本日の襲撃者・ラストオーダー

「邪魔するぜ」


 交渉人代理の傭兵は靴を脱ぐと玄関でそれを揃えて上がって来た。見た目とは裏腹に滅茶苦茶礼儀正しい事をしていた。その様子に腕を組んで首を捻ると、交渉人代理が電子型の名刺を取り出した。


「これ、俺の名刺と、こっちはJPアプリケーションズの名刺な。金さえ出すなら所属とわず雇われるから」


「あ、これはどうもご丁寧に。此方、俺の名刺と……母さんの名刺。恐らく本人に連絡が付くのは1年に1度あるかどうかってレベルだけど」


「おう、サンキューな」


 名刺交換は文明人にのみ許された奥ゆかしい文化―――刺客と何で名刺交換なんてしてるんだろう、と思いつつリビングまで案内するとユイがお茶を入れて待っていた。そそそ、と代理人がストレージから包みを取り出した。


「これ、土産の茶菓子だ」


「ありがとうございます」


「礼儀正しい……」


 殺しに来る人間がこんなに礼儀正しくてええんか? まあ、ええか……。社会人だしやくざな職業だけど普通にこういう事が出来た方が人として正しいのはそらそうだよね……。


 妙な納得をしながらリビングに案内し、テーブルを挟む様に向き合う。目の前に置かれたお茶を前に、代理人がそれを手に取って軽く口を付ける。美味い、って声を零してくれると俺としてはちょっと幼馴染の存在が誇らしい―――いや、まあ、マジで俺は関係ないのだが。


「さて、俺がこうやって先に話を通すのは俺がお前の親を敵に回したくないから……ってのは解るな? 実際の所、暴君はこの件に首を突っ込むか?」


「どうだろ。あの人の事は俺も正直、良く解らないんだよね。唐突に死ぬほどかわいがったと思ったら次の瞬間には首を切って瀕死の状態から蘇生する感覚を覚えようね? とか言い出すし……」


「怖っ……」


 アレをまとのな母親だと思った事は1度たりとてないだろう。生まれた時……いや、そもそも生まれる前から虐待されるような感じだった。問題があるとすればあの女はそれを虐待だと思ってないし、それが当然の事だと思ってるし、なおかつ強すぎるせいで誰も口を挟めない事だ。


 父さんは父さんで、心を病んで離婚し、別居中だ。正直あんな地雷女に引っかかってしまった事実には同情する。


「まあ、最悪俺が死んでも動かないかもね。次はもうちょっと賢い個体を産むか……ぐらいの感想かも。近くにいて止められる状況なら産みなおすの面倒だから殺すね、ぐらいの感情でくるかもしれないけど。今の所まだ国内に戻ったどころか地上に戻った気配すらないし」


「闇の深い家庭だなぁ」


 ずずずず。ぞぞぞぞ。お茶を互いに飲んで喉を休める。キッチンの入り口からは天使が覗き込んでいる。代理人と俺が放っている剣呑な気配を察して近づけないのだろう……まあ、君はそのままで居て欲しい。代理人もキッチンの方から覗き込む天使を見た。


「……じぃー」


「アレが話題の天使か……成程、天然モノであんなに可愛ければ事情を知らなくても欲しがる奴はまあ、いるか」


「アレで中身が幼女並だから困るんだよな。距離感近いし、妙にテンション高いし、知りたがりで大変だよ」


「青春してるようで良いじゃねえか。青春なんてもん、ない所にはないからな。俺も学生の頃は普通の恋愛とかしてみたかったもんだぜ」


 懐かしむ様に息を吐くと、すっ、とホロウィンドウが出現した。


「JPアプリケーションズは即座に天使を渡せば10億支払うって言ってる」


「失せろ」


「まあ、そうだろうな」


 天使もあっかんべー、と舌を突き出して拒否している。その姿に代理人が苦笑する。まあ、見えている交渉結果だ。相手もこれが通るなんて事、思ってもいないだろう。そもそも最初に特級相当の代理人を出しているのだから、拒否られて交戦する前提で話をしている。


