撃が次元の先を掻いて振るわれ、追い込む様に相手が回り込んでくる。


 浮かび上がった優先式ビットがその銃口を此方へと向け、レーザーを放ってくる。銃口、その射線を読んで指をスナップする。虚空から射出された武器が銃口を遮り、射線も目線も遮る。それを無視して此方の姿を的確に相手が迫ってくる。


「指運制御、打、突、打、打、斬、打―――!」


「ウォール」


「ファイア、ファイア!」


「ロック!」


 指を相手へと向け、折り曲げれば武器が出現しながら軌道を描く、指の動きに連動し、登録された動きを武器が走る。100を超えるパターン化された動きは指先からその根元までの僅かな揺れすらも入力される情報として読み解く。


 それに対応するように仮想の壁が展開される。


 電子空間で生成された壁がそのまま現実に対してプリントアウトされ、遮蔽として稼働する。それを中指の斬撃で解体し、迫る炎を薬指と親指の打撃で潰し、迫るバラバラの4つの陰に打撃で対応する。


 僅かにズレるように放たれるデスサイスは振るわれた後で空間に斬撃を滞留させる―――残された斬撃が設置技として稼働し、回避した後で時間を巻き戻すように戻って行く。それが逃げ場と攻撃のタイミングを奪おうとしてくる。


「やるじゃん」


「時間加速、3秒!」


「次元穿孔察知」


「ショックウェーブ!」


 1人、超加速により動きが5倍速へと達する。骨と肉が時間の圧迫に耐えきれず傷ついて行く。その音が耳へと響くのを察しながらも次元を裂いて距離を開け―――ない。ブラフ。次元への通り道を作っておいて潜り抜けず、追い込む様に放たれる斬撃を前に首を差し出す。


「しまっ」


 デスサイスが振るわれ―――首に突き刺さる。そのまま首を切断するのを手伝うように前へと踏み込み、デスサイスの刃が首を通り抜けて反対側へと抜ける―――跳ね飛ばされそうな頭を片手で抑えながらそのまま右腕を振るう。


「ごっ」


 カウンター、心臓を貰う。頭を押さえたまま相手の心臓を貫き、腕を軽く回してから姿を蹴り飛ばしエリクサーの瓶を口元へと召喚する。


 ガラスの瓶を噛み砕いて、ガラス諸共エリクサーを喉の中へと流し込む。蹴り飛ばした姿に追撃で武器を10本ほど叩きつけて串刺しにし、無力化する。これで1人目。だが1人仕留めるのと同時に空間を電撃が満たす。


 体を表面と内側から同時に焼き殺す雷の波動を生理耐性―――ルーン刻印によって付与されたあらゆる属性に対する耐性で無理矢理突破する。その陰で残った3人が勝負を決めに来るのが見える。全員が時間加速の限界上限まで達するのが見える。


 次の5秒以内に戦闘は終了する。


「来―――い―――」


 その言葉でさえ超加速された世界においては遅すぎる。通常の世界ではもはや残像すら捉えられない程の速度で加速が始まる。電子脳とサイバーウェアによる組み合わせは人間の脳を100倍までクロックアップさせる事を可能とする。


 故にアプリを使用した加速、強化、それが反動で肉体を破壊するものであっても、サイバー化された肉体はその不可に耐えきれ、破壊したら新たなものと入れ替える事で即座に戦線復帰を可能とさせる。


 エース部隊である彼らはその中でも特注の装備品、反射神経を限界まで強化し、時間圧縮にも耐えられる装備を容易されているのが解る。5倍、それから10倍へ、物理法則の限界を超えた最速最強の斬撃ラッシュが迫ってくる。


「―――」


 その異なる時間の流れを瞳はちゃんと、捉えていた。


 切り離された時間、繰り返される時間、歪んだ時間。ダンジョン内では1秒が100秒にも1年にも伸びるケースが存在する。それに対応する為に正しい時間を見る技能が必要だと暴君は語った。


 ダンジョン内で生存する為の生理耐性、身体機能。


 


「なっ!?」


 圧縮された時間の中で、先頭を行く男の視界が歪んだ。斬撃が体に届いている。何故、という言葉は自信の体に届いている翡翠色の刃が応えた。それは最初にデスサイスが放った滞留する斬撃。それが男自身に牙を剥いていた。


『それは、乗っ取れるかにゃあ』


 無論、サポートに回っているアリスも、同じように妊娠している間に人工子宮ではなく、自分の胎で直々に調整されたのだ。この程度の対応は出来る。


「く、そ―――」


 残りは2名。一瞬でゼロになる距離。迫る無数の斬撃、常識で考えれば対応する手段はない―――だが繰り出される指運の武器はデスサイスと衝突し、武器を弾き合っていた。


 驚愕の表情は時間の流れに一瞬で消え、斬撃のラッシュが入る。指の揺れ、動き、示す方向、それが30手先までの攻撃を全て入力し、振るわれる斬撃の雨を先行入力で全て処理する。


