産まれた事が罰ゲーム

 ―――とある女の話をしよう。


 女は不運だった。それまでは普通の女としての人生を送っていた。だがある日、その人生は一瞬で崩壊を迎える。


 ダンジョンの出現だ。


 60年前、20歳の女はダンジョンの最初の出現、その現場にいた。そして同時にそのダンジョンに飲み込まれた。世界各国で何千、何万という死者を出した大事件、それからも何年間者間死者を増やし続けた呪われたイベント。女はその中心に居た。


 未来において、この動乱を乗り越えた者達は誰もが英雄と呼ばれるような成長を遂げた。武器もなく、技術もなく、対策も存在しない。そんな時代にダンジョンを乗り越えた者達は英傑、英雄と呼ばれる他ない成長と強さを見せつけたのだ。


 女もまた、同じようにダンジョンに飲み込まれ、踏破した。彼女は確かに普通の女だった。普通の少女として生まれ、育ち、大学に通い、そして戦うという概念に触れる事のない人生を送った筈だった。だがダンジョンと出会う事で全てが狂った。


 その日、女はダンジョンを踏破した。その代償は重く、片目が潰れ、片腕が捥げた。当時にクローン技術なんてものは存在せず、再生治療もなかった。それゆえに身体の欠損とは以降永遠のハンディキャップを背負うものでもあった。


 その時、彼女は未来を失った……そのはずだった。


 腕と目、それを失って平然でいられる者なんていない。だがその女は違った。どことないすがすがしい表情を浮かべてダンジョンから出てきた女を周りの人間は祝福し、感謝した。お前のおかげでこのダンジョンから出られた、お前のおかげで生きている、これで漸く助かる。


 そんな感謝の雨の中、女は口を開いた。


「なんて言ったと思う?」


「え……えーと……楽しかった?」


「惜しい。正解は“もう1周しよ”だ」


 その表情には特に楽しいという感情も、悔しさも、苦しみも、絶望感も何もなかったらしい。ただただ無表情のままもう1周しよと言って、一緒にダンジョンから出てきた全てを置き去ってもう1度ダンジョンに……今度は1人で潜った。そして当然のように生還した。


「それが俺の母さん、60年前ダンジョンの出現に巻き込まれたけど生還し、それから地球上に存在するありとあらゆる生物の強さの頂点の1つに君臨し続ける女、灰谷アイカだ。爺さん、とりあえず食いでのあるもん片っ端からヨロシク」


「ふんっ……」


 腹が減った。カロリーが足りない。血が足りない。増血薬を喉の中に流し込んだら近くの中華料理屋に入って、店主のおじいさんにとりあえずメニューのもんを片っ端オーダーする。中々表情の怖い爺さんだが、年齢は母とどっこいのダンジョン黎明組。脛に傷のある者だろうと金さえ出せば飯を出してくれる良い人だ。


 カウンター席に座ると遠慮がちに横の席にクラスメイトが座る。


「ザキさんも好きなもん頼んで良いよ。ここの爺さんの作るもんなんでも美味しいから、遠慮しなくて良いよ。蘇生してくれたお礼兼ねてるから」


「サキよ。遠慮しなくて良いと言われても……」


 厨房の方を見ると謎のスキルを使って分身しながら火加減を調節して複数の鍋を同時に操り料理する爺さんの姿が見える。相変わらず無駄に能力を料理につぎ込んでる面白い爺さんだ。使っている食材もダンジョン産のものを使用してるし、一般人にはちょっと高めかもしれないが、その分質が良い。


 まあ、こんな小汚い店で高級料理店並みの食材や料理を出してるとは誰も思わないだろうば。


「アイカは相変わらずいないか」


「いないよ。去年アフリカに向かって以来音信不通。まあ、母さんが死ぬことなんて絶対にありえないし、そのうちこっちの状況察して帰ってくると思うよ。何なら既に地上に戻ってて遠巻きに今の状況を眺めて“息子がどれだけこの事件を通じて強くなるか見てたの~”とか言い出しても驚かないよ、俺」


「まあ、奴ならやりかねんな」


「お母さんの評価が散々ね……」


 やや引いた様子で呟くザキさんを横に、目の前に置かれたチャーハンの皿を受け取り、持ち上げ、レンゲで一気に口の中に流し込む。とりあえず一皿目。


「!?」


「はぁ、体にカロリーが漲るぅ……」


「人の作った飯をカロリー扱いするな」


 どん、と担々麺と餃子と春巻きが並べられる。キッチンを見れば今まさに作ったものだと解っている……この短時間でどうやってこれだけの料理が作れるかは謎―――でもない。時間を加速させるか調理器具でも使ってるのだろう。死ぬほど高いから高級店でもないとお目にかかれない道具だ。


