本日の襲撃・もっとおかわり!

「成程、これは残業ですね? つまり残業代が出るって事ですね!? やったー! お給料増える! やったー!」


「馬鹿、俺達は個人経営の事務所だろ。残業はあっても残業代はねえよ」


「残業代でないんですか? やだー! ぁ……あ……」


「はあ、残業の上に赤字だぁ……」


 そう言って最後の2人が道路に倒れ込んだ。


「はあ、はあ、はあ、はあ……はあ……」


 汗が頬から滴り落ちる。深呼吸して肺の中に新鮮な空気を送り込んで疲労を吐き出す。握っていたこん棒を投げ捨てれば地面が割れて突き刺さる。それがストレージの中へと解けるように消えて行くのを見送る事もなく、辺りの惨状へと目を向ける。


 そこは戦場だった。


 ひしゃげた車、横転したバス、吹き飛んだ家、折れて地面に突き刺さった電柱、崩壊したコンビニ、そしてあちこちに散乱するクレーター……もはや辺りを気遣って戦うなんて事をする必要がないレベルで辺りは崩壊していた。


 それも当然と言えば当然の話だ。12の刺客の後、更に4人追加し、それが終われば8人やってきて、その後に10人ほどやって来た。その全てを殺す事無く無力化したのだから、疲労するに決まってるし、本気で殺しに来てる連中は周辺への被害なんてものを考えない。


 なるべく辺りを巻き込まないように気を使ったが、どうしても被害は発生する。そのせいで住宅街の一部は戦場の様な景色へと変わっていた。息が上がるのは流石に連戦に体が堪える結果で、最後の2人を撃退した結果漸く休む事が出来る。


「はあ、はあ、はあ……クソ、思ったよりも派手にやりやがる……ふぅ」


「くぅん……」


 これでもし、アルバート卿も無しだったらさらにキツイ状況だっただろう。少なくとも殺さないように無力化するという事は不可能だったに違いない。そもそも殺さずに無力化するというのは、格上が手加減する事で行える事だ。


 上級帯での戦いはどっちが先に必殺を叩き込むか、という戦い方がメインになる。出現するモンスターや探索者も、基本的に面倒な能力や道具を備えている。だから理想は1撃で殺す事、確殺の精神で戦う事。だから攻撃手段は基本、初手や牽制からの必殺という戦略がメインになる。


 下級や中級で相手の動きを止めて削る様な戦い方もするが、上の世界へと行けば行くほど火力はインフレする。それは敵も味方もそうだからこそ、なるべく素早く勝利する為に火力を要する。だから相手も此方を必殺出来るだけの火力で来ている。


 それを回避しつつ殺さないように必殺技を叩き込む戦いをしているのだから、普段の数倍神経を使った。相手が義体やサイバーウェアを使わないのは恐らくアリスによるハッキングで瞬殺される事を理解しているからだろう。お蔭で大体が生身でエントリーしてくるのだ、死ぬほど疲れた。


「は、は、はあ……戦闘経験値は貰えるけど、別にレベルアップする訳じゃねえんだよ……」


 レベルアップなんて概念はない。強くなりたいなら経験を積んで、体を弄るしかない。偶に、ダンジョンに潜っていると肉体がダンジョンに適応して術式が刻み込まれる時がある―――スキル、と呼ばれるそれを習得する事が人としてのレベルアップだと言えるかもしれない。


 だがこうやって地上で対人戦を経験しても術式が刻まれる事はない。


 スキルに目覚めるのも天運あってのものだ。俺は今の所、1つも刻まれた事がない。


「はあ、クソ……本当に敵に回してる感じが出て来たな。この調子が続くとなると本当にどうしようもなくなるぞ……」


 周りの惨状を見て、巻き込まれた人がいない事だけが幸いだ。そもそも我が家周辺地域は割と母に恐れをなして空き家が多い。それでもお隣りさんのユイの様に普通に住んでる人もいるのだから、心臓に悪い。まあ、コンビニ1つ吹っ飛んだのは誤差だ、誤差。しゃーない。


「戻って依頼主に伝えろよ、もう手を出すんじゃねえ、ってな」


「無理っしょ……」


「次が来るまでお疲れー」


「がんばー」


「ここまで来たら行ける所まで行ってくれ」


「無茶苦茶言うなお前ら。早く巣に帰って死んでろ」


 こっちに戦意がない事を理解して死屍累々のカス共から中身のない言葉が飛んでくる。まだ手足が動く奴が他の仲間を回収しつつゆっくりと戦域から去り始める。こいつらも決して馬鹿じゃない。手加減された上で負けたのだ、格付けは済んでいる。また襲ってくるようなことはしないだろう。


 問題があるとすればまだ格付け出来てない様な連中が襲い掛かってくる事だ。


 空を見上げればドローンが浮かんで、レンズを向けている。戦い方を、動きを観察、記録されている。戦えば戦うほど解析が進んでメタを張ってくるだろう……とはいえ、そもそも此方は母直伝の対人特化戦闘術を展開してるのだ、メタを張られる前提で戦闘スタイルを構築してる。だから解析されるのは別に良い。


