本日の襲撃・おかわり!

「やあ、灰色の嵐くん。配信見たよ。君、イイ剣筋してるねぇ……」


 やけにねっとりとした言葉遣いの剣客が家の前に居た。敷地内から威嚇してくるアルバート卿を無視して、笠を被った剣客風の男は気軽に手を振ってくる。


「どうも」


「君の剣筋には試行錯誤が見えるよぉ……。この時代では非常に珍しくておじさん、ついつい笑顔になっちゃった。だって今の時代、電子脳搭載すれば過去の剣豪の再現データをインストールできちゃうしねえ、剣客商売もまあ、キツイ時代になったもんだと思っちゃうよぉ」


 ぽりぽりと頬を掻いた。


「だけどねえ、配信を見てお兄さんの剣筋は本当に良かったよ……インストールしたものではなく、積み重ねた努力というのが見えたねぇ。斬り方1つとっても色々とあるけど、それを体に合わせて最適化した努力が見えたよ。こういう努力家な若者を見かけるのは久しぶりでおじさん、ちょっと涙ぐんじゃったぁ……」


 えんえんと目元覆って泣きだす姿を見て、静かに双剣を抜いた。


「そうなんだよねぇ。今の時代、誰もが簡単に強くなれちゃうんだよねぇ。お金さえあれば強化手術、移植手術、改変施術、刻印、機械化……色んな方法で人間って強くなれちゃうんだよね……ちょっと勿体ないとは思わないかい? 人間の可能性って一体どこまであるんだろうって考えた事はないかなぁ? まあ、ないかもなぁ……バニラ状態の人間って弱いもんね。どわっはっはっは」


 剣客は笑ってから一気に真顔になり、腰に据えた二刀を抜いた。


「それじゃ、おじさん刺客だから命貰うね……」


「前置きが長いんだよボケが……!」


 次元を裂いて一瞬で背後に出現し、斬りかかろうとすれば行動が読まれて刀が剣とぶつかり、金属の音が走る。一瞬で反応された事に顔を顰めるが、同時に刃を押し込もうとした瞬間に感じる手応えに更に顔を顰める。


「おっさん―――」


「へへ、反応早いねぇ」


 斬撃。受け流してからの流れる様に反転する剣閃を放つのは剣客、純粋身体能力は劣るものの、その技量は此方を軽く上回っている様に感じられた。体を沈める様に斬撃を回避すれば背後の電柱が切り裂かれて倒れ始め、体を横に滑らせながら虚空を裂く。


 相手が摺り足で距離を詰めた。逃げられない。距離を開けて射撃制圧が理想的だが、相手の詰め方が巧妙で、此方の距離を潰すように動いてくる。


 それに対応するように剣からナイフへ、もっと接近して戦いやすい武器へと切り替えながら斬撃を振るう。


 一閃、二閃、三閃―――斬撃が交差しながら摺り足と反動で体を動かす。移動している筈なのにぴっちりと自分のキルゾーンを維持したまま一切距離が開かない。


「いやぁ、活きが良いねぇ」


「刺客のおかわりは求めてないんだよ……!」


 首すれすれに放たれた斬撃を逆手に握った1本目のナイフで払い、2本目で反撃を入れるも相手の二刀にのっていなされる。相手が明確に此方よりも身体能力で劣っている点を加味して速度で上回る事を目的に加速するが、


 ―――上手いッ!


 最低限の動作で斬撃を迎撃する。


 攻撃には始点と軌道がある。それを抑えれば相手の動きを封じ込める事は可能だ。だからこそ動きに虚実を混ぜ込み、それを把握し辛い様にし、本命をその下に隠す。その虚実を見抜き、始点と軌道を見抜く事に剣客は長けていた。


 故に加速しても、斬撃を迎撃する手間はそう変わらない。純粋技量で上回ってくるタイプ―――今まであまり見なかったタイプだ。


「そーれ」


 と、思考が一瞬だけ逸れた隙に斬撃が首を掠めた。赤い線が首に刻まれ、多少強引に体を後ろへと向かって倒す。股の間に踏み込む様に足が差し出され、小さく、素早い斬撃が上から振り下ろされ―――小さい影が刃を弾いた。


「おっとぉ、真剣勝負中に横やりはだめだよぉ」


「きゃんきゃんっ!」


 アルバート卿の爪が刀を弾き、一瞬の間を作った隙に大地を殴り、蹴り上げる。アルバート卿の作った隙と合わせ、剣客が切り払いながら下がる。前髪が少しきり落とされながらも後転し、両足で着地して立ち上がる。


「よよよよ、折角1対1の殺し合いだったのにねぇ。うーん、勿体ない……ここまで楽しい殺し合いも中々ないのになぁ」


「言動の緩さとは裏腹に殺しの間合いの取り方がガチだな……」


 はあ、と息を吐いて新鮮な空気を肺の中に送り込む。見ているだけではなくアルバート卿も参戦してくれるようで、目の前に立ってくれている。赤コートの連中から連戦、疲労はそこまでないがアイツらと同じレベルかと思って少し油断してたかもしれない。反省。


 脳の警戒レベルを1段かい上げつつナイフを戻して弩を抜く。そもそもの話、巨大モンスターや対レイドボス向けに作らせた超高火力武器なので、地上での使用はそもそも想定されていない武器なのだから、当然と言えば当然なのだが。構えるのを見るとお、と剣客が声を零した。