 小汚い街中華で見る様なものではない。


「で、ザキさん俺が生き帰ったの気持ち悪いって言ったよな」


「サキよ。その、反射的に言ってしまって……」


「あぁ、良いよ、別に。あの状態から蘇るのは流石に見てて気持ち悪いって言いたくなるのも解るし。俺自身、体は刻印以外で弄ってはないけど刻んでる刻印の数と種類に関しては環境トップで多いと思ってるから」


 ずぞぞぞぞぞぞ。このコクと辛さがやはり担々麺の魅力だ。中華で一番好きなのは担々麺かもなぁ、と思いながらスープを飲み干して餃子と春巻きを食べ終える。天津飯とかに玉と油淋鶏に手を付ける。


「で、最初に母さんの話に戻るんだけど、俺の母さんがまあ、精神異常者の化け物だって事はもう周知の事実な訳なんだが……あぁ、いや、ザキさんは知らねぇか。業界でそれなりにやってるとまあ、解る事なんだけど」


「サキよ。……灰谷さんって有名人なの? 配信とかさっきの様子とか話を聞く限り何か凄い人の息子って感じはするけど」


 ぺろり、平らげて次の料理が並ぶ。皿を持ち上げて掻きこむ。


「うちの母さん、世界で5人しかいない超越者」


「うん……うん!?」


 超越者、つまりは特級を超えるランクの化け物。世界に5人しか存在せず、人類の上限を超えたというものたち。現在の人類の科学で到達できる強さ、それを更に超えて単身で国家に匹敵する力を持つ者の事でもある。大企業が相手であろうと関係なく勝利し、自分の存在そのものが法である絶対強者。


 5人中4人が人間性カスなのがまた面白い。そして最強の1人がその中の唯一のまとも枠だという事実も更に面白い。真面目に正体がバレた状態で散歩しているだけで知ってる人が失禁しながら気絶するぐらいにヤバイ5人。それが超越者。連中と比べれば特級なんて可愛いもんだぜ。


 そしてその5人のうちのカスの1人が我が家の母親であるという事である。


「灰谷さんが強いのって……そういう事……?」


「そゆ事。俺の強さの大部分は事前に母さんに下駄履かせて貰ったもんだよ。最初に刻んだ、刻印用に用意されたアーティファクトはあの人が持って来たもんだし。俺が死に辛いってのもそういうのが理由。頭が無事なら2~3回殺されても蘇生できるぜ」


「気持ち悪っ」


「素直なリアクションをありがとう」


 いや、でも、まあ。今の時代頭さえ無事なら体を変えるだけで蘇生可能なのは電子脳持ちならそうだし……生身で出来ても別に良いんじゃない? 完全に死んだ状態からの蘇生に関してはクローニングだったりで手段はあるんだし。


 中には自分のものじゃない体を用意してそっちに乗り換える奴とかいるしな。魔法少女になりたいから幼女の体に定期的に乗り換える奴とかいるし。いや、アレは特殊ケースすぎるかもしれない……。


 それに新しい体と記憶転写による延命は記憶の欠損とスワンプマンの恐怖が付きまとう。まともな精神性では活用し続けられない。肉体を改造するタイプの強さだと新しい肉体を用意する度に強さがリセットされるし。こう言っちゃアレだけど、最前線探索者からするとアレはそこそこコスパが悪い。


「俺の母さんがカス世界代表である事はもう周知の事実だと思うんだけど、将来的に自分1人ではダンジョンの深淵に挑むのには手が足りなくなるって思って、パーティーメンバーを用意しようとしたんだよね。で、探すより自分で産んで1から育てた方が理想のパーティーメンバーになるって考えて……俺が生まれたってワケ」


「発想のスケールが違いすぎる……!」


「俺が死に辛いのはそういう訳でね。俺は将来的なパーティーの前衛担当。どんな武器もアーティファクトも使う事が可能で、状況と環境に合わせて常に最適な装備で有利を取って戦えるダメージディーラー、って感じ」


 常に最前線で張り付くから死に辛さと器用さが求められる。そういう仲間が欲しいからそういう子供を産んだ。骨組みはくみ上げたから後は勝手に育つだろうと今は放牧されている状態でも言うべきか。