「ただ自分の努力がエンターテイメントとして消費されるのは気に入らねえな」


 ボウガンを引き抜いて射撃。ドローンにボルトが突き刺さり火花を拭きながら墜落してくる。ボウガンをストレージに戻しつつ膝を曲げてアルバート卿の助力を労いつつ、戦場を後にして家へと帰る。


 戦い出した時に戦場を軽く家の周りから空き家の多い地域へと移動したおかげで、家の周りは比較的に無事に見える……まあ、道路が陥没してたり電柱がぶった切れてるのはご愛敬と言っておこう。


「まあ、このぐらいならドローンで1時間って所か……修復用マテリアルは……まあ、必要経費って事か」


 どうせ国は動かない。国という枠組みは既に企業によって抑えられて久しい。傭兵や探索者を通した企業同士の殺し合い潰し合いを止める力が警察にはない。だからこうやって始まっている戦争を止める事も、介入する事も出来ないだろう。


 とはいえ、モラルを守れない奴はどんどん人の道から踏み外して行く。自分の心のタガを外さないように俺も意識しないといけない。門を抜けて庭に戻ると、修復用のドローンが家を出て動き出すのを見る。おぉ、有能な妹よ、ご近所さんの景観を守りたまえ。


「ただいまー」


「お帰りなさい!!」


 家に戻った瞬間爆速で飛びつこうとしてくる天使の顔面を掴んで、飛び込んでくる姿を抑え込む。かなり力が強いから疲れた体に鞭を打ちながらなんとか抑え込む。


「止めろ止めろ、今凄い汗を掻いて臭いから近寄らないでくれ」


「くんくん……」


「本当に止めて? 俺泣いちゃうよ? ポジション逆じゃないこれ? 普通恥ずかしがるの女の子じゃないここ?」


 天使を押し出して玄関に上がり、コートをストレージに戻したら迷わず汗を流す為に風呂場へと向かおうとして、付いてくる天使を掴んでリビングへと投げ入れる。すかさず天使が此方へと向かって走ってくるのを脱衣所へと向かって走って逃げる。秒で追いつかれた。掴まった。


「お風呂ですか? 一緒に入ります!」


「ダメダメダメダメダメダメ、ダメ! 絶対にダメ! なんか、もう、色々とダメ! 流石に俺の理性がヤバイ! 俺はまだ童貞なの、未経験なの、清い体なの! 清いままで居させてッッ! 俺はもうちょっとロマンチックなシチュエーションが欲しいのッ!」


『乙女か』


 襲う襲われるにしてもいえにはなぁ、常に妹がいるからなぁ、プライバシーの確保が非常に難しい。まあ、年頃の男子諸君はこれがどういう話なのかを良く理解していると思う。そして同じ屋根の下で済んでいるとまあ、色々とギリギリな部分ある。この天使は余裕で飛び越えてこようとする辺り凄く怖い。


「えー、灰色さんと一緒に洗いっこしたいです」


「俺は絶対にしたくないから早くもこの話題は終了ですね」


「リスタート!」


「地味にレスバ力上がってるな? アリス!! 余計な事を学習させないでくれ!!」


『ちょっとSNS見せただけじゃーん。アカウント作らせて放流したら絶対に面白いと思うんだよね。コンテンツ的に』


 軽率に教育に悪いもんを見せないで欲しい。俺はこの子をもうちょっと清楚ピュア系路線を走って欲しいと思っているのに。


 と、そこで、


 ぴんぽん―――。


 ベルの音が響く。来客だ。げっそりとした表情で家の前のカメラに繋がるホロウィンドウを開くと、偉くいかつい男がそこに立っていた。


 短い赤髪をオールバックに流し、前を開けたシャツ姿の男だ。頭にはサングラスを、体にはびっしりと刺青が……いや、これは戦闘用の刻印が刻まれている。見るだけで凄い額がかかっているというのが解るレベルの掘り込みだ。気配も重く、そして硬い、強者の気配だ。


『灰色の嵐、居るんだろう? 【JPアプリケーションズ】から交渉の代理とした来た。あいさつ代わりに列を作って襲撃待ちしてた雑魚共は片付けておいた。おい、交渉しようぜ。どうせ決裂するんだから今から殴り合っても良いけどな』


 超上から目線の言動は相手の実力を裏付ける行いだ。己の力に絶対的な自信がある事を表情から伺える……問題は相手が勝てるレベルの相手かどうかという事だ。


『兄貴、やったね。特級が来たよ』


 まあ、そうだよね。そうなるよね。上級で押しきれないならそりゃあ投入するよね。想像してた数倍早く投入されてきたし、対策や準備は何も出来ていない状態だが、このまま放置していたら単純に家を粉砕して踏み込んでくるだけだろう。


 あー、やだやだ。


 ウチにはユイもいるし、アリスもいる。なるべく暴れさせたくはないが……。


「天使ちゃん、お客さんが来たからユイの所に行って、お茶の準備してくれる?」


「はい、お任せください!」


 きゃー、と楽しそうにキッチンの方へと走りだす姿にちょっとだけ心を癒されつつ、玄関へと向かう。


「はいはい、今開けますよ」


 明確な死の気配の到来を感じつつも、俺に出来る事はそれを受け入れて足掻く事だけだった。

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