本日の襲撃

 初級と下級でなにが違う?


 下級と中級でなにが違う?


 中級と上級でなにが違う?


 ―――金だ。


 初級は頑張って数万。下級は頑張って十数万。中級に行けば数百万は硬く稼げる。やはり高位のダンジョンの方が出てくる資源が希少で、需要がある。そして重機の類は基本、ダンジョンに持ち込めない為に人力で素材や資源を集める必要がある。だからこそダンジョン資源の需要は尽きない。


 そしてそれに付随するように金が動く。高位であればある程金が入るようになる。


 では上級は? 果たして上級ではいくら稼げるのか?


 当然、数千万円という金額が1日の稼ぎで動く。


 金額のインフレはそれに消費のインフレも伴う事でバランスが取れてしまう。少なくとも数億クラスの投資がないと最低限上級ダンジョンで戦う事は出来ない。中級から上級へと上がる壁が何故分厚く感じるのか、というのはここに起因する。


 事実、才能だけではこの壁を超える事は絶対に出来ない。


 才能? センス? そのセンスも才能も今ではデータ化された技術として後からインストールできる。電子脳を搭載すれば達人の動きを一瞬でコピーする事も可能だ。才能なんてものに価値はない。価値があるのは金だけだ、金で実力を買う事は出来る時代なのだ。


 つまり、上に行けば行くほどそれだけ装備に、そして肉体に金がかかっている。


 今の世の中、戦闘とは金額での殴り合いにも通ずる。


 ―――道路を蹴る。


 標識を蹴る。壁を蹴る。屋根を蹴る、灰槍を出して空気を蹴る。物理法則を無視して音速を超える。戦闘開始すると意識した瞬間には動きは0から100まで一気に加速する。加速する上で直感から最善の選択を並べ、そこから取るべき選択肢を思考を加速させて選ぶ。


「―――」


 ニンマリ、と笑みが顔に浮かぶ。跳躍からの疾走、屋根の上に1人目を見つける。家から出て動き出した瞬間を理解しているのか、相手の視線はちゃんと頭上を取った此方へと向けられている。反応速度が良い―――相手も神経か脳を弄って反応速度を強化している。


 この程度には当然付いてくる。


 落下し始める前に、片手をフードに伸ばして被り、顔を隠す。


「戦闘開始」


「コンバット、オープン」


 照準が向けられる瞬間に空を蹴って急降下、頭のあった位置を弾丸が通り過ぎるのを感じ取りつつも接近した相手に蹴りを放つ。回避不能の蹴りを腕を交差するようにガードした姿が一気に吹き飛んで住宅街の蔭へと消えて行く。同時に視界の外から迫る気配を見た。


 横に体を飛ばせば弾丸が通り、その瞬間を埋める様にスパークするナイフを持った者が近づいてくる。先ほどの男と同様、赤いコートを着た姿をしているのはチームとしての統一された制服なのかもしれない。


「はっ」


 テンションが上がってくる。


「クロスファイア!」


「ファイア!」


 十字砲火。逃げ場を埋める様に放たれる弾丸の雨を加速する事で抜けながら正面のナイフ持ちへと向かって突進する。向けられるスパークを伴った斬撃を片腕で弾きながら懐へと飛び込み、拳を叩き込む―――後ろへと跳躍しながら威力を殺す姿へと向かって槍を投擲する。


「ぐぉ―――」


 貫通しない。硬いと思いつつパイルバンカーを引きずりだして槍の柄に叩き込もうとすれば盾持ちがカバーリングに入る。トリガーを引いて杭が射出される―――姿が浮かび上がり、押し出されるが盾を破壊しない。硬い。両側から銃撃が来る。


 跳躍、灰槍呼び出し。空をランダムに跳ねて射線を外しながら武器を変える。弩はこのレベルで使うと被害が大きすぎる。槌も同様の理由で加減が出来ない。大剣、殺傷力が高すぎて住宅街では使えない。斧も間違えるとそのまま即死させてしまう。加減が出来るのはナイフ、双剣、刀、槍、拳ぐらいか。


「しゃあない、1人ずつ潰すか。アリス、マーカー」


『えー、今ソシャゲの周回で忙しいんだけど……』


 ぶつくさいう妹の声が耳元で消えるが、視界に敵の位置がマップと共に表示され、マーカーによって隠れている位置が割り出される。一瞬で相手の位置を把握し、その中で比較的狩りやすいのを選別する。


 双剣。次元を裂いて相手の背後へと回り込む。


「ち、良いモン持ってるなお前……!」


 バツの時に斬撃を放ち、両腕を断つ。舞う鮮血を無視して回し蹴りを叩き込んで肋骨を粉砕しつつ踏みつける様に道路に叩き込む。1人目を始末した瞬間、攻撃を防ぐように頭上に剣を交差させればチェーンソーと双剣がかち合う。


 だがそれも一瞬の事。次の瞬間には双剣を手放してナイフへと切り替える。支えを失ったチェーンソーが落ちてくるのに合わせて体を揺らして攻撃をすり抜けながら四閃、踊るように放つ。チェーンソーが、コートが灰になって崩れ、そのまま両手足を灰に変えて無力化する。