「抜いたねぇ。怖い武器だよねぇ、それ。まあ、おじさんみたいな剣しか握れない人は射撃武器全般が怖いんだけど……ね」


 二刀を腰の鞘へと戻すのを見て、即座に射撃―――否、ほぼ砲撃に近い射撃を放った。周囲の空間を消し去りながら進む射撃は剣客に到達する前に剣客自身の姿が消え、空間に斬撃が走り、その姿が目の前に到達する事で失敗を悟る。


 迎撃。弩で刀をげいげき、手放せば斬り飛ばされる。フリーになった手元に盾を出し、刀を受け止めて滑らせつつ反動で相手を押し出す。


「おっとぉ」


 横に倒れながら救い上げる様な斬撃―――アルバート卿の噛みつきを回避しながら放つ斬撃を取り出した大剣で防ぎ、斧をそのまま倒れる体に向かって振り下ろす。刀と斧がぶつかり合うのは一瞬、刀と斧がぶつかり合った瞬間、刀が熱したナイフが刺さるバターのように斧の刃を受け入れた。


「おや」


 刀が捨てられる。片腕で地面を叩いて体を支えつつ残った刀斧を受け流される。それを見越して小槌を引き抜いている。武器を捨てながら振り抜かれる小槌が空間を殴打し、全員等しく内臓をかき乱すように衝撃を飛ばす。


「がっ」


「ごっ」


 衝撃を生みだす小槌の効果によって剣客共々血液を堪える様に歯を食いしばりながら後ろへと吹き飛ばされるも、アルバート卿のみが衝撃を大きく回避する事で乗り越え、塀を足場代わりに着地、更に塀を蹴って一気に加速する。


「そ、れ―――い」


 それでも、剣客は斬撃を此方へと向けて放った。地を這う斬撃が着地したばかりに体を切り裂き、胴を袈裟に斬り上げ血を吹き出す。だがそれと引き換えにアルバート卿が剣客の首に食らいついた。


 そこからは一瞬で終る。


 刀を振るわせる前に、次の行動が挟まる前に、食らいついた首を地面に叩きつけて回転するように転がる。


 ぐきり、という音が響き、


「お、ごっ……た、タンマ……へへへ、負けちゃった……ごほっ、ねっ……。これ以上は、おじさん、死んじゃう、ぐぅ、かなっ、て、へへ、ご、がぁっ」


「ぐるるるるぅ……」


「はぁ、はぁ、良いぞ、アルバート卿。絶対に放すなよそのおっさん。施術が甘い代わりに技量が化け物みたいだからな……はぁ、はぁ……クソ、痛ぇ……、いきなりランク上げ過ぎだろこれ」


 ストレージからポーションインジェクターを取り出し、首筋に当てたらトリガーを引く。そこからエリクサーが体内に投入されて肉体を正しい状態へと無理矢理戻して行く。絶対にこれ体に悪いと思うのだが、中毒症状以外は寧ろ体に良いというのが納得いかない。


 強化手術などで体を弄っていると、それまで掻き消して肉体を正しい状態へ戻す……というのがデメリットかもしれない。


「はは、運もあってイイね、灰色くん……はぁ、がぁっ!!」


「良し、アルバート卿、そのまま食いちぎって捨てて来ちまえ」


「イイのかな? 天使ちゃんに、死の臭いを教え、ちゃって……」


「……」


「へ、へへ、ぐっ、がっ、ぁ……へへ」


「ぐるるるぅ……」


 道路がアルバート卿の圧力に耐えきれず砕けるが、ギリギリ剣客の首が保たれる。後少し、アルバート卿が力を入れればそのまま食いちぎれるだろうが、片手を出してアルバート卿の動きを止める。


「へへ、暴君が帰ってくるまでにもう1度殺ろうね……」


「嫌に決まってんだろ……!」


 アルバート卿が口を開けた瞬間に摺り抜けるように姿が後ろへと下がり、首を掴んでごきり、と音を鳴らすとそのまま逃げるように去って行く。完全にぎりょうでは格上の相手だった。こっちのが体を弄ってる範囲が広いのと、アルバート卿で2対1だからこそどうにかなったもんだ。


 あれをソロで、というのはちょっと厳しい……いや、距離が開いて手段を選ばなければどうにかなるかもしれない。槌と斧の併用ならハメ殺せる筈だ。後は弩の連射モード解禁か。いや、何にせよ純粋な実力では負けてた相手だ。リベンジが出来るなら平和なときにしたい。


 今はちょっと遠慮願いたい。相手するだけの余裕が此方にはない。


「はぁ、ふぅ……クソ、あんな態勢で放った斬撃なのに肺に届いてたのかよ……やっと繋がったわ」


 血を吐き捨てて大剣を抜いて肩に担ぐ。新たに出現するマップに12のマーカーが表示される。それは妹が放っているドローンやカメラからこの区域に新たな襲撃者がエントリーしている事を示していた。


「朝のちょっとしたジョギング……では終わらなそうだなぁ」


 昨日は大企業が交渉に出てたからか、襲撃はなかった……が、1日が経過して襲い掛かってくる襲撃者の質は大きく上昇していた。それは同時に相手の本気具合が伺える事でもあった。


 少しずつ、少しずつ摺りつぶされる。


 その確かな感覚を理解しつつも、迎撃の為にまた踏み出す。

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