「ま、こうなるか。それじゃあ先に外に出てる。準備が出来たら追って来い……祈りと遺言を残すぐらいの時間を残しておく。茶、美味かった」


 そう言うと代理人立ち上がり、そしてリビングの外へ……家の外へと向かって行く。その姿をしばらく追わずに、無言のまま椅子に背を預けながら見送る。


「……灰色さん、大丈夫ですか……?」


「あぁ、まあ、大丈夫……大丈夫だよ」


 不安げな表情を浮かべた天使が近寄ってきて頭を撫でてくる。なんとなくだが相手が格上である事を理解しているのだろう。実際の所、明確に格上だと解る相手だと流石に勝てないのが見える。奥の手を解禁したとして―――いや、まだ使えないか。


『JPアプリケーションズ、国内最大手の戦闘用アプリの開発提供元だよ』


「金はある、って事だな。やだなあ、勝てても地獄が続きそうで」


 よっこらしょ、と立ち上がる。ストレージから丸薬を取り出して飲み込む。それで多少の疲労は無視できる。他のドーピングは……あまり好きではないので使わない。体のダメージは少しあるが、インジェクターで首筋からエリクサーを注入して無理矢理治す。これで平時の状態まで肉体のコンディションを戻せた。


「シュウ君、私は」


「ユイは、俺が負けたら素直に相手に従って。抗わない、暴れない、大人しくする。そうすれば乱暴されないから。最悪、アリスがなんとかしてくれるから」


『私本体はクソザコだから勘弁して。兄貴の仇討とか絶対にしないから』


「そんなぁ」


 会話にそこまで悲壮感はない。大体ダンジョンに行く人間なんて常に遺書を残してるんだ。死ぬかもしれないというシチュエーションは本当に今更だという話だ。俺自身、死にかけるのも1度だけではない。実の母親に腹に掻っ捌かれた痛みを教わった事もある。


 そして今生きている。それが何よりも慣れてしまった事の証拠。今回は死ぬかもしれないけど……まあ、良くある事だろう、と、そういう話だ。


「ん、解った。シュウ君の帰りを待ってるね?」


「それで良い。天使ちゃんも、さっきのおじさんがついて来いって言ったら素直に従っておくんだぞ? その時は絶対に迎えに行くから」


「……」


 じぃ、と声が漏れそうな程天使が俺の事を覗き込んでくる。中々の圧に数歩後ろに下がって逃れようとするが、その隙間を天使が埋めるように詰めてくる。


「灰色さん、大丈夫ではなさそうです」


 天使のその言葉に苦笑を零して頷いた。


「そうだね、欠片も大丈夫じゃないね」


「とても苦しそうです」


「そうだねぇ、君を拾って見つけてからこの数日間、凄く苦しいね」


「……灰色さん、もしかして、私、灰色さんの迷惑になっているんですか?」


 天使の言葉に、ぽんと頭に手を乗せる。


「そうだね、君を拾ってから人生滅茶苦茶だよ。世界そのものが敵に回ったような感じがするよ。何をするにしてもめんどくさい事になったし、頼れる味方はまるでいない。たぶんこのままだと俺は摺りつぶされて殺されるんだろうな、ってのが見えてる」


 俺の正直な言葉に天使が泣きそうな表情を浮かべる。自分の境遇が、自分の存在がどういうものなのか、朧気にだが理解できるようになって来たのだろう……無垢だった娘が少しずつ、周りを知って成長している。幼女並だった情緒が今、少し成長しているのを感じる。