 これで2人目。盾持ちと銃持ち2人が隊列を組みながら屋根の上から接近してくる。どこかから狙撃銃を向けられているのを知覚し、槍に切り替えて跳躍する。大跳躍によって空へと浮かび上がりつつマーカーを探す……あった。


 遠い。距離は恐らく5㎞程、長距離狙撃で此方にプレッシャーを与えつつ邪魔を入れようとしてる。この距離なら周りに被害も出ないだろ。


「死なない事を祈る」


 灰弩を取り出し、雑に射撃。狙撃手の潜伏してるであろう小山の頂上が消し飛んだ。死んだか……? いや、たぶん逃げる時間はあったでしょ。これで3人目。下を見れば残った4人が攻め込んでくる準備を完了している。


 槍。空を蹴って加速。


 落下、這うように滑る、頭上を弾丸が抜けて行くのを感じながら槍を振るえば盾に阻まれ、止まる瞬間を銃口が狙う。遮るように出現した大剣が屋根に突き刺さって射線を遮り、その間にナイフを抜いて振るう。


 盾が引かれ斬撃が空ぶる。


「ぬるい」


 指先を捻れば指定された装備が盾持ちの背後に出現し、さがるうごきに合わせて突き刺さる。少し離れた位置から弾丸が放たれるのを盾持ちの横を抜けて回避しつつその姿を盾に刀を抜き、


「死を孕んで散れ」


 一閃。


 全員射程距離内。回転するように斬撃を放ち、そのまま鞘へと刃を収める。全員の動きが止まり、数瞬後に体内から放たれる斬撃に全員が倒れた。手加減しているから一応は死んでいない筈だがどうだろうか? 刀を戻してから倒れている姿を確認しようとして―――弾丸が目前に迫った。


「おっと、危ない危ない」


 飛来した弾丸を手で掴んで止める。血の花が咲く手の状態を無視し、弾丸を指ではじいて捨てながら倒れている姿へと視線を向ける。


「まだやるか? どうせ奥歯にエリクサー仕込んでるだろ? それ飲んで朝の2ラウンド目やるか?」


 再生し始めた自分の手をぺろりと舐めて血を拭いつつ一番頑丈そうな盾持ちへと言葉を向ければいや、という声が返って来た。


「俺達はここで引き上げる。これ以上は赤字になるからな……流石灰色の嵐、あの暴君の子だな。その実力なら間違いなく上級に昇格できるだろう……いや、本当に強いな。テラプロに移籍すれば即座にA判定貰えるんじゃないか?」


「学生の内は学生を楽しむと決めてるからな。まあ、今のうちに自由な身を楽しむよ。もう自由がないような気もするけど」


 ぺろりぺろり……血の跡が手から完全に消え去る。見上げる赤コートははあ、と溜息を吐く。


「これは同業者としての忠告だが……あの天使は早めに手放したほうが良いぞ。俺達は上級でもそう強くはない方だ……企業の中には特級を送り込む事を考えているところもあるだろう。今手放せばまだ売れるぞ」


「悪いけど、女の子を売る趣味はないんだわ」


「はあ……人として正しいが、生き残れる生き方ではないな。まあ……負けた俺が言う事ではないか」


 溜息を吐いて転がる姿にサムズアップを向ける。転がっていた姿がインジェクションガンを使って自分の首筋にエリクサーを打ち込んだり、口の中にビンを放り込んで噛み砕いて飲み込み、回復し始める。


 強制的に肉体を正しい状態へと戻すエリクサーは1本が高いが、上のランクへと行けば行くほど必須と言えるレベルの霊薬になる。上級であれば備えていた当然のものだ。


 最初、蹴り飛ばした時に骨を砕いたのを感じたが、即座に回復しなかったのを見て相手にそこまでやる気がないのは察せた。本気の殺し合いであれば当然、あそこで回復しながら反撃していただろう。


 もうちょっと燃えられるかと思ったが、相手はきっちりと予算範囲内のみで戦うつもりだったらしく既に撤退し始めている。はあ、と溜息を吐く。


「流石だな、気質は親譲りか」


「泣いちゃうからそういう事言わないで」


「泣くも何も事実だろうに……」


 回復を終えた盾持ちも立ち上がり、跳躍して別の屋根へと飛び移る。


「灰色の嵐……既に企業達は君の天使をどう使うか、という事を話し合っている。彼女が君の手を離れて利用される事は既に決定事項の様なものだ。それに抗うというのは決して生半可なものではないぞ……ではな」


 そうだけ残して最後の1人までが撤退する。その姿が終える範囲外へと消えるのを確認した所でホロウィンドウを閉じて、屋根の上に座り込む。


「刺客のレベルが上がるのがはえーなー」


 どうしたもんか。次も上級か? それとも特級が投入されてくるか? いや、どちらにしろ―――。


「ちょっと!!! 朝から人の家の屋根でどたどたするの止めてくれる!? カスがどう死のうが私は興味ないけど、人の家の上で死なれると困るのよ!!!! カス!!! 降りろ!! 私の家をクソの血で穢すな! 死ね!!!」


「う、うす! すいませんっした」


 勢いよく開いた窓から浴びせられる罵声に頭を何度か下げてから屋根から飛び降り、駆け足で家に帰る。

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