 その間に槌が抜かれ、


「平伏せ」


 かん、と音を立てて柄が床に叩きつけられる。発生した重力の井戸が一瞬で最後の姿を捉えて引きずり込んだ。一瞬でエントランスまで全ての敵の姿が叩き落とされ、そのまま地面にめり込み、四肢を破壊されながら全身の骨を砕く。


 その姿へと向かって小型のナイフを放り投げ、重力に波動で加速させて全員に突き刺す。


「が、ぐ、そ、装備が、呼び出せない……!」


『オッケー、ハッキングかんりょー。これで無力化出来たよ。猛指一本動かせないし薬を取り出して飲む事も出来ないね』


「流石アリスちゃーん」


:中級……中級!?

:うーん、これは詐欺

:中級(事実上の上級)

:本当に上級か? もっとあるだろ?

最強:いや、戦術と道具で上を狩れるようにしてるだけだよ彼

鉄人:体周りの弄り込みが特級相当と呼ぶには甘いですねぇ

:あ、貴方ほどの人物がそう言うなら……


「よ……とと。終わった……?」


「おう、恐らくJP社のエース部隊だな。アプリの活動速度と効率を上げる為に義体じゃなくて部分的なサイバー化を施して拡張範囲を拡大してるな。有機部分を残す事で魔力を扱えるようにしてるし、中々悪くはなかった」


 ただもっと早く、もっと重いもんを知っているだけ。そういうのと戦闘経験があるからこそ対処が出来る。俺が終始有利に立ち回れるのはそういう所にある。積み重ねた経験が、そして押し付けられてる経験の桁が違うのだ。


「うっし、上に行こう。天使ちゃんの気配もだいぶ近い。あともう少しで合流できそうだ」


 天井を重力の波動で崩壊させて上への道を作る。確か事前に調べた情報だと研究は30階から35階の間で行われている筈だ。そのフロアを崩落させないように気を使いつつ、近づいてきたサキを掴んだ跳躍し、上の階へと一気に移動する。


「ちょっと、新型ダンジョン攻略してる気持ちになって楽しくなってきた」


「正気?」


:正気ならこんな事せんやろ

:せやな

:明らかに正気ではないのだ!

戦士:正気だったらダンジョン潜らないんだよなぁ

:企業テロってテンションの上がるヤバイ奴

魔法少女:正気のままじゃ強くなれないからなあ

売国奴:お前は元からだろ


 よ、と、た、と一気に上へと移動し、着地する。天使の異質すぎる気配を隠す事は不可能だ。軽く辺りに意識を巡らせればどこにいるかは解る。だから天使の居るフロアまで上がったら、居る方へと向かって大剣を振るって壁を粉砕し、一直線に移動する。


:扉……

:ドアさんの仕事がなくなっちゃった……

:どうして扉を使わなきゃならないんですか!?

:文化人は扉を使うからです

:今俺達の前に居るのはチャンネル乗っ取った蛮族だが?

:じゃあいっかぁ……


 許された所でどーんがんどーん、と壁を粉砕して進む。周りの研究機材がどうなったもんかは興味もなく、天使のもとへ向かって一直線、全てを破壊しながら突き進み最後の壁を粉砕する。


「天使! 恐らく無事だとは思うけど無事か! 迎えに来たぞ!」


 最後の壁を分刺して抜けた部屋、そこに天使の姿はあった。


「―――て、ててて、天使ちゃん! ケーキ! ケーキはどうかな!? 食べる!? 食べちゃう!?」


「い、いや! こっちだよこっち! 羊羹! 羊羹美味しいよおおお!! 美味しいねえ!?」


「失せろカス共! 天使ちゃんが本当に欲しいのはスイーツなどではなくプロテインだ! 見ろあの素晴らしい肉体を! だがもっと筋肉を鍛える事が出来る筈だ……!」


「失せろ俗物共が! あの絶対的な美の化身と象徴が目に入らんか!? あの美しさの秘密を抽出する義務が我らにはある! まずはエステの予約をしなくてはならんぞ……!」


「……」


「……」


 無言でオタサーの姫の如く、研究者たちに囲まれている天使を見つけた。拘束具を装着している辺り掴まっている様に見えるのだが……なんというか、滅茶苦茶可愛がられていた。


「コレ本当に迎えに来る必要あったか?」


 なんか……滅茶苦茶快適そうじゃん……?

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