「とはいえ、マジで昇天するラインだったから助けてくれて助かったよザキさん」


「サキよ。まあ、クラスメイトをあのままにするのは……なんというか、忍びなかったから……」


「ザキさんのワンコイン投入のおかげで人生コンティニューできるようになったし、もっと自信を持っても良いよ。ウチの家族の事を話したのも感謝の証というか」


 ずぞぞぞぞぞ。むしゃむしゃ。がぶがぶ。ごっくん。


「借り、って事だから」


「サキよ。借り?」


「それなりに金と力はあるって事。今度お礼するから、何をして欲しいか考えておいてくれ」


 親がアレで、俺はコレ。大体の事はやり通すだけの力があるという事の証明だ。命の恩はそれなりに重い。何か助けが必要なら大体の問題を解決する事は出来るだろう。それを理解したサキが少し俯き、考える様な表情を浮かべた所で……杏仁豆腐が2人前並んだ。


「あ、ありがとうございます」


「……それで、これからどうするつもりだ」


 サキに杏仁豆腐を渡しつつ視線を此方へと向ける爺さんの言葉に勿論、と下唇を噛んでキレ顔をしながら中指を突き立てる。


「あのマザー・ファッカー共にこの俺を敵に回したという事実が一体どれだけ最悪で地獄であるかという事を俺は魂に誓って証明しなくてはならない……!」


「ふぅ、良くやる……」


 それだけ言うと厨房へと爺さんが戻って行く。俺も杏仁豆腐を喉の中に流し込んでカロリーの接種を完了させる。うーん、美味。これがゲームだったらなんかステータスにバフがついてる状態だろうが、残念ながらこの世界にはレベルの概念もステータスの概念もない。


 ホロウィンドウを開いて電子決済で会計を済ませる。


「はー、食った食った。御馳走様。爺さん美味しかったよ」


 返事はない、相変わらず愛想のない爺さんだ。背筋を伸ばしながら店の外に出るとびく、っと店を囲む様に伺ってたモブ人類の皆さんが退散して行く。悪目立ちしてしまったからしゃーないかあ、と呟くとサキが店から出てくる。


「灰谷さんは……これからあの、天使の子を追いかける訳よね?」


 振り返り腕を組んだ状態で頷く。


「……勝てるの?」


 無論、JPアプリケーションズに雇われているあの特級の事を言っているのだろう。双じゃなくても国内最大手のアプリの販売、流通を司る企業だ。上級クラスの部隊を抱えているに違いないだろう。これだけの戦力を保有できるからこそ企業は国家という枠組みに縛られずに好き勝手出来るのだが、


「俺を誰だと思ってるんだ? 倫理観カスに自分に並ぶパーティーメンバーになるように産まれ、育てられた被害者だぞ」


「被害者って言っちゃうのね」


 産まれた時点で罰ゲームだよ。だからこそ自分の欲望とかにはなるべく素直に生きる事にしてるのだが。


「俺に与えれた役割ロールはどんな敵に対しても常に有利を取って弱点を殴り相手の長所を潰してまともに機能させずに殺す事―――」


 つまり、メタ戦術とメタ装備特化型の探索者。俺の基本スタイルが複数の装備を使い分ける前提で行われるのはそういう所にある。徹底したメタ特化スタイルの使い手なのだ。


「―――1回戦えばどうすれば勝てるかなんて容易に見える。次戦う時は俺が一方的に勝つよ」


 その為に必要な道具が幾つか足りない。それを今から用意して殴り込むのに……数時間ぐらい準備が必要かもしれない。ホロウィンドウを開いて、貰った名刺から連絡先を確認する。


「あー、もしもし、東光ディメンションの人? あぁ、はい、俺です。先日のライセンス契約の話今でも有効ですか? えぇ、えぇ……それに利用した……あぁ、そんな感じです。どうですか? あ、ありがとうございます。入金確認したらお願いしまーす」


 緊急用の貯金を切り崩してそれを振り込めばすぐにライセンスが取得出来た。後は技術の方を贔屓にしてる工房に要望と一緒に送り付けて、数時間で仕事を終わらせるように指示を出すだけだ。良し、工房のデスマーチ決定! 頑張れ。


 これで攻略の必要な道具調達の目途は付いた。後必要なものは……。


「ザキさんザキさん」


「サキよ。今目の前で信じられないぐらい大きな額が動いてちょっとショック受けてるんだけど……なにかしら?」


 サキを見ながら一言。


「ザキさんって……配信やってる?」

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