「でも、君を拾った事にも守っている事にも後悔はしてないよ」


 ぽんぽん、と最後に一撫でしてからリビングを出て玄関に戻る。ブーツを履いてフードを被り、戦闘準備は完了する。


「どうして、ですか? 苦しくて面倒で辛いなら、どうして私を助けてくれるんですか?」


「理由は色々とある。一言でその全てを説明する事は実に難しい。君がいれば敵が寄ってくるから経験値が稼げるとか、君の存在がダンジョンの謎を解く鍵になりそうだとか、純粋に君みたいな可愛い子を傍におくのが滅茶苦茶気分が良いとか……真面目な理由から不真面目な理由が色々とあるよ」


 俺だって男の子だもん。それぐらい思うさ。中身幼女でも顔と体が良ければそれで良くね? みたいな思考は少なからずあるよ。


「でも、まあ、色々言ったけど一番あるのは……」


「あるのは……?」


 振り返り、微笑む。


「俺が、そうするべきだと思ったから」


 それだけ、それだけだ。そして男が戦う理由なんてそんなもんで十分なのだ。


「っつーわけで、じゃあな」


 さっさと家を出て鍵をかける。庭に出るとアルバート卿が牙を剥き出しにして代理人を威嚇してるので、膝を追ってアルバート卿を撫でた。


「どうどう、アルバート卿。後はよろしくな」


「くぅん……」


「賢いから俺が何を言ってるか解ってるよな? よしよし……」


 アルバート卿を犬小屋へと送り返したら門を抜けて代理人と合流する。


「よっす、待たせたか?」


「いや、待ってねぇ。それよりもこれだけで良いのか? もうちょっとあるんじゃないか? あんな可愛い子がいてロマンスの1つぐらいとかよ」


「それは流石に夢見すぎだろ」


「いやいや、こういうシチュって結構燃えるし燃え上がるもんだろ。で、どっちが本命?」


「死ぬほど下世話な話止めてくれない?」


「はは、悪いな」


 あっち行こうぜあっち、と先ほど戦闘で崩壊した区域の方を指差す。まあ、確かに崩壊してる所で戦う方が被害が少なくていいよね、と納得。肩を並べて歩く。


「しかし、お前も難儀なもんだな。さっさと手放せば良いのによ」


「女の子を放り出して後は知らん、ってやるのは男としてダサすぎるだろ」


「違ぇねぇな。そういう意味じゃお前には敬意を払ってるぜ、灰色の嵐。お前は男だよ。普通、己の命を捨てる前提で守ろうとする事なんて考えはしないからな」


「まあ、我が家は母親が原因で頭のねじが外れてる故……な」


「それを言われたら何も言い返せないんだよなぁ」


 まあ、探索者の倫理観が死んでるのは言うまでもない。俺達は富や名声、力と引き換えに人として大事なものを削っている。それは倫理観、それは人間性、それは他者との関係、それは心……多くのものを削って更なる深淵へと進んで行く。


 強さとは狂気だ。


 強くなる為には人間は満たされ過ぎてる。


 強さを注ぐ為のスペースがないのだ。


 だから削る必要がある。強さを注ぐ為の精神的な居場所が。その結果、俺達は死への恐怖を忘れ、強さへの熱情に浮かされる。そうやって俺達は死んでゆくのだ。それが探索者の末路という奴だ。俺達は皆、ロクでもない生き方を選んだから相応の死に方を迎える。


 だからこそ、多少まともな事をする……フリをして生きていきたい。


「さて、ここらで良いだろ」


「うーっす」


 到着。距離を開けて相対する。ハンズフリー、武器は抜かずに下に両手をだらりと下げて、どれに手を出しても直ぐに動ける構えを取る。


「灰色の嵐……これは嘘偽りのない言葉だ、俺はお前の事を尊敬している。が……仕事は仕事だ。馬鹿な事をやったとも思う。死んでも恨むなよ」


「恨むに決まってるだろ……!」


 じゃあ、まあ、そういう事で。


 開始の合図はなく、


 最後の襲撃者との戦いが始まる。

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